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平和活動 (人間と国家―ある政治学徒の回想(下)(坂本 義和))

2011-11-02 00:05:05 | 本と雑誌

Little_boy  本書の下巻は、冒頭東大紛争との関わりを振り返ったあと、ライフワークとも言うべき「核軍縮・平和の問題」を中心とした坂本氏の現在に至るまでの幅広い活動を辿っています。

 まず、1960年代。坂本氏は多くの国際的な共同研究に参画しています。その中のひとつ「WOMP(世界秩序の構想)」に参加した際のコメントです。

 当時の政治学的な議論は、アメリカを中心として経験にもとづく「実証主義的なアプローチ」が主流でした。これに対し坂本氏は、世界が急速な構造的変動の過程にあることを踏まえ未来志向の新たな方法論が必要だと考えました。

(p73より引用) 経験的「事実」の意味を理解するためには、過去の歴史上の「事実」に引照して現代をとらえるだけでなく、未来の歴史を描き、未来を引照することによって現在の「事実」を見るという視座が必要である。そして未来は、われわれがそれをどう創るかにかかっているのだから、「科学的」認識だけでなく実践的な価値指向が不可欠だ。

 共有化された「価値観」にもとづき将来社会のTo-Be像を定め、それに向かうベクトルの中で、今の事実を意味づけるというアプローチです。「未来は自分たちが創るもの」という主体的・能動的姿勢が素晴らしいと思います。

 もうひとつ、坂本氏は、このプロジェクトに参加しての気づきとして、多元的世界における普遍的課題の再認識という点についても触れています。

(p76より引用) このプロジェクトに参加して、私が衝撃を受けたのは、私が東西対立下での課題として、「核戦争の防止と核軍縮」を、人類にとって、何よりも優先的で普遍的な課題として提起したのに対して、コタリから「核爆弾で死ぬのと、飢餓で死ぬのと、何が違うのか」と反論されたことです。

 「核」の問題は日本に「特殊」な問題意識であったという気づきは坂本氏にとっては大きな衝撃でした。

(p76より引用) 「世界」は多元的であり、優先順位は異なっても、そこに提起される問題(たとえば飢餓)は普遍性をもつのであり、排他的でない多元性という文脈の中で考えなければならない。・・・ここから私は、核兵器反対のもつ普遍的・人類的な意味に特別に敏感であること(いわゆる「核アレルギー」)こそ、戦後日本人の世界に誇るべき普遍性をもったナショナル・アイデンティティの核心にほかならないことを確信しました。

 坂本氏は、「核に対する意識」について、日本人ならではの特殊性の認識を基点に、「ナショナル・アイデンティティ」という次元での普遍的な意味づけを試みたのです。


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