Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

vol.489:「本当の学校価値」とは何だろう?―広尾学園が実践する「生徒・保護者視点重視」の学校づくり

2013年10月09日 | eラーニングに関係ないかもしれない1冊

「『本当の学校価値』とは何だろう?―広尾学園が実践する「生徒・保護者視点重視」の学校づくり 」大橋清貫 著(プレジデント社 2008)

「飛び出せ青春」から「山田くんと7人の魔女」に至るまで、私立高校学園
ドラマに共通の大きな疑問が偏差値です。分数の足し算も覚束ない主人公と、
国立理系を目指すマドンナがどうして同じ高校に在籍しているのかの説明が
つきません。もちろん、地域一番校を目指したマドンナが、入試前日にどえ
らい事故や病気に見舞われ、やむなく私立底辺校に入学したという裏話はあ
り得ましょう。

もう1つはその高校の戦略です。幅広い偏差値層を受け入れるというもの。
底辺校が今で言う特進クラスを作り、特待生は授業料免除で、かつ、予備校
を含む他校から辣腕教師をヘッドハンティングして、大学進学実績を作るの
です。もちろんターゲットも広いので、受験料収入も増えるでしょう。

それをテレビの中ではなく、実際に行った学校のはしりが、「渋渋」こと渋
谷教育学園と記憶します。私が中高時代は「渋谷女子」という地味な女子高
でしたが、1990年代の半ば、理事長の田村哲夫氏がリニューアル、中高一貫
の共学とし、国際化とともに受験指導や情操教育にテコ入れ、毎年卒業生の
2割が医学部か東大に進む超人気進学校になりました。この渋渋に続けとい
うわけで、低迷する私立校が続々とこのモデルを参考にし、生き残りへの変
身を試みました。その成功例の1つが今回ご紹介する本の舞台、広尾学園、
そしてその改革の立役者が、同校の理事長・校長となり、本書の著者でもあ
る大橋清貫氏です。

広尾学園は、文字通り港区の広尾にあり、かつて順心女子と呼ばれました。
順心は、板垣退助夫妻が創立にあたった由緒ある学校でしたが、20世紀の終
盤には受験者が入学定員数に近いような低迷を見せていました。そこで新経
営者として白羽の矢が立ったのが、私塾の経営者大橋氏でした。

2006年度の着任から、氏は渋渋の成功を1つのベンチマークとするように
(ご本人はそんなことは一言も言っていませんが)数々の手を打っていきま
す。その大きな柱が徹底したマーケティングでした。つまり、無償の義務教
育である中学校に、わざわざお金を出す人=クライアントと同定し、そのク
ライアントが何を望み、何を期待しているかを徹底的に調べ、そして実践し
ていきました。

その好例が本書の裏表紙にある、学校説明会でのあいさつ文に凝縮されてい
ます。
「学校の門をくぐってから、いま席に着くまでの間に、一度たりとも嫌な思
いをされていませんでしたか。もし、少しでもそういうことがあったら、お
っしゃってください。学園はまだまだということで、さらに頑張りますから、
遠慮なくおっしゃってください」。

こうした顧客志向の学校経営は、「宣伝の場」である学校説明会にとどまら
ず、「卒業生満足度200%」「最低でもGMARCH」というビジョンのもと、入学
後もさまざまな施策で実現されました。それは例えば毎朝のPLT(Person
alized Learning Test)による個別学習進捗把握と指導、教員への頻繁な研
修会や能力評価を通じた指導力担保など多岐にわたります。では、息苦しい
校風なのかといえば、年間を通じさまざまな行事やイベントに彩られ、学園
祭の様子などからもその「いまどきな」自由闊達さがうかがえます。

こうした取り組みで、同校は入試偏差値も急上昇、中学受験者数においては
都内一となり、また、取り組み初年度に中学1年となった生徒が大学受験の
年となった昨年度の合格進学先は、それまでとは信じられないほどの実績と
なりました。

「教育はビジネスではない」とうそぶきながら経営努力を放棄し、在校生や
卒業生に辛い思いをさせる不幸が後を絶ちません。いえ、教員の給与や教育
の維持にお金が要る以上、そして、生徒とその保護者から多額のお金を取る
以上、教育はビジネスであり、お金を払うもののニーズに応えたものだけが、
サステナブルに存在を認められのだという根本をあらためて提示された1冊
でした。

なお、大橋氏は、2012年度限りで8年の任期の切れ目を機に、多くの生徒父
兄から惜しまれ広尾学園を去り、その後一般財団法人新時代教育研究所の理
事長に就かれました。
<文責 シバタ>

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