日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

バラが仲立ちをしてくれる。

2023-05-11 07:25:33 | 庭 5月
今週オープンガーデンをしている。但し3日間の時間指定。
今日はスケジュールが夕方まであるので、ナシ。

バラのおかげで話すことがない人と会話する機会を得ることができる。
今回は来てくださった方々すべて同世代です。
そして、ご自分でもお花を育てている方々。
なんだかやっていることが似ていると、初めてお話をしていても旧知のような気がしてくるから不思議です。
世代が近いのも大事な要素だと思います。
まだまだ私たちの世代、元気です。
これからも、こういう出会いがあるのかも、と今月下旬となったひとり参加ツアーにもちょっと期待しています。

昨日来られた方のおひとりは、海外暮らしが20年以上なんです、とさらりとおっしゃいました。
海外で学んで、その地で職を得て働き、また別の国でも長く暮らしてこられた、とのこと。
パワフル~~。
私たちの地域では海外生活経験者は珍しくないのですが、私の知っている方々たちは、夫の勤務で海外赴任に同行した、というパターンです。勝手に想像しているのですが、会社から派遣されていく場合は駐在環境は手配されているのでしょう。ひとりで出向いていくって、どうなんだろう、これからちょっと彼女に尋ねてみたい気がしています。

母は95歳で脳梗塞で倒れて、長年の住まいが長男と同居していた町から、二男夫婦が暮らす県庁所在地に変わりました。
そこでデイサービス通い。知っている人がゼロのところ、大丈夫❔ という気持ちが私にはないわけではありませんでした。
でも、母は大丈夫でした。みんなの話の聞き役をしたり、多分自分の想いも語ったり、行事のリーダーにもなっていました(苦笑、皆さんお歳を召された方々ばかりの中でです)。
母が亡くなった後での弟嫁さんとの会話で「お義母さんはスゴイ!あの年齢になって住環境が変わるのを受け入れることは大変なことなのに、スムーズにやり遂げられたのだから」と。介護進行中のときは話題にしなかったけれど、彼女は同居している姑をそういう目でとらえてくれる人でした。
ひょっとして、この性格、わたしに共通しているのでは、とおもうところがあります。
90超えても、語り合える人を見つけることはできる、人生捨てたものじゃないね~。
母と話の通じない人もいたのも事実なのですけれどね。

母が沢山の花を育てていた時は、年に1、2度帰省して「眺める係」担当だったワタシです。
それが倒れてから、歩行器に頼りながら2度私のバラ庭を見に来てくれました。
きっと、今も、来れるものなら、私の庭を眺めてくれているだろうと、ひとりで思っています。

はじめて私のバラ庭を観た時に発した言葉「まぁ、なんと見事!どうしてこんなに!、あなたは○○したからだろうか、、、」でした。苦笑
そういえば弟嫁さんは、母が「2度 ○子(わたし)さんの庭を見られたこと。あの時いっぱい語り合えたことが嬉しかった」と語っていたとも。











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