(画像をクリックして下さいね。。。
写真は「花の庵」さなえさんより ”アヤメ”)
アヤメ…ちょっと季節からは はずれていますが(笑)。
ラビットイヤーという英名を持つのは
杜若(かきつばた)だったかなあ??
このアヤメの写真の花びらも、ちょっとお耳にみえないこともないですよね。
耳はふたつもあって、いろいろな方向からの音や声を聴くことができる。
対して くちは ひとつだけ。
そのわりには、
「しゃべるか 食べるか、どっちかにしなさい!」
なんて 叱られることもあるくらい、
いちどに ふたつのことをやってのけますね。
これで、おくちが ふたつもあった日には どうなるのでしょ…。
愛をささやかれながら キスする なんていうのはまだしも、
むしゃむしゃ食べながら キスされても。。。ねぇ。
ふたつのおくちで 弾丸のようにまくしたてられるのもいやだし、
きっと 耳がふたつあっても 理解できない。。。
どちらのおくちも おいしさを求めるから 食べ過ぎちゃいそうだし。
…って、なにを書いてるんでしょう わたしは。
ついつい 想像が羽をひろげてしまいました。
言いたいのは そういう方向ではなくて!
自分が おしゃべりするよりも、
耳で さらに もっと
まわりの音を、ひとの声を、
ときには音にならない音を、声にならない声を
聴きとりなさい。。。
そんな、神さま(おおいなる存在のもの)の 思いを感じたりするのですが…
きこうとする意思や 想いがなければ、
なかなか きこえてこない声や 音がありますものね。
くちはひとつ だけれど、
耳はふたつ。
その理由は なんなのかなあと考えてみたら…
よりよく 聴くため なのだろうかと。
あえてききたくはない音(声) も また
あるとはいうものの。。。
自分のお話を、うんうんと聴いてもらえるって しあわせですよね。
そんなしあわせを、ひとにも あげたいですね。
日々の反省も こめて。。。
耳1(2008.11.23)