臆病なビーズ刺繍

 臆病なビーズ刺繍にありにしも
 糸目ほつれて今朝の薔薇薔薇

『NHK短歌』観賞(今野寿美選・3月7日放送)

2010年03月22日 | 今週のNHK短歌から
○ ふるさとの鄙はなにも変わりなく人が消えゆくほかには何も  (仙台市) 田宮智美

 特選一席にランクされた作品ではあるが、無遠慮に申し上げると、「この作品が何故、NHK短歌の特選一席に選ばれたのか」と言いたくなるよう駄作である。
 二句目句頭の「鄙」は<ひな>と読む以外に読みようが無い。
 したがって、この句は字足らずであり、この句の韻律の悪さがこの一首の決定的な欠陥となるのである。
 題材も陳腐この上無し。
 一首全体の表現にも大いに推敲の余地あり。
 思うに、この作品を特選一席として選んだのは、選者の詩想の枯渇と田舎コンプレックスが原因であろう。
  〔返〕 年毎に人が少なくなり行きていつ訪ねてもふるさとは鄙   鳥羽省三


○ 立ち昇る煙のごとく消えたいが今朝も錠剤一粒を飲む  (仙台市) 小野寺寿子

 特選二席。
 「立ち昇る煙のごとく消えたいが」という願望と「今朝も錠剤一粒を飲む」という現実との矛盾。
 それは正しく<矛盾>以外の何ものでも無いのであるが、そうした矛盾を抱えながら生きて行くのも、この世の人の常である。
  〔返〕 死にたしを口癖とせる人なるも錠剤一粒捧げてぞ飲む   鳥羽省三


○ 電話来てテレビの音を消したるもイチロー走るを目で追ひてをり  (船橋市) 楠井孝一

 特選三席。
 「テレビの音を消したるも」とあり、それと矛盾して「目で追ひてをり」とあるが、これまた人情の常。
 「イチロー」は、今や<国民的英雄>だからである。 
  〔返〕 ケータイでメールを送るふりをしてイチローの打席見つめ居りたり   鳥羽省三


○ 地吹雪に前行く子らの影消えて束の間高き声のみとなる  (北見市) 浅野昭久

 「地吹雪」とは、<激しく吹きつける風によって、それまでに積もっていた雪が地から巻き上げられて荒れ狂うこと>を指していう言葉である。
 本作は、「一瞬吹き荒れてその後はしばし治まる」といったような状態を断続的に繰り返す、雪国・北海道の冬の荒れ模様を見事に活写した一首である。
 「前行く子らの影消えて束の間高き声のみとなる」とは、事の実態を真に正しく、真に要領良く言い表していて、大変優れた表現である。
  〔返〕 地吹雪に前行く母のうろたえて幼き我に支へられにき  鳥羽省三   

 
○ 生涯を娶らぬ心算(つもり)と君は言い好きという字を見せ消ちにせり (金沢市) ふじのむらさき

 「生涯を娶らぬ心算」と言う心情と、「好きという字を見せ消ちにせり」という行為とは明らかに矛盾する。
 そこの辺りに、本作の話者と「君」との複雑な関係が示されているのであろう。 
  〔返〕 「好き」という見せ消ち故に賺されて生涯娶らぬ人に抱かれつ   鳥羽省三


○ 消しゴムの落款作り押してみる雪景色にも灯りのともる  (瑞浪市) 西尾久美子

 上の句と下の句との関わりが一切明らかにされていない。
 下の句で日曜画家たる話者の描いた日本画の概要を説明し、その日本画に「消しゴムの落款作り押してみる」というのであろうか? 
 或いは、「雪景色にも灯りのともる」というのは、本作の話者が「消しゴムの落款作り押してみる」という作業をしている時の背景ででもあろうか?
 <あまりにも分かり過ぎる作品は魅力に欠ける>とは言うが、<あまりにも分からない作品は魅力的だ>とは言わない。
  〔返〕 馬鈴薯で落款作って捺してみる寅を描いた年賀葉書に   鳥羽省三


○ かなしみをどこで区切ればいいのでせう灯の消えぬまに朝来るくにで  (岐阜県) 太田宣子

 一首全体の発想が口語的なのである。
 それなのに、「しょう」とすれば済むところを「せう」などとするのは全く無意味。
 その無意味さを指摘しないで、これを入選作とした選者の非常識にも呆れる。
 生半可な文法知識で歌を詠もうとする作者の愚かさ。
 その愚かさに気付かないで、それを推奨する選者の愚かさ。
 昨今の歌壇のあちこちで、「口語短歌の中に、<古典かなづかひ>や古典語の助動詞などを大胆に取り入れて詠歌の醍醐味を味わいませう」などという提唱が為されているが、それは、選者に人を得ない似非結社の、愚かな人寄せ策なのである。
 年間の借出料としての一億円が九千数百万円にまで値切られる今日、客寄せパンダには要注意である。
 「灯の消えぬまに朝来るくにで」という下の句も、余りにも漠然としていて、何がなんだか判らない。
 思うに、駄作であればあるほど、その構えが大袈裟なのだ。
 このような愚作を入選作として選ぶのは、選者自らが自分自身の詩想の枯渇を暴露しているようなものである。  
  〔返〕 灯を消さぬままに迎える朝もあり老老介護の家の侘しさ   鳥羽省三 


○ ガラス戸に残る小さき手の跡を消さずにおこう少しの間  (岡崎市) 加藤かつみ

 これでいいのである。
 わずか三十一音に過ぎない短歌の中に託せる内容は、せいぜいこの程度と心得て、我々は詠歌に当たるべきなのかも知れない。
 核家族社会の一こま、祖父母ふたりが住んでいる家に、幼いお孫さんが久々に訪れたので
ありましょうか?
 たまたま、春分の日の昨日、老人所帯の拙宅に、二人の孫娘を連れて長男夫婦が訪れた。
 〔返〕 絨毯をピンクに染めた滲み跡は孫がジュースを溢した記念   鳥羽省三


○ 戦死せし兄の消息もしやとて母聞きをりき「たづねびとの時間」  (神戸市) 瀧澤久子

 かつて、NHKラジオの夕方の番組に「たづねびとの時間」というのが在って、マリアナ海溝で戦死したと伝えられている従兄を持っている私も、それを熱心に聴いたものであった。
 あれから六十年以上も過ぎた今日、私はこの一首を、かなり近くなった黄泉路からの呼び声を聞くような思いに浸りながら読んだのである。
  〔返〕 「U町の鳥羽治樹さんご家族の方がお探しです」との放送   鳥羽省三


○ 詩のやうに消えてゆきたりわが町にたつた一羽で来し小白鳥  (赤穂市) 根来玲子

 湖沼や河川などの汚染がかなり解消された今日、冬になれば白鳥が飛来する水辺が全国至る所に遍在する。
 それなのにも関わらず、白鳥が飛来する水辺を地域内に持っている町や村の人々は、そのことを神から選ばれての僥倖みたいに思っていて、その事を地域の観光案内パンフレットにカラー写真入りで掲載して自慢したりしているのである。
 私が二年前まで七年半の歳月を過ごしていた北東北の某市の一廓にもそういう地域が在って、その地域の至る所に「白鳥の来る町、暴力団の来ない町、○○○町」という看板が掲げられていたことを思い出す。
 「詩のやうに消えてゆきたり」という上の句は、本作の作者の「得たり」とするところであり、選者もまた、その点を佳しとしたのではありましょうが、必ずしも目新しい表現とは言えない。
  〔返〕 釣り糸に縊られて死ぬ白鳥も時折り居りて淋しき村ぞ   鳥羽省三 


○ 解答を書き替えるなら消すことを一瞬だってためらっちゃだめ  (瀬戸内市) 小橋辰矢

 ご説ご尤もではございますが、散々迷った挙句に最初の案に帰って解答したところ、それが正解であったから合格したという話も再三耳にしている。
 また、初案とは別の案を解答として書いたのであるが、初案の部分を完全に抹消しないで、<見せ消ち>にしたところ、その部分が評価されて中間点をがっぽりと稼いだ、という事例も在るから、本作の作者が読者に与えようとしている教訓は、必ずしも万能ではない。
  〔返〕 消しゴムは在ると思うなじっくりと考えてかつ時間内に書け   鳥羽省三


○ 魚市のざわめきを消す緊張は競りの男の声にはじまる  (小松島市) 渡辺健一

 本作の作者が詠もうとしているのは、いわゆる<移動競り=現物競り(市場内を移動しながら現物の前で行う競り)>が行われている魚市場内の一種独特な雰囲気でありましょう。 私は本作に接した一瞬、一首の意を、「魚の下見やその噂などで、魚市場全体はそれまでざわめいていたのであるが、競り台に上った<せり人の男>が競りの開始を告げる大声を発した瞬間、魚市場全体に緊張が走り、それまでその市場を支配していた<ざわめき>がピタリと止まってしまった」と解釈したのであるが、残念ながら、それは贔屓目の解釈、つまりは本作の文意を無視した解釈である。
 何故ならば、「魚市のざわめきを消す緊張」という表現に即して解釈すると、前提となる条件として先ず「緊張」が在り、その緊張が「ざわめきを消す」という結果を呼んだ、という意味に解釈しなければならないことになるからである。
 魚市場での「緊張」と「ざわめきを消す」こととの関係は、必ずしも、原因と結果という因果関係で結ばれているものでは無いことを、本作の作者は知っているはずであり、そうである以上、本作の作者はおそらく、本作に私が先に記したような意味を託したのに違いない。
 そうであれば、「魚市のざわめきを消す緊張は」という三句は推敲不足の誹りを免れ得ないことでありましょう。
   〔返〕 競り台に男が立ったその刹那さかな市場のざわめきは消ゆ   鳥羽省三


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。