「古事記」とともに古代史上の必読の文献といわれている「日本書記」は、天武天皇の発意により舎人親王のもとで養老4年に完成した官撰の歴史書であるが、30巻にも及ぶ尨大な量と漢文体の難解さの故に、これまで一般には馳染みにくいものとされてきた。本書は、その「日本書記」を初めて全現代語訳した画期的な労作である。古代史へのかぎりない夢とロマンを抱く人々に贈る必携の古代史史料。
出版社:講談社(講談社学術文庫)
『日本書紀』は有名だけど、実際に読んだことのある人はかなり少ないだろう。
断言できるが、『古事記』よりも読んでいる人は少ないはずだ。
それは叙述の違いも大きいのではないか、と思う。
今回現代語訳を通じて改めて思ったのは、『古事記』が物語性に富んでいるのに対し、『日本書紀』はどちらかと言うと、記録主体であるということだ。
おかげで読むのに結構な時間を要した。
『古事記』と『日本書紀』の違いでわかりやすいのは、日本武尊と木梨軽皇子の話だ。
『日本書紀』の日本武尊は倭媛命の前で泣くようなこともなく、劇的要素は抑えられ、叙述も淡白だ。
また木梨軽皇子も『古事記』のような、歌物語的な要素は見られない。
良くも悪くも、これが両者の差なのだな、と感じる。
そういう意味、物語を楽しみたいのなら、やはり『古事記』なのだろう。
しかし『日本書紀』を読むと、歴史のマニアックな事実を知ることができて、また違った楽しみもある。
特に驚いたのは、古代日本と朝鮮との関係だ。
当時の日本がいかに朝鮮に対して影響力を持っていたか、というのが、ここから伝わって来て、非常に興味深い。
特に欽明天皇の項は、百済や新羅などの外交史の記述に多くが費やされていた。
これはこの時期に任那が滅亡して、朝鮮半島での日本の拠点が失われたということが大きいのかもしれない。それにしてもあまりにも多くてびっくりする。
古代日朝外交史は詳しくないので、非常に新鮮な気持ちで読むことができた。
また乙巳の変も非常に興味深く読んだ。
表面的にはこの通りかもしれないけれど、あきらかにその裏に何かをかくしているというのが、文章の中からも伝わって来て興味深い。
そういう部分を推測したり、ネットで調べながら読むのも楽しい作業だった。
原典ということもあり、読みづらい点はある。
だが、古代史に興味を持つ人ならば、通読するに足る一冊である。そう思った次第だ。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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