十九歳になったジョン・グレイディ・コールは国境近くの牧場で働いていた。メキシコ人の幼い娼婦と激しい恋に落ちた彼は、愛馬や租父の遺品を売り払ってでも彼女と結婚しようと固く心に決めた。同僚のビリーは当初、ジョン・グレイディの計画に反対だった。だがやがて、その直情に負け、娼婦の身請けに力を貸す約束をする。運命の恋に突き進む若者の鮮烈な青春を、失われゆく西部を舞台に謳い上げる、国境三部作の完結篇。
黒原敏行 訳
出版社:早川書房(ハヤカワepi文庫)
マッカーシーと言えば、乾いた文体と、冷徹で即物的なまでの描写が特徴だけど、本作でもそれは健在だ。
癖があるので好みは分かれるけど、はまった人間にとってこれほど心地よく、やみつきになる文体はない。
本作で言うなら、特に山犬狩りの描写が最高だ。
そこで描かれるのは、害獣に対する虐殺だけど、その文章の醒めたタッチがたまらなくすばらしい。
個人的には、山犬が二本の縄に引っ張られて破裂するシーンが良かった。
それは残酷でぞくりとするのだけど、一歩引いた視線で語るところは見事と言うほかない。
さて物語の方だが、本作では『すべての美しい馬』のジョン・グレイディと、『越境』のビリーとが、同じ牧場でカウ・ボーイとして働いていることが冒頭から明かされる。
そういう点、国境三部作の掉尾を飾るにふさわしい作品であろう。
そこでジョン・グレイディが若い娼婦マグダレーナに惚れて、身請けしようと奔走する。ビリーはそんなジョン・グレイディを諌めようとするが、結局彼の手助けをする、という話だ。
マッカーシーは後年の作品ほど読みやすくなっていると感じるが、本書も国境三部作の中では、主筋だけを抜き出せば一番おもしろい、と感じる。
ジョン・グレイディは若いということもあってか、わりに直情的なところがある。女に惚れているからというのもあるだろうが、彼の行動は実にまっすぐだ。
そしてジョン・グレイディだけでなく、女の方も彼同様に熱い思いにあふれている。
ジョン・グレイディは娼館を移ったマグダレーナを探し当て、そこで彼女と再会するのだけど、彼女は一人の客でしかない彼のことをなぜか知っている。それに対し、「なんでおれのことを覚えてた?」と尋ねるのだが、そのときのマグダレーナの言葉がいい。「あたしもなの」と答えるからだ。
それを読んだときには、読んでいるこっちが、ジョン・グレイディ以上にきゅんきゅんしてしまった。
もう若くて、純真なラブストーリーだな、とつくづく思うのだ。
だけど、娼婦という事情がある以上、二人の恋路は平坦とはいかない。
身請けするための金を集めなくてはいけないし、娼館の経営者であるエドゥアルドは、マグダレーナに対して、強い執着を持っている。それに加え、彼女はどうもジョン・グレイディに何かを(恐らく病気だろう)かくしている。
そんな平坦でない状況をフォローするのが、ビリーだ。
このジョン・グレイディとビリーのコンビはなかなか魅力的だ。
直情的なジョン・グレイディと、落ち着いた感じのビリーとは、性格は異なるけど、呼吸は合っている。
ビリーは、猪突猛進タイプのジョン・グレイディに幾度か、説教を垂れているが、そうしながらも、決して友人を突き放そうとはせず、彼のために動いている。そこがなんとも言えず良い。
ビリーがジョン・グレイディに親切にするのは、死んだ自分の弟と重ねているのが大きいと感じる。
『越境』で、彼の弟は女と共に逃げ、兄のもとを離れたわけだが、そのときのことをビリーは思い出しているのだろうな、とちょっと思う。実際ジョン・グレイディは弟と似ている、とビリー自身も言っているし。
だがそんな風に人の助けを受けても、苛酷な状況は、ジョン・グレイディに襲いかかる。
ラストの展開は読んでいて、実につらかった。
もちろんむちゃくちゃおもしろいことはおもしろい。ナイフのシーンなんかは終始緊張感にあふれていて、しびれてしまう。
だがその後に訪れた展開はあまりに苦い結末だ。
しかし同時に、これが必然だったのだろう、という気がしなくはない。
そしてこの苛酷な展開こそ、アメリカ中西部そのものなのだろうな、と読んでいて感じる。
どうもまとまりがなくなってしまったが、メインの流れはもちろん、脇の挿話や哲学論議、西部のカウ・ボーイたちの生活描写、何をとっておもしろく読める。
マッカーシー作品の中では、『ザ・ロード』の次にこの作品が好きである。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
そのほかのコーマック・マッカーシー作品感想
『越境』
『ザ・ロード』
『すべての美しい馬』
『血と暴力の国』
『ブラッド・メリディアン』