私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『わたしたちが孤児だったころ』 カズオ・イシグロ

2007-08-20 20:16:29 | 小説(海外作家)

ロンドンで探偵を行なうクリストファーは少しずつ名声を獲得しつつあった。しかし彼の胸の奥には一つの事件の記憶が眠っていた。それは少年期を過ごした上海の租界で、両親が謎の失踪を遂げたということだった。長じて後、クリストファーは戦火に襲われた上海に戻り、両親の行方を追う。
日系イギリス人作家、カズオ・イシグロのベストセラーとなった作品。
入江真佐子 訳
出版社:早川書房(ハヤカワepi文庫)


孤児となってしまった少年が長じて後、探偵となり、自身の親の行方を探るという話だ。
そういうプロットから判断するに、系譜としては自分探しの純文学ということになるのだろう。だが、この作品は、同時に(地味ではあるが)ミステリとしても読むことができる作品に仕上がっている。
個人的には、そのミステリ部分に心を惹かれるものがあった。特に租界の外で両親がいると思しき場所に向かう場面が好きだ。中国人中尉との会話のシーンや、アキラと出会い日本軍につかまるまでのシーンはなかなかスリリングで読み応えがある。
そういったエンタメ要素のため、多少敷居が低く、読みやすいことなっていることは好印象であった。

純文学的な部分としては、主観と現実との齟齬が、後半になるにつれて明確に立ち上がってくる様が刺激的であった。特に探偵として成功しながらも、それが実は誰かの犠牲の上に立っているかもしれないという事実が明かされる部分と、現実の基盤がそれによって揺らいでいく過程が読んでいても物苦しいものがある。

もちろん作品のメインテーマとも言える、ラストの独白もなんとも言えず切ない。
世の人の多くは彼と同じように孤児なのかもしれない、そんなことをこの独白を読んだときに僕は思った。つまり、人間は時に、孤児のように世界に立ち向かわざるをえない時が来るということなのだ。過去の記憶に振り回されてそれに立ち向かい、解決しなければならない(事の大小はともかく)瞬間は誰しも訪れる。
一言でいうならば運命ってやつなのだろう。その運命の苦みが余韻を成していたのが心に残る。

いささかまとまりを欠いてしまったが、良質な作品であることはまちがいないだろう。『日の名残り』には及ばないものの、カズオ・イシグロが優れた作家であることを示す一品だ。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


そのほかのカズオ・イシグロ作品感想
 『日の名残り』

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