
銀婚式の日に妻と英国南西部の田園を車で旅する上流階級出身のアシャーストは、途中ある村に立ち寄る。そこは26年前、彼が村娘ミーガンと恋に落ちた場所だった。当時は駆け落ちまで企てながら、結局身分差を理由に彼女の元から逃げ去ったのだった……。甘い感傷で彼女との思い出に浸る彼は、地元の農民から、かつて自分が行った無慈悲な行為の結末を初めて知らされる……。
ノーベル文学賞作家による名作。
三浦新市 訳
出版社:角川書店(角川文庫)
文庫の裏表紙に書かれたあらすじと、旅先で自殺者のものと思われる墓を見つけるというプロローグを読めば、物語はどんな内容なのかは容易に想像がつく。
そういう意味では、ベタと言うか、古典的な物語である。
それでもそれなりに楽しく読めた理由は、心理描写が細やかだからという点に尽きると思う。
主人公であるアシャーストは、大学出という特権階級ということもあってか、基本的には農民階級を小ばかにして、上から目線で見ている。
その彼なりの思想信条に関して、丁寧な描写がなされているため、彼の価値基準をよく知ることができて、ある意味おもしろい。
そんな彼は若さゆえの勢いから、ミーガンに理想の女性像を見出すこととなる。だが同じ階級の女ステラと出会ったことで、ミーガンから気持ちが離れることに。それに対しアシャーストは、ミーガンとは階級が離れているし、彼女には知性がないから、結婚をしたら、彼女のことを慰みものにしかしないだろう、と言い訳がましく述べている。
そんな彼のあからさまな気持ちを追う筆は丹念で、なかなか読ませるものがある。
そしてその丁寧な心理描写があるからこそ、主人公であるアシャーストの不誠実さが、この上ないほどはっきりと暴かれることとなるのだ。
別に彼がミーガンから心が離れていくこと自体はいいのである。
自分と感性が近い女性の方に、心が惹かれていくというのは、不自然なものではない。
ただその後の対応の悪さが、無性に気になって仕方がなかった。
アシャーストはその場のノリでミーガンと結婚の約束をするけれど、結果的に彼女との約束を破り、彼女の住む村には帰らない。そして心配して街まで追ってきたミーガンを見つけても、アシャーストは彼女と会うことを、いろいろ理由をつけて避けようとする。
それを読んで、いやいや、その対応はどうよ、とどうしても僕は思ってしまうのだ。
そんな風に逃げているだけではなく、もうちょっと上手い対応だってできたはずだ。少なくとも、アシャーストは、一度ミーガンに会って、嘘を交えてもいいから、事情を説明するべきだった、と僕個人は思う。
だがアシャースト自身は、そんなことに思いも及ばなかったらしい。
そして最後は言うにことかいて、「彼の節操は報いられ、恋の女神シィプリアンに復讐されてしまったのだ!」って語る始末だから手に負えない。
その部分を読む限り、アシャーストは自分の不誠実さに最後まで気づかなかったらしい。
のみならず、どうやらミーガンを、愛に狂って自滅した、かわいそうな女としか見なしていないようだ。
アシャーストのナルシスティックな面を、そこから垣間見るようである。あるいはただの偽善者と言った方がいいのかもしれない。
だが、その独善っぷりが読む分には、それなりにおもしろいのも事実である。
そう感じる辺り、僕も相当性格が悪いのかもしれない。
個人の感情はともかくとして、物語自体はそれなりに楽しめるものとなっている。
だが古典的な物語ゆえに、凡庸な面はぬぐえない。佐藤優の解説はおもしろいけれど、僕個人は強いてこの時代に、この作品を読む必要を見出せなかった。
それでも、その心理描写の味わいは悪くない。
人に薦める気になれないが、少なくとも退屈な作品ではないだろう。
評価:★★★(満点は★★★★★)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます