裕福な工場主のバーリング家では娘シーラの婚約パーティが開かれていた。華やかで落ち着いた雰囲気の食堂に、突然警部が来訪したことが伝わる。警部は今夜自殺した若い娘の事件を語り始める。そしてそこからバーリング家の面々が関わった真実が明らかになる。
イギリスの劇作家J・B・プリーストリーの代表戯曲。
安藤貞雄 訳
出版社:岩波書店(岩波文庫)
物語は娘の婚約が決まった一家団欒のパーティの席から始まる。そこに訪れた夜の来訪者である警部が、家族の中の隠された真実を暴き出していく様は刺激的のひと言に尽きるだろう。
パーティの席にいる人間がすべてひとりの女性の自殺に直接、ないし間接的に関わっており、それを追求する少し倣岸な警部と家族とのやり取りは迫真性に満ちていて、非常に楽しい。何より次から次へと息をもつかせぬ勢いで事実が明らかになっていくのが見事だ。
それによって打ちのめされる者もいるし、懸命にそれを否定しようとする者もいる。しかし誰もが最後、警部の前に屈していくのがおもしろい。
そういった展開の妙だけでなく、最後のどんでん返しも非常に刺激的である。
いま警部によって語られた物語は真実なのか? そこから不安定な感覚が立ち上がってきたときは、読んでいてドキドキとさせられた。警部が誰なのかといった疑問が引っかかるがそれも瑣末なことでしかない。
そしてそのどんでん返しで、各人の心の動きに微妙な違いが明らかになっていくのが印象深い。
真実ではないのかもしれないということを理由に、警部に追及されたことをなかったことにしようとする人と、それでもそれはあり得たかもしれない現実と真剣に向き合おうとする人とに二分されている。
多分現実世界でもこの二者に分かれるのだろう。そしてそれこそ、各人の人間性の生々しい真実を露わにしているとも言え、注目に値する。その中に人間の醜さとどうしようもなさとを見る思いがした。
プリーストリーは寡聞にして今回初めて聞く作家だったが、このような優れた書き手がいたのかと驚くばかりだ。やはりいろいろな作家のいろいろな作品に触れるべきだし、これからも触れていきたい。この作品を読んで改めてそう思うことができた。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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