私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』

2015-10-13 21:31:48 | 小説(海外ミステリ等)
 
西暦2540年。人間の工場生産と条件付け教育、フリーセックスの奨励、快楽薬の配給によって、人類は不満と無縁の安定社会を築いていた。だが、時代の異端児たちと未開社会から来たジョンは、世界に疑問を抱き始め…驚くべき洞察力で描かれた、ディストピア小説の決定版!
黒原敏行 訳
出版社:光文社(光文社古典新訳文庫)




ディストピア小説の古典らしいが、その設定のいびつさは今読んでもなお色あせてなくて、びっくりする。



SFなので、最初はどうしても、物語の世界観から入るのだけど、その設定の何とおもしろく、何と不気味なことだろうか。
人工授精によって人類の誕生をコントロールする社会。
生まれた赤ん坊は最初から、階級別に生育され、消費活動を積極的に行なうなどの洗脳が、システマティックに行なわれている。

人間をいかに効率的に管理し、世界に都合のいい人間を生み出すか。
その考えのもとに運営される世界は、ただただおぞましい限りだった。
人間の自由意志がこれほど踏みにじられている社会はないだろう。


そうして人は「誰もがみんなのもの」という全体主義的な空気の中で、社会のためにかしずく人間として生きていくことになる。

そこには人間としての当たり前の感情はない。
鬱は全面的に否定され、暗い気持ちが湧いてくるときは、ソーマという精神安定剤で、心の安寧を保ち、刹那的な性生活や快楽を追求する。
孤独であることなど許されず、みんなで楽しむことを求められる。

コミュ障の僕としてはぞわぞわするほかにない。
多様性なんてものは絶対に許されないのだ。


とは言え、そんな中でもバーナードのように、除け者にされる者も少なからずいる。
バーナードみたいなタイプの人間は一人くらいいるものだけど、管理社会にあっては、より一層つまはじき者であるらしい。

本来なら、このゆがんだ世界に一つの風穴をあける役目は、バーナードのように既存の価値観を疑う者だろう。
しかしこの世界の倫理を受けて育った以上、それにも限界がある。
実際、バーナードはジョンと出会って後、この世界に迎合することに執心しているのだ。


では管理社会の埒外で育ったジョンは、世界に風穴をあけることはできるだろうか。
というとちょっと難しいから、世界は厄介だ。

ジョンはシェイクスピアに親しむなど教養もあり、管理社会の洗礼を受けず過ごしてきた。
だからこそ統制された社会に対して違和感を持ち、それに反抗する。
母や好きな女の性的にあけすけな状況に反発し、社会にも怒りを表す。実に人間らしい。

だが暴力で訴えることしかできず、論理性に乏しい彼では、世界を変えるに説得力に欠けることは否めない。
ムスタファ・モンドのゆがんではいるが、彼なりに説得力を持って語る言葉の前では及ばぬばかりだ。


結局ジョンは世界そのものに敗北せざるをえなかったのだろう。
そういう点、この小説には救いがない。
しかし救いがないからこそ、社会に対する警告がより強く立ちあがっているのだ。

何となく後のナチスをはじめとした全体主義に対する危機意識もうかがえるようで、心に残るばかりである。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


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1 コメント

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Unknown (a)
2019-11-08 17:56:25
このストーリーは現代の日本と西洋諸国、そのものですね
たぶんフランス革命以前からの計画と思われます
作者はその計画の一端を知る一人だったのでしょう
このプロジェクトは現実の世界でも刻一刻と計画通りに進められています
ストーリー中の世界と対極しているのは、ここでは理性とか化学とかが設定されてお茶を濁すというか読者を煙に巻いています
実際の、というか、現実の世界の対極は宗教であり、神の法ですね

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