入学した大学で出会った5人の男女。ボウリング、合コン、麻雀、通り魔犯との遭遇、捨てられた犬の救出、超能力対決…。共に経験した出来事や事件が、互いの絆を深め、それぞれ成長させてゆく。自らの未熟さに悩み、過剰さを持て余し、それでも何かを求めて手探りで先へ進もうとする青春時代。二度とない季節の光と闇をパンクロックのビートにのせて描く、爽快感溢れる長編小説。
出版社:新潮社(新潮文庫)
『砂漠』はこれまで読んできた伊坂作品の中では、一番好きな作品かもしれない。
これまでのトップは『オーデュボンの祈り』だったけれど、それよりも個人的には心に響いてならない。
とは言え、『砂漠』がこれまでの伊坂作品と何がちがうのか、と聞かれたら、ちょっと説明に困ってしまう。
実際『砂漠』は、いかにも伊坂幸太郎っぽい話と思うからだ。
たとえば、伏線を綿密に張りめぐらし、それを後ろの方で回収するという巧みなプロット。
ストレートに行きそうで微妙に変化球な展開に持っていく、特異な構成力。
センスのある会話に、奇抜で過剰なキャラクターの存在感。そして爽やかで青臭い雰囲気。
どれもこの作者らしい特徴で、すばらしくいい。
はっきり言って、全体的に見ると、だから何?って言いたくなるような散漫な話ではある。
だが、上記の特長はすべてにおいてハイセンスだ。
だがそれらの美点は、ほかの伊坂作品でも同様だ。
その中で、『砂漠』がここまで個人的に心に残った理由をあえてこじつけで語るとしたら、物語全体に漂う若さ、あるいは青さにあると、僕は思う。
物語の登場人物は大学生ということもあって、極めて若い。
だがその若さ(というか青さ)の印象が強いのは、西嶋のキャラに負うところが大だ。
西嶋のキャラクターは抜群に個性的である。
彼は、いきなり大学の初めての飲み会の席でアメリカのイラク派兵を批難する。
それは言うまでもないけれど、むちゃくちゃ空気が読めない行為だ。しかもその言葉は理想主義的で、きわめて幼稚だから始末に終えない。
しかしそんな西嶋を読んでいるうちに、どんどん好きになってしまう。
それはきっと西嶋がむちゃくちゃまっすぐなヤツだからだろう。
本書の中で、西嶋がタイムスリップのたとえ話をするのだが、そのときのセリフが僕は好きだ。
たとえば自分がタイムスリップしたとして、そこで病気になった人たちがいたとする、そのとき自分は抗生物質を持っているが、それを使ったら歴史が変わってしまう。そういうたとえ話である。
そのときに西嶋はあっさりこう言う。
「あげちゃえばいいんですよ。その結果、歴史が変わったって、だからどうしたって話ですよ」と。
その直情的なところが、読んでいて非常に小気味いい。
鹿とチーターの話だったり、シェパードを引き取る話だったり、基本的に西嶋の論理はむちゃくちゃでつっこみどころも多い。
だけど、その過剰でまっすぐ突っ走ってしまうところは、愛すべきところだ。
そしてそんな風に、他人とずれた行動をしていても、恥じることなく、むしろ堂々としているところも、かっこいいな、って思ったりする。
それでいて、何もできない自分をちゃんと知っていて、恥じているところもすてきだ。
こんなすてきなキャラクターはなかなかいない。そう心から思ってしまう。
そんな西嶋をはじめ、「僕」たちはどれも個性的だ。
彼ら五人の友情の姿は読んでいると、すなおに感動することができる。
特にクリスマスに東堂の店に、西嶋が行くところを、みんなで見守るところが好きだ。静かな拍手をするところなどは、ちょっとジーンとしてしまう。
それは地味なシーンだけど、確かな友情があることを示してくれて暖かい。
「俺は恵まれないことには慣れてますけどね、大学に入って、友達に恵まれましたよ」って西嶋が言っているが、5人の友情は深く強く胸に響いてならなかった。
『砂漠』は欠点もそれなりにある作品とは思う。
だけど、この美しい世界とキャラクターは僕個人の趣味とかなり深くマッチした。
世間的な評価は知らないけれど、僕は伊坂作品の中では、この『砂漠』が一番好きと、改めて述べたい。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
そのほかの伊坂幸太郎作品感想
『アヒルと鴨のコインロッカー』
『グラスホッパー』
『死神の精度』
『重力ピエロ』
『チルドレン』
『魔王』
自分も、西嶋大好きです!
参考になりました。
また覗かせていただきたいと思います!
西嶋、いいやつですよね。伊坂のこういうキャラって好きです。
何かの参考になったのでしたら、ありがたい話です。
重力ピエロやラッシュライフ、グラスホッパーを読んだあとによんだので、伊坂さんはそういったイメージでした。
なので砂漠は新しい伊坂ワールドな感じでしたが、管理人さんのようにオーデュボンを主に考えると、伊坂ワールドそのものなんですね!新しい見方に嬉しくなりました。
私はこの本を、仙台での大学生活が終わるときに読みました。なので、5人の色々なイベント?を見る度に、共感と切なさを覚えました。
そしてなにより、校長先生の最後のことばがすごく心に残っています。懐かしんでも、戻りたいと思ってはいけない。この言葉は今社会人のわたしを、何度も奮い立たせてくれます。
そして、読み終えた直後に起きた東日本大震災。西嶋の言葉が余計身に染みました。目の前に苦しんでいる人がいれば助けるべきだ。本当にそうですよね。
あのタイミングで読んでいたこの本には、わたしは勝手に運命を感じています(笑)
周りに伊坂さん好きは何人かいるのですが、砂漠が好きな方はいなかったので、管理人さんのこの本が好きというレビューを見て、嬉しくてコメントしてしまいました!
長文失礼しました。
熱いコメントありがとうございます。
仙台で学生生活を送っていたのなら、伊坂作品の中では、『砂漠』が一番しっくりくるでしょうね。
しかも卒業間近なんて、出会うべくして出会ったようなタイミング。本当に運命的な、本の出会いとしては、一番幸せなパターンです。うらやましい。
『砂漠』は、どうしても中身的に、ほかの作品より地味な扱いになっちゃうのが残念です。
西嶋や、五人の友情や、文中では書きませんでしたが、校長の言葉はすてきで、すばらしいと思うんですけどね。
コメントありがとうございます。
西嶋熱いですよね。彼らの友情が本当に素敵です。
『魔王』もいいですね。能力は些細なものだけど、それを使って立ち向かうところがいい。ムッソリーニの恋人のエピソードが好きです。