2012年度作品。日本映画。
東京の片隅で小料理屋を営む貫也と妻の里子。店は小さいながらも繁盛していたが、調理場からの失火が原因の火事で全てを失ってしまう。絶望して酒びたりの日々を送っていた貫也はある日、常連客だった玲子と再会、酔った勢いで一夜を共にしてしまう。その事を知った里子は、結婚詐欺で金をだまし取る事を思いつく。店を再開するための資金を稼ぐために貫也は、出版社OL、重量挙げ選手、デリヘル嬢などに言葉巧みに次々と接近する。
監督は西川美和。
出演は松たか子、阿部サダヲら。
もどかしいけれど、良いと感じる部分は多い。
それが本作に対する、個人的な感想である。
もどかしい部分とは具体的に言うと、筋運びであり、良い部分とは西川美和特有の、ぼんやりとした感情のぶれの描写だ。
物語は小料理屋を営んでいたものの火事で店が焼けてしまった夫婦が、ふとしたきっかけから結婚詐欺を働くというお話だ。
そういった設定は、なかなかおもしろい。
だけど、話の流れ的に納得いかない部分がいくつか見られ、それがしっくりこない。
まず根本である結婚詐欺をする流れが、どうも腑に落ちなかった。
その理由を夫は浮気をした自分への腹いせもあるだろう、と言っている。
確かにそうだと思うけれど、それでもとってつけたような気がして、見ててもいまいちピンとこないのだ。
また最後の方の、探偵が訪ねてきてからの流れも僕には合わなかった。
監督的には、男への何らかの制裁や転落、あるいは物事の終焉を描きたかったのかもしれないけれど、あれはさすがにやりすぎだと思う。
少なくとも僕は少しばかり白けてしまった。あれではカタルシスなどえられない(別にカタルシスは映画における必要条件でもないが)。
あれなら、大半の人がパッと思いつくようなシンプルな展開でも良かったのではないか。
だがそんなケチをつけながらも、全体的に楽しめたのは、やはり心情の機微の描き方が絶妙だったからだろう。
特に夫婦の感情の衝突はおもしろい。
たとえば、俺に結婚詐欺をさせるのは腹いせのためだろう、と夫に嫌味を言われた妻が、思わずコップを投げつけようとするシーン。ウェイトリフティングの女の子を馬鹿にした妻に対し、男が腹を立てるシーン、などなど。
ともかくこちらを不安にさせるような場面がいくつか見られる。
そこから見えるのは、夫婦間の微妙ないらだちの構図なのだろう。
そしてそれは、自分の都合(金銭を得るため、パートナーの感情を試すため)で人の金をせしめることへの卑しさに対するいらだちかもしれないなんて思えて、なかなか心に残る。
個人的にもっとも印象に残ったのは、シングルマザーの女から金が取れそうだ、と夫が妻に報告する場面だ。
そのシーンに多くの説明はない。
だけど男は、店も開業できそうだし、詐欺をすることを引き止めてほしいとどこかで思っていることが伝わるし、女も、それを終わらせようと考えていながら、言い出せないでいるって雰囲気が伝わってくる(違うかもしれないけれど)。
その微妙な空気が忘れがたい。
もちろんその後の、男がなかなか店に帰って来ない場面も、工場の手伝いをしている男を見て、女が包丁を握りしめる場面も印象的だ。
そうして夫婦は、精神的にどんどんとすれ違っていく。
女が夫を愛しているのは明白だし、夫だって気持ちは同じと思うけれど、それだけにもう見ていて痛ましい。
ともあれ、そんな夫婦の感情的な衝突を描く、西川美和の演出は冴え渡っている。
もちろんその微妙な心理を的確に表現した、松たか子も阿部サダヲもすてきだ。
確かに本作は、隔靴掻痒の感のある映画だとは思う。
西川美和監督作は「ゆれる」と「ディア・ドクター」しか見ていないが、「夢売るふたり」はその2作よりも落ちるとも思う。
けれど、作品自体は水準以上で、心情描写などのレベルは高く、見終わった後も何かが心に残る。
個人的には好きなタイプの作品であるようだ。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます