念仏の篤い信者を妙好人(みょうこうじん)というが安芸の国は真宗の盛んなところで、
昔から奇特な妙好人を出している。壬生村の五助もそのような一人であった。ある日、
五助がお灸をすえようとして妻女にその準備をさせていると、よく来る商人の某が
やって来て「おや五助さん、お灸をすえなさるか、今日は瘟こう日(うんこうにち)じゃけん、
やめた方がええ」といった。五助は「そうかな、それじゃ今日はやめにするか」と
ぬいでいた肩を着物の中へ入れた。女房はせっかく準備したのに、日の悪いぐらい
で止めなくてもよかろう、とぶつぶつ言ったが、五助は「いやいやまず止めましょう」
とやめることにしてしまった。
商人は間もなく立ち去った。すると五助は女房に向かって「お灸をすえてくれ」と
いった。今やめるといっておいて何のこった、と女房が再びなじると「いやもう
瘟こう日(うんこうにち)が帰ったゆえ、すえることにしたのじゃ」といった。
お灸をすえるのに吉凶の日はない、と理屈をつけてすえれば商人と争うことになり、
その顔をつぶす。そうしたことから今後この商人は五助に好意を持たなくなり、
農産物の売買に五助は不利益をこうむることになるかもしれない。さすがは妙
好人として修養の積んだ五助は、真向こうから人の意見に反対するような愚か
なことはしなかったのだ。
若い夫が少し上等のカーテンを買って来た。予算からはむろんはみ出た上等なもの
で、夫は内心高過ぎたと後悔しながら、これを妻に見せた。妻は値段と生地とを
見比べて「まあずい分法外な値段ね、それにうちには不似合いな高級品だわ」と
非難する妻だったら愚か者だ。「すてきな上盗品ね、こういう高級品が一つでも
家の中にあると、ぐっと引き立って楽しくなるわ」と言えば、夫は自分の軽率さに
後悔するものである。
─『一日一言 人生日記』古谷綱武編 光文書院より
■私もこの教訓を身につけていたら、友人を失うこともなかったのか。相手の立場
に立つとは、こういうことかもしれないが。この場合、五助は、利益を問題にしているように
見えるが、それだけではなく、人間の共存共栄ということが関わっていると思う。
人間同士の付き合い方を円滑にしたいという意識があったはず。
注)うんこうにち【瘟こう日】(こう、の当たる字がPCにない)
陰陽道おんようどうで、仏事・婿取り・嫁取りにはよく、灸きゆうを据えることは凶の日。
昔から奇特な妙好人を出している。壬生村の五助もそのような一人であった。ある日、
五助がお灸をすえようとして妻女にその準備をさせていると、よく来る商人の某が
やって来て「おや五助さん、お灸をすえなさるか、今日は瘟こう日(うんこうにち)じゃけん、
やめた方がええ」といった。五助は「そうかな、それじゃ今日はやめにするか」と
ぬいでいた肩を着物の中へ入れた。女房はせっかく準備したのに、日の悪いぐらい
で止めなくてもよかろう、とぶつぶつ言ったが、五助は「いやいやまず止めましょう」
とやめることにしてしまった。
商人は間もなく立ち去った。すると五助は女房に向かって「お灸をすえてくれ」と
いった。今やめるといっておいて何のこった、と女房が再びなじると「いやもう
瘟こう日(うんこうにち)が帰ったゆえ、すえることにしたのじゃ」といった。
お灸をすえるのに吉凶の日はない、と理屈をつけてすえれば商人と争うことになり、
その顔をつぶす。そうしたことから今後この商人は五助に好意を持たなくなり、
農産物の売買に五助は不利益をこうむることになるかもしれない。さすがは妙
好人として修養の積んだ五助は、真向こうから人の意見に反対するような愚か
なことはしなかったのだ。
若い夫が少し上等のカーテンを買って来た。予算からはむろんはみ出た上等なもの
で、夫は内心高過ぎたと後悔しながら、これを妻に見せた。妻は値段と生地とを
見比べて「まあずい分法外な値段ね、それにうちには不似合いな高級品だわ」と
非難する妻だったら愚か者だ。「すてきな上盗品ね、こういう高級品が一つでも
家の中にあると、ぐっと引き立って楽しくなるわ」と言えば、夫は自分の軽率さに
後悔するものである。
─『一日一言 人生日記』古谷綱武編 光文書院より
■私もこの教訓を身につけていたら、友人を失うこともなかったのか。相手の立場
に立つとは、こういうことかもしれないが。この場合、五助は、利益を問題にしているように
見えるが、それだけではなく、人間の共存共栄ということが関わっていると思う。
人間同士の付き合い方を円滑にしたいという意識があったはず。
注)うんこうにち【瘟こう日】(こう、の当たる字がPCにない)
陰陽道おんようどうで、仏事・婿取り・嫁取りにはよく、灸きゆうを据えることは凶の日。