PSW研究室

専門職大学院の教員をしてる精神保健福祉士のブログ

儚いものを知る場所

2010年05月18日 09時08分48秒 | 大学という場所

誰もが知っている、サン・テグジュペリの『星の王子さま』。
あの中に、「学者」が出て来ますね。
第15章、王子さまが6番目に訪れた星でした。
ヘンな仕事ばかりしている大人たちに出会って、王子さまの気が滅入っていた時でした。

学者は地理学者で、ものすごい数の本を書いていました。
でも、実際にあちこちに行ったことはなく、海も山も「知ることはできない」と言います。
「自分は探検家じゃないから、ぶらついている訳にはいかない。机を離れてはいかんのじゃ」と言います。
探検家から調査結果を聞いて、証拠を出させて、書き留めておくことが、自分の仕事だと。
そのうちなくなってしまう、「はかないもの」には興味がない、とも。
王子さまに、地球に行ってみることを勧めたのは、この学者でした。

一般的な「学者」のイメージって、そういう感じかも知れませんね。
専門のことには詳しいけど、どこか浮世離れしてて、偏屈なイメージ。
研究室の中に閉じこもっていて、自ら現場に赴くことは余りないイメージ。
調査研究や実験結果に基づいて、エビデンスのハッキリしていることしか言わないイメージ。

もちろん、社会福祉の世界にも、大学には偉い「学者」の先生がたくさんいます。
圧倒的に多くの大学の教員は、それぞれの専門領域の研究者として生きてきた人ですし。
深い探求に根ざした学術論文を多く著していなければ、大学の教員にはなれませんし。
いくら現場で素敵なソーシャルワークを展開していても、それだけで大学の教員になることはあり得ません。

でも、社会福祉は実践の学であるだけに、学問と現場との遊離は致命的です。
果たして、大学の教員は、社会福祉実践を教えてきたのか、今、問われています。
専門知識の伝授はされていても、専門職としての技能をどれほど深められているのか。
社会福祉学の教育はしてきたが、ソーシャルワークの教育はしてこなかったと言われるほどに…。

PSWの世界は、そういった意味では、同じ福祉系大学の中でも少し違う位置にあります。
精神保健福祉士が、だいぶ後発の、あとからできた資格であるということもあって…。

国家資格化された時、精神保健分野の福祉の教員は、ほとんどいませんでした。
現在150校を数える精神保健福祉士養成課程は、当時ひとつも無かったのですから。
たまたま大学の先生で、精神障害者福祉を専攻している人はいても、ごくごくわずか。
大学の世界では、PSWは、本当に変わり種のように捉えられていました。

国家資格化されて、あちこちに養成校ができて、教えられる教員が必要になりました。
でも、この領域での福祉を教えられる「学者」は、ほとんどいませんでした。
現場に勤めるPSWたちが、改めて大学院に通い学位を得て、順番に教員になっていきました。

12~3年前、「え?!あの人も教員になるの?」というようなことが続き、僕はビックリしていました。
先見の明のない僕は、PSWたちの相次ぐ転進に、ちょっと愕然としていました。
現場から、経験と力量のあるPSWがいなくなってしまう危機感もありました。
大学に教員として転職するということが、露骨な上昇志向にも思われ、むしろ眉をひそめていた感じもありました。

でも、今考えると、この一連の流れは、結果としてはとても良かったと思います。
それまでは、大学という所は、福祉現場から遠く離れた存在でしたし。
今は、実習生の受け入れを通して、現場にとって随分と身近な存在になりました。
大学と現場のゆるやかな連携や、コラボレーションしての取り組みも始まっています。

他の領域はいざ知らず、精神保健領域については、現場出身の教員が圧倒的に多いです。
現場のPSWたちが、大学で新天地を切り開いてきたとも言えます。
そして、当然、それぞれの学校で、極めて実践的な教育が為されています。
「学者」ではない、自らの臨床経験に基づく、実践家たちによる福祉実践教育の形が作られていきました。
他の分野よりも、理想的な教育体制が出来てきているとも思えます。

論文の数で評価される大学という場で、精神保健福祉は「学が浅い」と言われればそれまでです。
でも、血の通ったソーシャルワークを、経験知として伝えられる教員がいます。
各大学で奮闘している、現場PSW出身の教員たちと会って話すと、驚くほど明晰で勢いがあります。
これからの新しい大学の価値を、彼ら彼女らが築きつつある、と僕には思えるのです。

大学というアカデミックな場に、現場で格闘し苦労してきたことが反映される。
現場のPSWたちが、リアリティのある言葉で、生身の経験を後進に伝えて行く。
個々のユーザーとの関わりを通した、「はかないもの」の価値を大事に育んでいく。
大学を閉じた空間でなく、社会に開かれた、社会に密に関わる場にしていく。
大学を舞台に、現場の実践家同士が交流し連携して、新しい学問を創っていく。
遅れてきたPSWが、地域や当事者と協働して、大学の新しい価値と文化を創っていく。

「はかないもの」の価値を「知ることのできる」大学。
そんな大学を創っていきたいなと、最近思っています。


※画像は、箱根の「星の王子さまミュージアム」の地理学者。