誰もが知っている、サン・テグジュペリの『星の王子さま』。
あの中に、「学者」が出て来ますね。
第15章、王子さまが6番目に訪れた星でした。
ヘンな仕事ばかりしている大人たちに出会って、王子さまの気が滅入っていた時でした。
学者は地理学者で、ものすごい数の本を書いていました。
でも、実際にあちこちに行ったことはなく、海も山も「知ることはできない」と言います。
「自分は探検家じゃないから、ぶらついている訳にはいかない。机を離れてはいかんのじゃ」と言います。
探検家から調査結果を聞いて、証拠を出させて、書き留めておくことが、自分の仕事だと。
そのうちなくなってしまう、「はかないもの」には興味がない、とも。
王子さまに、地球に行ってみることを勧めたのは、この学者でした。
一般的な「学者」のイメージって、そういう感じかも知れませんね。
専門のことには詳しいけど、どこか浮世離れしてて、偏屈なイメージ。
研究室の中に閉じこもっていて、自ら現場に赴くことは余りないイメージ。
調査研究や実験結果に基づいて、エビデンスのハッキリしていることしか言わないイメージ。
もちろん、社会福祉の世界にも、大学には偉い「学者」の先生がたくさんいます。
圧倒的に多くの大学の教員は、それぞれの専門領域の研究者として生きてきた人ですし。
深い探求に根ざした学術論文を多く著していなければ、大学の教員にはなれませんし。
いくら現場で素敵なソーシャルワークを展開していても、それだけで大学の教員になることはあり得ません。
でも、社会福祉は実践の学であるだけに、学問と現場との遊離は致命的です。
果たして、大学の教員は、社会福祉実践を教えてきたのか、今、問われています。
専門知識の伝授はされていても、専門職としての技能をどれほど深められているのか。
社会福祉学の教育はしてきたが、ソーシャルワークの教育はしてこなかったと言われるほどに…。
PSWの世界は、そういった意味では、同じ福祉系大学の中でも少し違う位置にあります。
精神保健福祉士が、だいぶ後発の、あとからできた資格であるということもあって…。
国家資格化された時、精神保健分野の福祉の教員は、ほとんどいませんでした。
現在150校を数える精神保健福祉士養成課程は、当時ひとつも無かったのですから。
たまたま大学の先生で、精神障害者福祉を専攻している人はいても、ごくごくわずか。
大学の世界では、PSWは、本当に変わり種のように捉えられていました。
国家資格化されて、あちこちに養成校ができて、教えられる教員が必要になりました。
でも、この領域での福祉を教えられる「学者」は、ほとんどいませんでした。
現場に勤めるPSWたちが、改めて大学院に通い学位を得て、順番に教員になっていきました。
12~3年前、「え?!あの人も教員になるの?」というようなことが続き、僕はビックリしていました。
先見の明のない僕は、PSWたちの相次ぐ転進に、ちょっと愕然としていました。
現場から、経験と力量のあるPSWがいなくなってしまう危機感もありました。
大学に教員として転職するということが、露骨な上昇志向にも思われ、むしろ眉をひそめていた感じもありました。
でも、今考えると、この一連の流れは、結果としてはとても良かったと思います。
それまでは、大学という所は、福祉現場から遠く離れた存在でしたし。
今は、実習生の受け入れを通して、現場にとって随分と身近な存在になりました。
大学と現場のゆるやかな連携や、コラボレーションしての取り組みも始まっています。
他の領域はいざ知らず、精神保健領域については、現場出身の教員が圧倒的に多いです。
現場のPSWたちが、大学で新天地を切り開いてきたとも言えます。
そして、当然、それぞれの学校で、極めて実践的な教育が為されています。
「学者」ではない、自らの臨床経験に基づく、実践家たちによる福祉実践教育の形が作られていきました。
他の分野よりも、理想的な教育体制が出来てきているとも思えます。
論文の数で評価される大学という場で、精神保健福祉は「学が浅い」と言われればそれまでです。
でも、血の通ったソーシャルワークを、経験知として伝えられる教員がいます。
各大学で奮闘している、現場PSW出身の教員たちと会って話すと、驚くほど明晰で勢いがあります。
これからの新しい大学の価値を、彼ら彼女らが築きつつある、と僕には思えるのです。
大学というアカデミックな場に、現場で格闘し苦労してきたことが反映される。
現場のPSWたちが、リアリティのある言葉で、生身の経験を後進に伝えて行く。
個々のユーザーとの関わりを通した、「はかないもの」の価値を大事に育んでいく。
大学を閉じた空間でなく、社会に開かれた、社会に密に関わる場にしていく。
大学を舞台に、現場の実践家同士が交流し連携して、新しい学問を創っていく。
遅れてきたPSWが、地域や当事者と協働して、大学の新しい価値と文化を創っていく。
「はかないもの」の価値を「知ることのできる」大学。
そんな大学を創っていきたいなと、最近思っています。
※画像は、箱根の「星の王子さまミュージアム」の地理学者。