人知れずの記録ー障害後期高齢者の日々のつぶやき

日々のリハビリをはじめ、何でもかんでも書いてやろう!という日記帳。

セーヌ川に架かるポンヌフの賑わい(18世紀図版)

2022-02-28 06:42:25 | 日記

142 82 60

好かれたらしいという若いころの夢は見るけれども、はっきりと嫌われていた、という夢は見ない。勝手なものだ。

朝のゴミ出し。今日も左足が不調。歩行に万全の注意が必要。

午前中のデイで足のケアをしていただいた。その効果だろう、現在、不調感無し。明日の船橋行きに持ちこたえてほしいが、そうはいかないだろうな。

ガラケーカメラで18世紀の図版を接写撮影。パリ、セーヌ川に架かるポンヌフの賑わい。こういう出来栄えを見れば、やはり、スマホが欲しくなる。明日、店を覗いてみよう。


朝粥を食べた 古い時代のセーヌ川

2022-02-27 08:26:15 | 日記

141 89 58

またもや布団で眠らず。体調は悪くない。布団を敷くのが面倒だということもある。

朝粥をつくっていただいた。もう少し火を通した方がお粥らしくなるな。「待つ」のだ、ちゃんと食べられるのだから、競争相手はいない。

夕ご飯にイワシのめんたい。これが絶妙の味。また、買ってこよう。

 

図版資料を写真に残そうと思うが、カメラが使い物にならないほど劣化。ラホで試みたが、話しにならないほど画像が良くない。ちかじかスマホに代える予定なのでそれを待ちましょう。

取りあえず、セーヌ川の様子を描いた図版写真をアップ。19世紀半ばまでのセーヌ川はごった返したという証になります。


フィールドワーク復活の願い

2022-02-26 08:12:13 | 日記

晴れ

79 60

今より足の調子が悪かった時、あっちこっちに、地域の歴史を求めて、歩いていた。特に、野馬堤の探索は面白かった。右手に杖、左手にカメラ、肩には水を入れたバッグ。・・・温かさが出てきたら、復活させよう!

 

私が勤務した学校法人は、「国家公務員」に準ずる勤務者処遇。「国民」による「国家公務員叩き」のもろ反映を受ける。
海外研修にかかわっても、それは厳しく表れた。ある程度の見積もりで旅費、滞在費など現金一括先払いであったのが、とたんに、実費後払いシステムに変更された。それまで緩やかな研究計画でゆとりをもって研修ができたのが、目的・内容・方法が厳しくチェックされた(チェック者は会計)。ぼくのような「ヴァガボン」(漂流者)的な研究など許されるわけがない。がちがちに囲い込まれ予算的に余裕がない学問の在り方に、不適応を起こしかけた。名作「パリ燃ゆ」を産んだ大佛次郎氏のような資料収集にこそ、「ダイアモンド」の輝きを見出せるのが、ぼくがこだわってきた研究スタイルなのだから。「あなたのこの論文は、段ボール何箱の史料から誕生しましたか?」大学院時代に受けた大学者様からの問いかけが常に頭をよぎっている。
あちらこちらを歩き回りながらも、いつからこの国は、研究の自由に縛りをするようになったのだ、と、こぼしながら、自腹を切りながら校務としての調査研究を進めていた。
成果主義に縛られてしまうこの国の学問方程式に、ある種の絶望を抱き始める自分を感じていた。

在外研修の思い出

2022-02-25 21:03:10 | 日記
晴れ
126 71 62
  終日、無為無策
 
勤務先から頂いた「在外研修」権の行使には、いろんな「脅迫的流言」が寄せられた。その典型は、フランス語が達者で優秀な研究者が研修先でその国の文化・習慣等に馴染めず、とうとう途中で帰国した、という夏目漱石的な心身症に陥り帰国やむなしとなった方。先払いされた研修費は全額返納となる。相当の額に上るので、これまた大変。
 当然、研究課題もはっきりせず、語学の落ちこぼれと自他称する輩=ぼくに、明るい道など見えるはずはない。ギブアップする情けない実像を期待し、やじ馬たちがうるさかった、と後で聞かされた。
 不思議なことに、川口は生きて帰ってきた!おまけに研修報告書なる分厚い冊子2冊を抱えて…。これは、「嫌になったらやめる」という自身が持っている生哲学というお守りが利いたと、自負している。
 
 

通所リハビリ

2022-02-24 06:44:25 | 日記

曇り 早朝の空は印象派キャンバス

燃えるゴミ出し

161 91 65 なんで高いんだ?

午前中デイ。社長さんがこのところ現場に立っている。コロナ関係で従業員が自宅待機などになっているとか。楽しく会話できました。

昼食後、午睡。よく眠りました。心地よい疲労。

午後、屋根補修工事見積の作業。丁寧に点検、そして説明。そんなにぼろ屋根だったのかと驚く。弘美君が細かな点は対応してくれている。感謝。

童謡「雨」。大正中期の作品。児童文化、珠玉の作品の一つ。

雨  北原白秋作詞・弘田龍太郎作曲 The Rain - YouTube

 


船橋へ 買い出しなどいろいろ

2022-02-22 07:19:33 | 日記

晴れ

148 88 69

資源ゴミ出し

お昼を挟んで、船橋東武の福岡物産展へ。たくさんの買い物をしました。何を購入したのか、すぐには思い出せないほど(笑)。当分、食卓と仕事机をにぎやかにしてくれるはずです。

とことん足が疲れました。やはり、麻痺には勝てません。あと、寒さがマギを強くしているので、「はーるよこい、はーやくこい」の心境と体機能であります。

シェーバーが手に入りました。高級すぎて取り扱いがよく分からない。今のところ、シンプルな使い方はできるので、満足しております。不精髭が少しはなくなるはず。

 

 


午前中デイ

2022-02-21 07:28:48 | 日記

晴れ 朝の白い月が美しい季節

139 79 63

燃えるゴミ出し 杖無し実行 少し不安があるが安定歩行ができているが、。

午前中デイ。初めて足裏の施療を受けた。痛いです。が、安定歩行のために必要な施療だとか。継続的にしてくださるのかな。

「川口さん、東武物産展、お出かけしましたか?」
「いえ、明日に予定してます。」
 通所リハビリ施設で、すっかり話題の人になってます。軽重あれども障害高齢利用者にとって、自分の脚で、公共交通機関を使って、デパートの催しものに出かける、というのは、一種の冒険物語のようなんですね。ぼくは、ただ、いやしんぼうだから、出かけるのだけど。
 家族は黙認。これがまたありがたい。そして、今日、公認に昇格!
「マグロのカマ焼き、買ってきて。」
 細君から初のご注文であります。ルン♪

庭木の手入れのお願いをしにゃきゃね

2022-02-19 08:34:23 | 日記

晴れ

145 82 57

血圧の高め、どうしましょ。

庭木の手入れのために業者さんに電話しなきゃと思いながら、強い「コミ障」の障害が邪魔をする。ええいええい、と気を振り絞る数日。

庭木手入れ日 3月8日火曜日午後2時~

 

狭い我が家の庭に、結構思い入れのある樹が数本立っている。 「おおもの」は紅白ハナモモ2本、レモン1本、イチョウ1本、ドングリ1本、…。ハナモモは毎春美しく景色を彩ってくれ、道行く人たちの人気もの。レモンは果実が実ったことがない。イチョウとドングリは一人生えの様なものなのだが、亡き母が東大と学習院のキャンパスから拾ってきた実が見事に?育っている。が、花をつけないから、狭い土地面積から言えば、日陰もの。ぼくが丈夫なうちは剪定などをしていたが、今の体では不能。
かくて、剪定を業者さんにお願いするようになった。今年も3月中ほどに作業をしてくださるという。
イチョウとドングリは切り倒したいのだけれど、細君はあまりいい顔をしない。ついでながら、彼女の「夢」は、おそらく、木々に囲まれた、鳥たちが常に遊びに来る、豊かな環境なのだろうな。今日もハナモモに隠れて設置されたエサ台に、ミカンが置かれているし…。
数年前までは、ウグイス、オナガやメジロなどが来て枝で遊んでおりましたが、今は、スズメ、ヒヨドリ、ハシブトカラスが来ておりますね。
すっかり自然環境が変化したわが家であります。つまんないけど、行先無いから、居座るしかない。

終日在宅

2022-02-18 08:31:38 | 日記

晴れ

144 89 79

朝、水道の蛇口開けっ放しという大失態。う~ん。

 

夫婦でアリゾナへの旅こぼれ話
 ツーソンという街に行きました。アリゾナ砂漠が近くにあります。世話をしてくれた学生ジム君が、言いました。
「サソリと毒蜘蛛がどこにでもいます。朝起きてベッドから降りるときや靴を履くときには気を付けてくださいね。靴の中にもぐっていることがあります。」
 幸い、旅の間、毒持ち生物に出会うことはありませんでした。が、びくびくものであります。
 
 アリゾナ・ツーソンで1泊だけ、ホームステイを経験した。
 平屋の広い庭付きのお宅。庭にはハミングバード用の蜜壺が据えられ、何羽か、蜜を吸っていた。感動という言葉以外にはない。ディナーのお声がかかるまで2時間は佇んでいた。
 夜は我ら夫婦に一室が提供された。大きな幅広のベッド。でも、ぼくの知っているベッドとは何か違うようだ。
 言葉は聴いたことがあるが、ウオーターベッド!体の動きに応じて、水の入ったベッドが優しく揺れる…。旅の疲れがすっかり取れた一夜でした。・・・
 おおげさにいえば、なにもかも未体験。すっかり魅了されて、アメリカは嫌いな国だけれど、ツーソンは、ネイティブアメリカンの歴史文化も保護され、「文明」しかないアメリカだと思っていたけれど、人の長い歴史の息遣いそのものも大切に守られ、伝承されていることも知り、すっかりとりこになった次第。なにせ、ウオーターベッドの翌日は、地元の文化秘儀ディア―ダンスを鑑賞することが出来たのですから。音や映像・写真の観光客による記録作業は厳禁。その時の映像・音は、ぼくの脳内に保存されている。その翌日、この地域の公立小学校で授業参観したクラスに、古老から教えられながらディアダンスを踊った子どもがいた。彼はその経験を作文に綴ってい。非常に誇らしげな筆運びだった。妻はこのクラスで、図書館司書として、絵本「腹ペコ青虫」の読み聞かせを演じた。妻もクラスの子どもたちも、輝いておりました。