人知れずの記録ー障害後期高齢者の日々のつぶやき

日々のリハビリをはじめ、何でもかんでも書いてやろう!という日記帳。

通所リハビリ

2022-01-31 07:03:04 | 日記

晴れ

燃えるゴミ出し 朝の寒気が厳しい

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朝の内、デイ。男性の数が多い日。と言っても、挨拶を交わしあうのは特定のお一人のみ。

彼の歩行はかなりしっかりしてきている。うらやましいほど。なぜぼくは進歩しないのだろうか。家庭でのケアにとても甘いものがあるんだろうなあ、とは思う。足を使うことを、できるだけ避けているような生活ぶりだものなあ。少しずつ外に出ることを増やしていこう。

明日は船橋に出る予定。


今日は博史君の命日

2022-01-30 08:14:14 | 日記

晴れ

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オーバードクター1年のこの日、博史君が神に召された。まるで彼が命をささげてくれるような形で、ぼくの埼玉大学講師就任が告げられた。ぼくにとって「天命」の日。それから早50年。今日は大学人としての「足跡」をたどってみたい。併せて「主要業績」も。

1975年 埼玉大学講師着任(教育学部

1977年 同助教授)

1980年 『生活綴方研究』(白石書店)、『子どもが生きる教育』・翌々年刊行『教師像の探究』(いずれも教育史料出版会)と併せて、埼玉大学教育学部川口ゼミ所属のゼミ生及びOB有志で、出版記念会を開いてくれた。100名ほどの参加をいただいた。弘美君も招待参加。「言行一致を望む」という厳しい言葉が発せられた。

1989年 和歌山大学教育学部に転ず。肩書は助教授。自らの意志による転出

このころ、「ホール・ランゲージ」研究を手掛けているが、結局、英語文化圏行きがネックとなり、ものにならず。訳書、関連著作も刊行したが、深めきれずとん挫の形。

1992年 学習院大学より教職課程担当教授として招聘される。和歌山は去りがたかったが、家族との共同生活は捨てがたい。恩師お二人の強い押し(引き)もあり転じることを決意。

2000年ごろまで研究はだらだら生活。学生の授業感想を授業のテキストにするという「授業改革」は、日本福祉大学の「大学における授業改革」試行の目に留まり、関係講演。また、受講学生からの生活相談、進路相談なども、多数寄せられ、学生教育に充実ていた日々、と言える。

2009年4月から1年間、海外研修をパリを拠点として行う。9月ころからパリ・コミューン研究に没頭。成果は、「パリ・コミューン1871における普通教育三原則の成立」論文にまとめ、文学部年報に投稿。かなりの修正を加えて、著書『一九世紀フランスにおける教育のための戦い セガン パリ・コミューン』(幻戯書房 2014年)第2部に収載。

海外研修から帰国して間もなく、受勲者清水寛氏の「セガン研究」の「仕上げ」段階の研究助成に従事。氏の過酷な「ふとした思い付き」(清水曰く)の連続により再び機を見てフランスに渡るなどを繰り返す。2014年2月末、パリで吐血。脳梗塞罹患も発症。同年3月2日に、ぼくの退職と著書出版を祝う会が開催されたが、「主」は病床にあり、会は、まるで遺影のようにぼくの写真が飾られて開催された。

2016年 セガン原著翻訳に没頭。『初稿 知的障害教育論 白痴の衛生と教育』幻戯書房 本書は我が国のセガン研究の公刊物に対する大きな不満からなさしめたもの。2014年著書の第一部論文とペアの作品になる。この訳本の解説と解題こそ、ぼくのセガン研究の到達なのだ。

 

知的障害教育の開拓者セガン話題
 セガンの足跡をたどっていて、胸がとどろくような史資料に出会うことがしばしばあった。
 添付画像は、セガンが知的障害教育の場ービセートル病院内小児病棟に付置された知的障碍児のための「学校」における実践場面。1843年の新聞記事イラストなので、セガンが「白痴の教師」という公職に就いていた時と重なることもあり、セガンにかかわる直接史料であると、理解している。
 一説に、就学の数100人を挙げる研究もあるが、添付図版を史料とする限り、それらの先行研究報告は再考を要すると判断すべきだろう。

 


通所リハビリ

2022-01-27 06:54:21 | 日記

晴れ

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血圧、この調子で行ってくれればいいのだけれど。

燃えるゴミ出し。杖無し。

午前中、通所リハビリ。いつも通りのメニュー。今日は木曜日なので、明日からの三日間は、ゴミ出しもしなくて済む。今日の訓練で疲れ切っても家事分担に大きな支障はない。そういう意味で訓練絶交日。ハードルとペダルと自転車こぎに力を入れた。昨日の外出で気になって仕方がなかった左脚の不具合も、こういう訓練ではっきりとそれが分かる。左脚つけに臀部のある一点が不具合気味なのだ。マッサージで、そこを重点的に揉み治療していただいた、

帰宅後昼食の後、1時間ほど睡眠。室内を温かくと意識し、暖房は入れっぱなし。やはり寒いよりは体に優しい。


脳神経外科受診 その後、船橋へ

2022-01-26 06:16:37 | 日記

曇り

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午前2時過ぎに目覚め、そのご眠れなかったので、受診のための準備あれこれ。補聴器は一つ見つかったので、これで間に合わせ。音が少しくぐもった感じで聞こえるので、使用を避けてきてはいる。首掛けタイプ。落下の心配がないので安心。

9時、脳神経外科受診。問診のみ。次回3月23日。超音波検査。血液採集もある。9時までに受付を済ませること。

診察の後は、船橋四国物産展。規模は小さくなっている。贈答品の売れ残りの処分のスペースが大きい。そこでカレーを買った。物産展では芋菓子いくつか、カツオのたたき、など。足の痛みに苦しんだ。


火曜の朝は忙しい

2022-01-25 05:49:34 | 日記

晴れ 月空がとても美しい

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資源ゴミ出し、丹羽ステーションへ 足がもう少し楽になったㇵ白山神社前に出したいと思ってはいる。こそこそはいやで…。

明日の診察の準備をしていて、補聴器が無いことに気づいた。おお探ししたけれど見つからない。呼野があるはずだが、それも見つからない。ああ・・・

 

今日のFBより

某人 ・・・ 平信徒・・・・この言葉、信者をバカにした呼び方に聞こえませんか。いかにも聖職者が上で何の役割も無い信徒が平信徒と呼ばれる。現在のどこの教会にもありますよね。

川口幸宏 敬虔なクリスチャン(プロテスタント教会所属の僧職の方ですから神父様ではなく、牧師様)による、あるキリスト教徒による業績をたたえる一文に記された言葉ですから、バカにした言葉だとはとても理解できませんが、原文が英語で翻訳語が「平信徒」となっています。宗教関係者など数人に尋ねてこの言葉で間違いないかと、確認しております。「平」というのは信仰が浅いとかいうことの意味なのではないと、教わりました。関係文献にも「平信徒」の用語は出てきます。ただ、使うか使わないかは自由ですね。

 


午前中、デイ

2022-01-24 06:31:56 | 日記

晴れ

132 80 55.

交流親しい人たち数人の夢。現実にお目にかかることは難しい。さみしい感情はある。

デイの前に、燃えるゴミ出し。少し体がだるい。風邪気味か。

デイは、無理をしないように、運動。それでもつかれる。

帰宅後、弘美君作成のうどんをいただき、軽く午睡。

弘美君の午後の帰宅が何時になるか不明ということなので、イアン飯で適当に夕食。レンチンの方法をきちんと教わろう。

 


在宅で根性

2022-01-23 07:47:36 | 日記

晴れ

127 77 54 脈動が緩いですね

大学院生対象の夢。レポート提出の場面。私的メモばかり。読み手を意識しない報告書。大学教師も舐められたものだ。・・・現実的な夢でありますな。

昼前にイアン君、来訪。胸には僕がプレゼントしたペンダント、手には弘美君祝いのケーキ。その他手料理の数々。いつもながらの心遣いに感謝。

「どうして女性の上半身裸が描かれるのですか?」と、史料収集に協力いただいたユダヤ系フランス人に尋ねたところ、「ほら、日本語に、胸襟を開く、というじゃありませんか。隠し立てしない、まっさらな思想の表現です。」と説明をいただいた。フランス語の名詞には性がある。「フランス」は女性名詞だ(ちなみに、「日本」は男性名詞)。
 添付写真は、ピロティという風刺画家の作品の一つ。