人知れずの記録ー障害後期高齢者の日々のつぶやき

日々のリハビリをはじめ、何でもかんでも書いてやろう!という日記帳。

在宅リハビリ パリ・コミューン

2020-05-31 06:22:26 | 日記
曇り
120 68 50
庭でストレッチ、軽体操
耳の注入薬が無くなった。これで治療は終了。よく聞こえるようになったので大いに耳を活用しなければ。埼玉大学勤務時に「聞こえないおまえが悪い」と同僚から怒りの声を浴びせられたあの悔しさを忘れるものか。
今日のお昼は冷やし中華。
ワカメ、キュウリ、かにかまをトッピング。キュウリキリは手指にリハビリ作業。均一の薄さ(暑さ)で気編むことができるといいなあと思いながらの作業。

5月の下旬週となると、1871年、フランス・パリの歴史を小さく?大きく?飾る「パリ・コミューン」(およびそれに連鎖してフランスの都市部で引き起こされた「コミューン」闘争ーマルクスのいう所の「フランスにおける内乱」)の研究に携わって史料漁りで徘徊した日々を思い起こす。
 ある物知り顔の知友はパリ・コミューンを「正義」、それを弾圧し壊滅せしめたフランス政府側を保守反動暴力装置の不正義だとみなしていろいろぼくに掲示してくださった。その中で、パリ・コミューンは言論の自由を尊重した、というのがあった。そりゃあ、大切なことだ、と研究類書を読むとやはり同じだ、そうなんだなあ、とうなずく。
 古書店まわりでパリ・コミューン関係資料を求め、とりあえず目を通す。ぼくが手に入れたのは、店主の説明では、「これは反パリ・コミューン側の立場にあるものの出版です」。その場で前書きを読むと、「パリ・コミューン政府による発禁処分を受け、別の名前にあけて、発行し続けた」などという文言がある。何?それ本当か?と、新しい自分の立ち位置を見出す。ちゃんと両者の言い分を聞きましょうや、古書店周りの目が複眼となる。・・・
 ・・・パリ・コミューン議会は、4つの新聞・雑誌に発行禁止命令を下していることを、知る。何で、そんな大事なことを隠してまでパリ・コミューンは正義だった、って研究を作り上げるわけ?先行研究不信がこうして生まれた。セガン研究も同じだ。
 


和久さんが、お別れの食事会会場のご希望を出された。まったく住む世界の違う人だなあ、と強く実感。 クルージングしながら…


忍びの者、姿現す

2020-05-30 07:44:37 | 日記
快晴
124 65 47
補聴器が必要で無くなったのはとても嬉しい。
「忍びの者」が、なんと、流し場に姿を見せた。これでは水を流せないでは無いか!ま、彼?彼女も生きる知恵と技を持っているだろうから、こちらはいつも通りの生活スタイルで過ごしました。「えさ」を求めてやってきたのかな。ごきてき、退治しておくれ。
 脚のトレーニングを兼ねて、自宅ー新柏東武ストア間往復。片道30分のよろよろひょろひょろ。しかし、いきなり同市北谷だろうかね、この脚の弱り。
 マグロの血合い刺身ときゅうりの輪切り薄切りでお昼。包丁の細かい作業が、確かにしにくい目と手になっている。
 耳の聞こえ具合は快調。

耳鼻科通院

2020-05-29 07:35:10 | 日記
快晴
138 72 50
耳鼻科受診。診察と施療。右耳の大そうじという感じだな。
今、ヘッドフォンをつけて音楽を聴いているが、とても聞こえがよくなった。ヘッドフォンなしだとどうなんだろう。ワクワクするような気持ち。家庭内会話がスムーズにいきますように。
屋外で自然の音を楽しもうと外に出たが、無音状態。自然はお昼寝中?耳が不能状態?
脚の不調が尋常でない。病院の行帰りの歩行時間は30分ほど。新柏駅に行くより少し遠め。これが実につらかった。つらいけど歩けないのではない。やはり訓練不足なのだろうか。「歩こ歩こ♪私元気!」の歌を口ずさむ心持で日々の歩行を楽しもう。休み休みでいいから、ゆっくりたっぷり時間をかけて。


平常な暮らし

2020-05-28 07:50:50 | 日記
晴れ
137 80 50
のんびりのんびり。
ペダル漕ぎ、廊下歩きなど。
お昼は引っ張りうどん。添え物をいくつか。豪華感が出ました。
庭に出てカメラワーク。ありさん追っかけ。とにかくわんさか。何を狙っているのでしょうね。

アジサイが花をつけ始めた。

今年、初顔見せ。ヤモリ君。西の窓にもおりましたが、この子はキッチンの窓。例年と同じ。






過ごしやすい一日

2020-05-27 05:37:05 | 日記
曇り 
126 73 56 
ビニールゴミ出し 左脚に少し痛み
軽くボール蹴り遊び(左脚) ストレッチ
廊下でボール蹴りなど
セガン1866年著書序文読み 根気続かず、断続的読書
お昼は、久しぶりにサラダうどん。
 
うどんの下には、玉葱スライス、キャベツ千切りを敷いた。
トッピングには、バナナ、マンゴー、ゆで卵、ワカメ。
中々のできでした。

右耳のお掃除液注入2日目にして、垢と汚れ液とが、少し取れた。が、耳の聞こえは少しもよくならない。頼りの耳が皮肉にも左耳になっている現状。聞き分け能力ほぼゼロ。トホホ。明日もう一日右耳の掃除。金曜日の診察が、心待ちだから、変な自分だと思っている今。

再度 倍賞千恵子の歌声で オホーツクの舟歌

時代劇 大川恵子さんで 赤い影武者

セガン1866年著書序文より

「彼らが書き残した書物を厳密に読んでみると、フランス学士院のコレクションに収集されている、生まれつきの聾唖者に関するスピーチを書き起こした記録に見られるジャン・ジャックの思想よりも、『諸状況の不平等論』[i]の中に示されたペレールの思想を、より容易に見出すだろう。とはいえ、そうした二人の名人の精神が互いに与えあったに違いない相互影響については疑いを挟むことができない。書物『エミール』は、聾唖者のための学校にのみ起源を持つことができた生理学的教授の試みで充ちている。同書の理論はペレールの実践とまったく一致している。それにもかかわらず、聾唖者が自然に話すことを教えられた最初の学校と、その目的が国民ではなく人間を創造することであった教育に関する最初の物語は、近代教育の道の二つの指標として並び立っている。
[i] ルソーによる同書の原題は”Discours sur l’origine et les fondements de l’inégalité parmi les hommes”(原題直訳:『人々の間の不平等の起源と基盤に関する論』。いわゆる『人間不平等起源論』)である。ここではあえて、セガンの原文のまま訳出した。セガンがルソー著の原題をこのようにしたのはいかなる理由があるのだろうか。
 セガンが参照したボナテールの著書Notice Historique sur le Sauvage de l’Aveyron et sur quelques autres individus qu’on a trouvés dans les forêts, à differentes époquesでは、未開人の各例について関連記述出典が触れられている。ボナテールは、第1例の関連文献として’J.-J. Rousseau, Disc. sur l’Inégalité des Conditions parmi les hommes’、第2例の関連文献として’J.-J. Rousseau, Disc. sur l’origine et les fondements de l’inégalité parmi les hommes’を挙げ、いずれも’note 3’(原著者による注記3)を出典としている。ルソーの後者著書の著者注3には、第1例(ヘッセのオオカミの群れの中で発見された少年)、第2例(リトアニアの熊の群れの中で発見された少年)ともに紹介されている。このことから、ボナテールは、ルソーのいわゆる『人間不平等起源論』の原著書名を2つ使用したと判断することができる。
 なお、ルソー自身も同書を『不平等論』ともしていたことを書き添えておく。」

 清水寛氏は引用文の本文末尾文にある「国民」に相当するsubjectを「事物」とすることにこだわっておられる。詳細な検証を加えて氏に反論をしてきたが、受け入れられることはなかった。ルソーの教育論の源には、当時の中上流階級の子弟になされていたコレ―ジュ(男子〉批判があったことは周知のことである。コレ―ジュに伝統的な国家=国民教育批判を源として教育立論がなされていたことを考えに入れるべきだと、確信する。



聞こえが良くなりますように

2020-05-26 07:25:03 | 日記
曇り
137 76 60
資源ゴミ出し
 耳のケアを開始。右耳の「お掃除」のために薬液を注いだ。が、期待は大いに外れ、かえって聞こえが芳しくなくなった。耳垢が薬液のために膨張したせいだろう。金曜日のお医者さんによる手入れを期待するしかない。それまでは下準備作業。

朝から断続的に、セガン1866年著書序文の訳文再検討作業。訳文もさることながら、仲介において、不正確さが少なくない。「セガン」についていまだ検討作業を本格化していない時期の訳出作業だったから。いつ果てるかもしれない作業だが、訳文の完成を目指してはいきたい。

セガンの生活史にかかわる叙述個所とその注記、より。
「1842年から43年にかけての早い頃、ホレース・マン[i]とジョージ・サムナーはビセートルでの私自身の仕事をよく知っていた[ii]。
[i] Horace Man(1796-1859)、19世紀中葉、アメリカの、公営・無償・超宗派的な学校制度を持つ公立学校制度の確立運動に指導的な役割を演じた。マンは、この運動の理念的な時代を、17世紀のニューイングランドの義務教育令期に認め、「古典時代」と誇っている。その意味で、マンが果たした公立学校制度確立期は「ホレース・マン復興期」と呼ばれている。
[ii] セガンがパリ市民救済院総評議会の招聘を受けて、1841年10月にフォーブル・サン=マルタン通りの男子不治者救済院で「白痴の教師」となって以降、1843年1月にパリ南郊外の男子養老院(ビセートル救済院)内の「学校」で白痴教育に携わり、同1843年12月に罷免されている。男子不治者救済院から男子養老院に「転勤」したのは、男子不治者救済院内に収容されていた白痴児等の青少年が男子養老院に移管され、教育が行われるようになったからである。したがって、この一文にある「ビセートル」とは男子不治者救済院と男子養老院を指していると理解されなければならない。しかも、マンとサムナーとがセガンを訪問した時期は、セガンの白痴教育がフランス精神医学界で歓迎されていた時期であった。」

通所リハビリ

2020-05-25 07:39:05 | 日記
130 71 63 左脚が突っ張ります
快晴
燃えるゴミ出し 上り下りの坂道、早歩きは出来なくとも、さほど苦にせずに歩行。
午前中、通所リハビリ。耳の調子を測るために補聴器を帯同せず。結論を先にすれば、マスク吾氏の声はやはり聞き取りにくい。ほとんど聞き取れなかったのは口腔体操。他の人の仕草の見よう見まねで参加。対面会話ではさほど苦労すること無く意思疎通が図れた。これは嬉しい。
しばらくお会いしていなかったKさん。コルセット姿をしておられた。元のお元気な姿に戻られますように。
訓練は、全体的に、力を込めて行った。帰路は足許がフラフラ。今日はIさんによる「特訓」は無し。在宅で補いましょう。
昼食後、午睡1時間ほど。心地よい疲れと眠り。

Love is a many splendored thing





陽気のいい日

2020-05-24 08:52:02 | 日記
快晴
124 80 64
聞こえの悪いのが改善の兆しを見せているが、起床後は元のままのように感じられる。やはり薬効なのかな。つまらない。

頭上で鶯の鳴き声
道端では可憐な花たち
リハビリのための散歩道は楽しい



暁たちが来訪。弘美を連れ出してお買い物など。感謝です。
例によって、いろいろと差し入れをいただきました。

東武ストアへ買い出し散歩。歩くのがつらいほど、脚が弱っているなあ。トレーニングに励みましょう。久しぶりにマグロ地あいにくゲット。漬けにしていただきます。

終日在宅 訓練と学習

2020-05-23 06:56:30 | 日記
曇 り
133 75 54
 朝のうち訓練(運動) バランスボード、ストレッチボード、ペダル漕ぎ。
 サン・シモン『新キリスト教』読み。途中で、セガンの引用文とそれの清水寛氏の再引用文とが気になり、サン・シモンの原典に当たり始めた。「これまでに公的にされたあらゆる書物のうちで最良の書物である『原始教義葉理』」(サン・シモン)、この一文がセガンでは「これまでに公的にされたあらゆる書物のうちで最良の書物」のフレーズにとどまっている。よしゃあいいものを清水氏は「これまでに公的にされたあらゆる書物のうちで最古の書物」と書き換えたうえで、()書きで『聖書』としている。『聖書』と大ぐくりして表記してしまってはまったくの誤りとしか言えないだろう。加えて、『聖書』は最古の書物ではありえない。と同時に、『聖書』という漠然とした書物は存在しない。
 ことのついでに、セガン1866年著書訳文再検討作業。以前の訳文でちょっと気になる箇所があるような気がしてきたので。

ハナモモの落果が続く

選ばれた健康果実は機に留まっている