池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつくフーテン上がり昭和男の記録

出会い頃、別れ頃(18)

2024-06-16 15:01:36 | 日記

 それは、日曜日の午後、妻が隣室で仮眠をとり、私はオモチャで息子を遊ばせていた。息子の姿を見ながら、慢性的な睡眠不足のせいか、つい瞼が重くなって日常意識が消えた。目の前に現われたのは古びた木造家屋の廊下だった。その廊下に布団を敷いて横になっている人物はまさしく私自身だった。廊下の向こうは枯山水の庭園である。京都あたりの古刹にでもいるようだった。布団の中の私は、その庭を熱心に見ていた。

 目を覚ました時、私はソファに顔を埋めていた。顔を上げると、息子は相変わらずアヒルのオモチャを振り回したり嘗めたりしている。だから、私が夢の光景の中にいたのは、ほんのわずかの時間だったのだろう。

「ああ、とうとう来てしまったか」と私はつぶやいた。というのは、この夢は、私にとっては久しぶりに見た予知夢なのだ。

 経験のある人なら分かってもらえるだろうが、通常の夢と予知夢は全く違う。普段の睡眠で見る夢は、目覚めた時に大半を忘れているし、印象に残った夢も時間の経過とともに記憶が薄れていく。しかし、予知夢は違うのだ。非常に明瞭に細部まで覚えており、目を覚ました後もしっかりと脳裏に刻印される。夢を見たというより、どこかからメッセージ頭の中に飛び込んできたといった印象である。

コメント
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