あとがき
本書は、以前に出した『劇場・街角・屋根裏部屋 十九世紀巴里短編集』の第二弾に当たる。前作では、古いパリを象徴するような場所を三つ選び、その雰囲気が伝わる小品を三つ選んでみた。今回は、特にテーマはなく、ただ私が読んで面白いと思った作品を三つ選んでみた。しかし結果的には、第二帝政と何らかの形で結びついた三篇になった。
ご存知の通り、第二帝政とは、ナポレオン三世がクーデターで執権を掌握した一八五二年から普仏戦争で敗れた一八七〇年までの政治体制をいう。ジョルジュ・オスマンは、この第二帝政下でパリ知事として都市大改造を行ったので、パリという街にとってこの期間は大転換期でもある。
本書に最初に載せた『病人はどっち?』は、第二帝政の政変から二年後に出版された。作者は、学校を出たばかりの若手作家で、後に第二帝政およびナポレオン三世の支持者としてよく知られたエドモン・アブーである。二番目の『家計簿』は、この政治体制が崩壊するきっかけとなった普仏戦争、パリ包囲戦、パリ・コミューンの一連の出来事を背景として、劇作家リュドヴィック・アレヴィが独特のモノローグでパリ人の右往左往と隣人愛を描いている。三番目の『聖二コラ祭の贈り物』は、その普仏戦争の敗戦の結果としてアルザスとロレーヌがプロシアに割譲され、故郷を失った多くの人がフランス全土に散らばった事実にもとづいている。パリ生まれながらロレーヌの言葉と風物を深く愛し作品に活かしてきたアンドレ・テュリエが、この時代のロレーヌ人の苦労話をさわやかな恋愛物語に昇華させている。