池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつく老人の日常

私もプチ断食

2020-07-31 15:38:38 | 日記
この本に触発されたわけではないが、私もちょっとだけ断食めいたものをやっている。
1日の2/3を何も食べずに過ごし、1/3(すなわち8時間)のうちに2回食事を取る。
もう1か月以上もこれをやっているが、さっぱり身体が慣れない。
いつまで経っても、腹は減る、苦しい。

健康とか節約とかは目的ではなく、単に生活のリズムをもっとはっきりしたものにしたいと考えただけなので、どうも最初から根性が入っていない。
だが、まああとしばらくは続ける予定。

もちろん、インドの行者には比較しようもない。
このモニエルの本でも、すごいのが次々出てくる。


ミルが伝えた修行者の姿
あるイスラム教の旅行者の語ったことをジェームス・ミル氏が引用しています(『英国領インド史』I. 355)。その旅行者は、太陽に顔を向けたまま身動きせずに立っている人を見たことがあるそうです。(訳注)

(訳注)ジェームス・ミルは哲学者・経済学者のジョン・スチュアート・ミルの父親で、自分も功利主義的な考えを持っていた。『英国領インド史』(一八一八年)は彼の代表作。

その旅行者は、十六年後に同じ場所を訪問する機会がありました。すると、そこでは同じ男がまったく同じ姿勢でいたそうです。彼は、外界のすべての視野が消え去るまで、太陽の円盤を見つめていました。

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ヨーガのメソッド - 苦行あれこれ

2020-07-30 09:19:02 | 日記
仏教と異なり、ヨーガのメソッドは苦行と集中瞑想の2つがキーとなる。
モニエルは、その苦行の部分について説明する。


『ラリタヴィスタラ』(訳注)を読みますと、ゴータマの時代、様々な形の肉体的拷問に近い修行、自己解離、禁欲が広まっていたことがわかります。

(訳注)漢訳名は『方広大荘厳経』。ゴータマ・ブッダの生誕から初転法輪までの前半生を記した大乗仏典。

ここには、何人かの帰依者は、足を組んだまま一か所に座り、ずっと沈黙を守ったままであるという記述があります。別の人は、食事を一日に一回、または二日に一回、または四日、六日、二週間に一回しかとりません。
濡れた布や灰、砂利、石、板、トゲのある草、大釘の上で寝る者や、顔を下にして寝る者もいます。
あらゆる場所において常に裸で暮らす者もいます。ある人は、身体に灰、炭、ごみ、粘土を塗り付けます。別の人は、煙や火を吸い込みます。
太陽を見つめる人、五つの火に囲まれて座っている人、片足で休息をとる人、どちらかの腕を上げっぱなしにしている人、足を使う代わりに膝で歩行する人、熱した石で自分の体を焼く人、水に潜る人、空中にぶら下がったままの人。



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ヨーガの方法論と仏教の方法論

2020-07-29 07:40:26 | 日記
モニエルは、梵我一如を達成するためのヨーガの方法論として2つを挙げる。
苦行と集中瞑想である。

これは、仏教の悟りへの方法論と異なっている。集中瞑想(サマタ瞑想、止)は同じだが、仏教では苦行を捨てている。代わりにヴィパッサナー(観)を立てる(南伝テーラワーダ)。サマタだけでは悟りに達せず、ヴィパッサナーとの組み合わせでしか到達できない。いわばシナジー。
悟りには最低限、第1禅定が必要。しかしサマタの段階には非常にたくさん論書に記述されているが、おそらく、これは、仏教以外の伝統も含めて集中瞑想が非常によく開発・実践・研究がなされてきた結果だと思う。

この時代、まじめで信心深い人間たちは、崇高な存在との結合や本質的自己への没入だけをさかんに希求していたというのが実態です。
こういった結合や没入を実現するための方法がいろいろと開発されましたが、それらは大まかに二種類に分けることができるでしょう。
身体的な苦行(タパス)と集中瞑想(ジャーナ、禅定)です。
修行者は、このような二つの主な手段のどちらかを使うことで、あらゆる肉体的な束縛から逃れることができるとされていました。
彼の身体器官を完全に精神性に服従させることで、身体を持っていることさえ全く気が付かないようになるわけです。
こうやることで、はじめて人間の霊性は崇高な存在とまじりあうことが可能になります。



アーリア・サマージの創設者(ヒンドゥー改革者) スワーミー・ダヤーナンダ・サラスヴァティ

モニエルは、本文で彼についても言及している。

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ヨーガのもう1つの流れ

2020-07-28 07:49:56 | 日記
ヨーガの源流はブッダより古い時代から存在する。(実際にヨーガやヨーギンといった言葉使われ始めたのは、ブッダ時代の前後だと思う)
もちろん、ブッダは出家後にそれにそって修行した。

ヨーガにはもう1つの流れがある。
現在、日本で「ヨガ」という名前で知られるプログラムがあるが、これも新しい流れの一派「ハタ・ヨーガ」から来ているらしい。
それでは、この新しいヨーガとは何を目指したものなのか?
モニエルは、これを「低次のヨーガ」と呼び、以下のように簡単に説明する。

実際のところ、ヨーガシステムは成長するにつれ新旧の二重構造となり、最終的に二つの目的を持つようになりました。
ヨーガは、昔にさかのぼればのぼるほど高度となります。
初期のヨーガが目指したのは宇宙の本体との結合だけでした。
より発達したシステムでは、もっと別のことを目指しています。
つまり、身体を完全に自分の意思に従わせ、霊魂を心や身体から取り出して純粋な状態に保つことで、奇跡的なパワーを獲得することを目指しました。
この状態は「カイバルヤ」と呼ばれています。
紀元前五世紀にゴータマ・ブッダが修行を開始したとき、このような低次のヨーガ形態はほとんど知られていなかったようです。
この時代、まじめで信心深い人間たちは、崇高な存在との結合や本質的自己への没入だけをさかんに希求していたというのが実態です。



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ヨーガの2つの源流

2020-07-27 15:37:50 | 日記
モニエルは、ここでヨーガには2系統があるのだという点を指摘している。
もちろん、ブッダが出家後に学んだのは古い系統のもの。
止観の区別で言えば、止すなわちサマタ瞑想に属する。ブッダが学んだのは、完全に物理的・肉体的を離れた無色界に入り込み、徹底した精神集中で得られる境地ではないかと推測される。
ブッダの伝記では、ブッダは師の境地に易々と達したと書かれている。
ただし、ブッダは、この2人の師匠を慕っていたようで、大悟した時に、この難しい法を説く相手として、この師匠のことを思い出している。

それでは、このような修行者たちは、どのような目的を持っていたのでしょうか? 
ヨーガ(Yoga)という単語は「結合」を意味します(サンスクリット語の語根√yuj(結びつける)から派生したもの)。
ヨーガを実習するすべての人は、自分の魂と永遠の霊魂または宇宙の本体との神秘的な結合(再結合と言った方が適切かもしれません)、いわゆる梵我一如を達成し、それによって神聖な知恵を獲得するというのが本来の目的でした。
紀元前五世紀にブッダがヨーガに取り組んだ時も、最初の目的はこのことだったろうと推測できます。

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