池袋犬儒派

自称「賢者の樽」から池袋・目白・練馬界隈をうろつく老人の日常

夢と人格

2021-11-13 13:14:29 | 日記
 その男は、車両の一番端で、分厚い会議資料のようなものをせわしげにめくり、ボールペンで何かを書き込んでいた。
 中島である。
 赤城原は、飛びつくように中島のいる席まで移動した。
「あの・・・」赤城原が呼びかけると、中島は反射的に顔を上げ、探るような目で赤城原を見た。
「何か?」
「先日、駅のホームでお世話になった・・・」
「ああ、あのときの」中島の顔が明るくなった。「あの後、大丈夫でしたか? ちゃんと家に戻れました?」
「ええ、おかげさまで」
「そうですか、それはよかった」
「いろいろご迷惑をかけてしまったようで、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、とんでもない」
「今日も会合ですか?」
「まあ、似たようなものです」中島は、読んでいた書類をカバンの中にしまい込み始めた。「貧乏暇なし、でしてね」
 中島は立ち上がった。電車が停まった。二人でホームに降り、先日中島から方を支えてもらった階段を下まで行く。
「僕は南口でタクシーを拾います。まず友人のところへ行きたいので」と、地下通路のところで中島は言った。「それでは失礼します」
「あ、ちょっと待ってください」赤城原は、中島を呼び止めた。
「何か?」
「先生の連絡先を教えていただけませんか。いろいろご相談したいことがあるのです。先日いただいた名刺はなくしてしまったものですから・・・」
「え、名刺?」中島が眉間にしわを寄せた。
「ええ、焼鳥屋でいただいたやつ」
「焼鳥屋? よくわからないのですが」
「一緒に焼鳥屋に入ったでしょう。すぐ近くの」
「そこで私が名刺を渡したのですか?」
「ええ」
 中島は、ぽかんとして赤城原を見た。
「私は焼鳥屋で一緒に酒を飲んでいないし、名刺も渡していません」
「え、どういうことです?」
 中島は、腕時計を見た。急いでいる様子だった。
「ええと、今から会合に出て・・・三時半か四時には、ここに戻ってきます。よろしければ、その時にもう一度お会いできませんか?」
コメント
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