沈黙の春

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福島県でなぜSPEEDIが迅速に活用されなかったか?(おしどりマコ)

2012-07-01 17:46:39 | 原発関連

NLトライアル原稿】福島県でなぜSPEEDIが迅速に活用されなかったか?(おしどりマコ) 

http://news-log.jp/archives/1842

福島県でなぜSPEEDIが迅速に活用されなかったか?

「福島県SPEEDI計算結果メール配信に関する調査依頼」の情報を福島県郡山市のT氏が請求していたところ、開示されたので、ここに公開する。

236ページからなる資料で、特筆すべきものは「SPEEDI予測結果の取り扱いにかかる関係者ヒアリング結果総括表」である。

「SPEEDIの情報はどのような流れで処理されるべきか理解していたか」「運用マニュアル上、SPEEDI情報は県から市町村に提供することになっていたのか」「削除は自分の判断か上司の指示か」「なぜメールを削除したのか。なぜ添付ファイルを保存しなかったのか」など、興味深い質問が続いている。

名前が伏せられているため、順番にA,B,C,D,E,F,G氏とする。E~G氏まではいくつかの質問項目、主に電子メールのやりとり関係からは外れているので、A~C氏が関係者といったところであろうか。気になる項目をピックアップする。

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【SPEEDIに関する認識】

1. SPEEDIの存在は知っていたか。またその役割は。

G氏:知っているが、震災当時は専用端末が使えなかった。

2. SPEEDIの情報がどのような流れで処理されるべきか理解していたか。

A氏:そこまではわからない。
E氏:事故当時は意識したことはなかった。周囲もSPEEDIの話題はなかったと思う。
F氏:オフサイトセンターが使用する。県は参考程度でみるという認識。

3.今回の災害でSPEEDIの情報は役に立つと思っていたか。
B氏:来る情報によっては活用できると思ったが、情報が少なかったので今回は難しいと思った。
D氏:自治会館の災害対策本部に移った際にはSPEEDIの専用端末が無かったので頭に無かった。
E氏:通常であれば約に立つと思うが当時はダメであった。

5.運用マニュアル上、SPEEDI情報は県から市町村に提供することになっていたのか。
A氏:わからない。運用マニュアルは見たことはない。
B氏:モニタリング・マニュアルはあるがSPEEDI運用マニュアルはわからない。
E氏:運用マニュアルの存在はわからない。

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この回答を見ると、当時はSPEEDIの専用端末が無かったうえ、SPEEDIの情報を県から市町村へ提供する運用が担当者のマニュアルに無かったことも伺える。
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【メール操作に関する事実関係の確認事項】(回答はA~C氏のみ)

1.なぜ電子メールの受信等を担当するようになったのか。
A氏:各職員のメール容量の関係で、長期間データを保存できる状況でもなかった。
原子力班の中でSPEEDIが話題になっており、たまたまそばにいた時分がNUST   EC(原子力安全技術センター)に連絡して総括班のPCを使ってメールを受信すること になった。
最初に受信してから、近くにいた原子力班の○○に印刷したデータを渡した。メール担当も引き継いだので、その後は関知していない。

B氏:災害対策本部に本来は原子力班は存在せず、今回は急きょ組み込まれた。
SPEEDI自体の操作担当は自分。
メールについて、どう引き継いだかわからない。
最初に総括班の○○からメールが届いたと声をかけられ、その後自分のメルアドにメールが来るようになった。
C氏:3月15日頃からだったと思うが、自分個人充てにSPEEDI情報のメールが届くようになった。自分で送信依頼したのかどうかはわからない。

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A氏が最初のメールを受け、それをB氏に引き継いだ。しかし、A氏もB氏も事故後の混乱の中で行い、それが正式なもの、重要なものという認識では無かったようだ。
C氏はそのメールを個人のアドレス宛に送信依頼していたのか。
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3.電子メールの受信、転送、削除はどのように行ったか。

A氏:最初に受信したのみ。削除、転送はしていない。
B氏:メールを受けてはいたが詳細は覚えていない。
当初は、災害対策本部メルアドに届いたものの転送、その後は、原子力安全対策本部と自分のアドレスに直接受信ということであるが、そういう認識は無かった。さらに、他に転送したものもあるかもしれない。
C氏:メールボックスの容量の関係で保存せずに削除した。

中身を見ないで削除したものもあったと思う。当時はPCもプリンタも不足していた。

5.削除は自分の判断か、上司の指示か。

A氏:回答無し。

B氏:メール容量の割り当てが少ないことから自らの判断で削除した。
最初の受信後、○○に報告した際、単位放出量のデータは使えないと言っていた。

C氏:個人アドレスで受信したメールなので、自己判断で削除した。

7.なぜメールを削除したのか。
A氏:(当時、誰かが一度にまとめてメールを削除したとは聞いていない。
そもそも何日分もメールを保存しておける状況ではなかったと思う。)
B氏:使えないデータであり、古いデータは後から依頼すれば再送してもらえると思った。

C氏:削除しても他の班員にも届いているとの甘えがあったと思う。

11.電子メールの受信の担当者という認識はあったか。
A氏:回答無し

B氏:担当の一人という認識はあったが、他の担当者が誰だったかはわからない。

C氏:回答無し

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その後の質疑を見ても、SPEEDIのデータをメール受信していることを報告せず、単位放出量のみで使えない、という認識で重要視していなかったことが伺える。

A~G氏(おそらく福島県庁の職員、A~C氏は災害対策本部所属か)とは別の、後半のH、I、J氏(おそらく福島県原子力センター所属)のヒアリングを見ると、SPEEDIのデータはモニタリングに活用するため、3月11日21時頃にリクエストし、同日23時48分に受信した1回のみ、という認識になっている。

膨大な資料の中から探したが恐らくこのやりとりであろう。

J氏がH氏に指示し、H氏が3月11日21時50分にメールを出してSPEEDIのデータを依頼したということだろうか。

他にも気になるメールを発見した。SPEEDIの図形データが先方のメールボックスが一杯で送信できなかったので、その旨伝えてほしい、という内容である。B氏C氏の、「メールボックスの容量の関係で削除した」という発言を裏付けるものである。

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ちなみにこの資料は下記のメールで始まる。水野氏が原子力安全センターと2012年3月28日から4月17日までやりとりをし、様々な情報を入手し、それを参考にしながら、取りまとめた調査が冒頭に紹介した「SPEEDI予測結果の取り扱いにかかる関係者ヒアリング結果総括表」なのである。(つまり、水野氏が原子力安全センターに事故当時、誰にどんなデータを送信したのかを洗い出し、そして調査したヒアリング結果が冒頭の総括表なのである。)

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差出人:水野哲

送信日時:2012年3月28日水曜日13:57

件名:福島県SPEEDI計算結果メール配信に関する調査依頼

 

原子力安全センター

○○課長様

福島県災害対策本部原子力班 水野です。

お世話になっております。

午前中に、小山からご連絡させていただきました。

SPEEDI計算結果のメール送信に関する調査依頼の件で調べていただきたいことがあります。

3月11日以降、福島県のいくつかのメールアドレス宛に、SPEEDIの計算結果を送っていただいております。

3月12日(1回)および13日~16日の朝8時までの送付分に関して、可能であれば、次の項目を調べて下さいますようお願いいたします。

(1) 送付先アドレス

(2) 送付日時

(3) メールの件名

(4) 送付の際に添付した図形の種類(SPEEDI端末における配信名)とファイルの容量(※複数ある場合、すべて。)

3月14日10時以降はメールの件名から何時の配信図形か判断できるのですが、それ以前はメールの件名がすべて「SPEEDI単位量放出図形イメージの送付」となっているため、区別がつかない状態です。

また、初めの頃はおそらく、5枚の添付ファイル

・風向風速 ・空間線量率(1時間後・2時間後)・ヨウ素(1時間後・2時間後)を送っていただいており、途中から7枚(空間線量率とヨウ素3時間後が追加)になったと担当が記憶しているのですが、どの段階でふえたのかの記録が残っていません。

また、現在SPEEDI端末に配信していただいている図形(リストア領域)が当時全てメールで送付されていたのかどうか、15日23時前後に配信されている件名「SPEEDI仮想事故放出量24h」というメールにはどのようなファイルが添付されていたのか、などを確認したいと考えております。

お手数掛けますが、よろしくお願いいたします。

 

福島県災害対策本部原子力班総合調整チーム

生活環境部原子力安全対策課

水野哲

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SPEEDIがなぜ活用されなかったのか。事故後の混乱期における情報伝達、情報共有のミス、専用端末が無かったこと、PCなどの機器不足など様々な原因が浮かび上がる。

が、これらは全て、人為的なことであり、全て、防げたことである。もちろん、担当職員の責任もあるが、彼らだけではなく、原発事故が発生しない、シビアアクシデントは起こらない、と考え、徹底した運用マニュアル、事故想定マニュアルを作成しなかった全ての原子力業界関係者の責任でもある。

緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム、SPEEDIが活用されなかったため、避難するときに、より放射線量が高い地域に避難してしまったり、避難指示が出るのが遅れたりしたことは周知である。
そして、原子力安全委員会被ばく医療分科会の安定ヨウ素剤(放射性ヨウ素をブロックする)に関する議論では、こんなことが話し合われていた。福島原発事故前までは、「SPEEDIによる予測ができるため、1歳児の甲状腺の予測等価線量100mSVの地域で安定ヨウ素剤を投与する」という基準になっていたが、SPEEDIが全く活用されなかったため、本来安定ヨウ素剤を投与すべき地域で投与できなかった、というのだ。

原子力発電所の再稼働問題で各地が揺れているが、福島第一原発の事故の際、何が起こったか、どうすべきだったか、の検証を十分済ませてからでなければ、同じ過ちを繰り返すように思える。

 

 

 


再稼働中止要望書提出時もみ合い 抗議集会で一時騒然

2012-07-01 09:26:22 | 原発関連

再稼働中止要望書提出時もみ合い 抗議集会で一時騒然http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/society/35509.html

(2012年7月1日午前7時29分)

拡大オフサイトセンター前でもみ合いになるデモ参加者と機動隊員ら=30日、福井県おおい町成和オフサイトセンター前でもみ合いになるデモ参加者と機動隊員ら=30日、福井県おおい町成和

 関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働に抗議する集会が30日、おおい町本郷の町総合施設あみーシャン大飯などで開かれた。全国から集結した約650人(主催者発表)が、再稼働の準備作業の中止を訴えた。同町のオフサイトセンター前でのデモ活動では、参加者と県警の機動隊員らがもみ合いとなる場面もあった。

1日に大飯3号機が起動することを受け、京都や滋賀の府県民を中心につくる反原発団体が主催。インターネットなどで呼び掛け、県内外の反原発団体や個人が集まった。

 あみーシャン大飯では、愛媛や石川など原発立地県の反原発団体のメンバーや、福島県の被災者ら約20人が、それぞれの立場から再稼働反対を訴えた。元京都大原子炉実験所講師の小林圭二さんは、大飯原発敷地内の軟弱な断層(破砕帯)は活断層の可能性があると指摘し「調査なしに再稼働することは危険だ」と述べた。

 参加者はこの後、横断幕やのぼり旗を掲げ、同町のオフサイトセンター前まで約4キロを「再稼働反対」と声を上げながらデモ行進した。

 同センターでは、再稼働中止を求める牧野聖修経済産業副大臣宛ての要望書を経済産業省原子力安全・保安院に提出。その際に、保安院が要望書を敷地外で受け取ろうとしたが、デモ参加者から抗議を受けたため、代表者5人を敷地内に入れて玄関で受け取った。一部の参加者が敷地内に入ろうとして警備の機動隊員らともみ合い、一時騒然となる場面もあった。


十勝岳 火口異変情報で避難呼びかけも

2012-07-01 07:22:55 | 事件

 

7月1日 3時5分

先月30日、北海道中央部にある十勝岳の火口付近が明るくなっているのが気象庁が設置したカメラなどで確認されました。
札幌管区気象台では、今のところ火山性微動など噴火に伴う観測データに変化は見られず、「噴火の可能性は低い」としていますが、警察では、念のためふもとの宿泊施設に避難を呼びかけています。

先月30日午後8時ごろ、北海道中央部の大雪山系の南にある十勝岳の火口付近が赤く光り明るくなっているのが、気象庁が設置したカメラの映像などで確認されました。
札幌管区気象台で、これが噴火によるものかどうか確認を進めていますが、これまでのところ、噴火に伴って地下のマグマや水蒸気などの動きを示す火山性微動や空気の振動を捉える空振計の観測データには変化はみられないということです。
気象台では、「火口付近で硫黄が燃えている状態とみられ、噴火の可能性は低い」とし、引き続き観測データの詳しい分析を進めています。
十勝岳の地元の富良野警察署では、念のため十勝岳から5キロ前後離れた上富良野町内にある4つの温泉旅館などに対して避難するよう呼びかけました。
上富良野町役場によりますと、旅館の宿泊者や従業員およそ50人が町役場の隣にある保健福祉総合センターに避難しているということです。

十勝岳とは

十勝岳は、北海道のほぼ中央にある大雪山系の南に位置する標高2070メートルの活火山で、記録が残る1857年以降、ほぼ35年から40年おきに噴火を繰り返しています。
中でも1926年=大正15年5月に起きた大噴火の際は、山の斜面に積もった雪がとけて大規模な泥流が発生し、ふもとの美瑛町と上富良野町で、合わせて144人が、死亡あるいは行方不明になったほか、およそ400棟の建物が壊れるなど大きな被害が出ました。
最近では昭和63年12月に「62-2火口」と呼ばれる火口から噴火し、火砕サージや火砕流が起きたため、泥流の発生を警戒して美瑛町や上富良野町の住民に避難命令が出されました。
噴火は翌年3月まで、合わせて21回に上りました。
その後も平成16年2月から4月にかけて、ごく小規模な噴火が起きています。
気象台によりますと、十勝岳はことしに入り、火山性地震の回数は少なく落ち着いた状態が続いていました。

 
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大飯原発への道路を封鎖 再稼働抗議

2012-07-01 04:29:12 | 原発関連

西電力大飯原発3号機の原子炉起動を目前に控えた30日、福井県おおい町には全国から再稼働に反対する市民らが集まって抗議活動を繰り広げた。一部グループの100人近くが原発のゲート付近の道路を十数台の車で封鎖、作業員が原発に出入りできなくなった。

 グループは7月1日まで現場に残る構え。関電は、1日の再起動に影響はないとしている。

 グループは30日午後6時ごろから原発の敷地前に集結。横断幕を掲げて「再稼働反対」とシュプレヒコールを上げ続け、車や鎖を使って道路を通行できなくした。

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/dogai/384168.html

 

警察が丸腰の市民に暴力を、緊迫した空気の中、警官と対話をする若者たち非暴力貫いてます。

今でも再稼働反対と抗議の声あげてます。動画はこちらに

http://www.ustream.tv/channel/yuzuru-k