政府の原子力発電コストは1kwh当たり8.9円だが、筆者の推計では20円を下らない。
原子力災害対策特別措置法10条に基づき、東京電力が「全交流電源喪失」を、経済産業省に通報したのは3月11日の15時42分とされているが、本当はもう少し遅い。経産省が東電から受け取ったファクスの発生時刻欄には15時42分とある。つまり、これは通報時刻ではなく現場における確認時刻である。発信元は東電本社で、経産省への着信は16時00分である。
筆者のヒアリングでは、事実上の10条通報が成立したのは15時42分から16時00分までの電話連絡による。その後、国が緊急事態宣言を発令する前提となる15条報告が行われたが、同様の混乱が続いていた。本来は現場から報告されるべきものが、またしても本社から転送された。「1号、2号機の原子炉水位が監視できない」と書かれた報告書は事象確認から経産省着信まで23分を要している。原災措置法に基づく緊急事態通報が混乱していたことは極めて重大である。数分で事態が激変する原子力過酷事故において、事業者からの通報を待つこと自体、危機管理の制度欠陥と言わざるを得ない。海水注入を躊躇したように、事業者には事実の隠蔽や希望的観測の誘因がある。たとえば震度6以上の地震が発生したら、政府の意思によって独自にプラントパラメータをモニターできるような強制介入の仕組みが必要だ。筆者は民主党原発事故収束対策プロジェクトチーム(荒井聰座長)のもとで原子力規制庁の設置法案を担当しているが、こうした緊急時規制の在り方について、いまなお政府と十分な議論がなされていない。
経済社会損失は数十兆円に
今夏、エネルギー基本計画が改定され、将来の原子力依存度も決められる。筆者は、前回(2 010年6月)のエネルギー基本計画策定時において原発依存度アップに断固反対した。経済産業部門政策会議の場で「二酸化炭素を出さないクリーンエネルギーなどという利点は、事故発生時の甚大損害と比較すべくもない」と繰り返し主張した。ところが、当時の会議録に私の発言はなく、気がつけば堂々と依存度50%と定められていた。人類は放射能をコントロールできないという信念から「禁原発」の立場をとる筆者には痛恨であった。今度こそ、推進派と科学的かつ合理的な議論を展開して依存度ゼロを打ち立てたい。当面の問題は原発コストである。
現在、政府内で原子力コストが極端に安く見積もられており、火力、水力より安いのだからベース電源だという主張が罷り通っている。昨年12月に国家戦略室のコスト等検証委員会が公表した報告書(以下、政府推計)では、2030年に新設される発電設備の1kWh当たりの発電コストが原子力8.9円~、LNG火力10.9~11.4円、陸上風力8.8~17.3円などと示され、「原発はやはり安い」というイメージが醸成されている。これに対して、3月5日の衆議院予算委員会第7分科会で筆者の独自推計を提示した。
まず、政府推計は世界の原発が安全性を高める中でコストが上昇しているという事実を見落としている。米国の建設コストがスリーマイル島事故以後に上昇を続けたという研究に基づいて推計すると1基7200億円となり、政府推計の4200億円を大きく上回る。これだけで発電コストは3.7円上昇して12.6円~となり、火力と比べたコスト優位性は失われる。事故時のコストも過小評価されている。政府推計では福島第一原発事故をモデルとして原発事故コストを5.8兆円としている。しかし、仮に福井県の原発で事故が発生し、琵琶湖が汚染されれば、滋賀・京都・大阪の広範囲が居住不能となるリスクを抱える。その経済社会損失は最低でも数十兆円に達するとの研究が複数報告されている。政府推計の10倍規模である。さらに緊急防護措置区域(UPZ)の30 拡大による交付金等の政策経費増加も考慮すると、筆者推計では6.3円が追加されて18. 9円~となった。
まだある。使用済み核燃料の最終処分費用が極端に過小評価されている。政府推計では将来費用を3%の割引率で現在価値に換算しているが、これでは約23年ごとに将来費用が半分になってしまう。放射線レベルよりも早くコストが半減する(費用の半減期が放射能の半減期よりも短い)という計算法は受け入れられない。以上を勘案すると原子力コストは20円を下らない。極めて高くつく電源だという点を一貫して主張していく。
軽視される「内部被ばく」
パニックを恐れて国民の生命・健康よりも情報統制を優先することは国家への信頼を決定的に損なう。ソ連は1986年のチェルノブイリ事故からわずか5年後に崩壊した。住民の避難が遅れた結果、ベラルーシやウクライナでは多数の子供がヨウ素の内部被ばくによる甲状腺がんを発症したとの報告がある。また、ウクライナでは事故後数年から出生数の減少と死亡率の上昇により人口減少が続いている。現在、日本ではICRP(国際放射線防護委員会)などの情報に頼っているが、放射能広域汚染の唯一の前例であるチェルノブイリからの警告にもっと耳を傾けるべきだ。
特に内部被ばくである。ベラルーシのバンダジェフスキー博士(病理解剖学)は、セシウム137が心臓などに蓄積すること、および心臓疾患を誘発することを発表し、がん以外の疾病にも注意を喚起した。一方で、国内では内部被ばくの検査の結果は、ICRP基準に照らして問題のない水準であるとの見解が主流となっており、チェルノブイリの経験が軽視されている。
問題が起こってからでは遅い。特に子供たちには最大の注意を払うべきであり、そのために食品にはできる限り厳しい基準を設けるべく、食品の放射能検査体制を全国に整備する必要がある。文科省が所管する小中学校では、24年度から学校給食のモニタリング制度が発足することは喜ばしい。
しかし、放射能への感度がより高い3歳以下の幼児は保育園で給食を食べる。所管は厚生労働省である。そこで、予算委員会分科会で保育園の調理室における食品検査体制の新たな対応整備を質問し、厚生労働省から制度づくりの約束を取り付けた。日本の未来と子供のために、放射能影響の過小評価に警鐘を鳴らし続ける。がれきの広域処理には当然反対する。
by 平 智之(民主党衆議院議員)
(月刊『FACTA』2012年5月号、04月20日発行)