http://www.asahi.com/paper/editorial20091020.html
100人を超す子どもたちが日本へ「拉致」された、と欧米諸国から声が上がっている――。
作り話ではない。国際結婚が破綻(はたん)した後、日本人の元配偶者が居住国から子どもを不法に連れ去ったとされるトラブルが、国際問題化している。米英加などで計百数十件に上っており、「日本は子の拉致を助長する国だ」との過激な批判すらある。
帰国した日本人の元妻から無理やり子どもを取り返そうとして、米国人の元夫が逮捕される事件も起きた。
背景にあるのは、国際離婚の際の子どもの扱いについて定めたルールの違いだ。81カ国が加盟する「国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約」では、子が国外に連れ去られた場合、元の居住国へ戻すことを原則とし、加盟国政府は返還の協力義務を負う。
主要8カ国で締結していないのは日本とロシアのみで、加盟国と非加盟国の間で多数のトラブルが起きている。
16日にはルース駐日米国大使ら欧米の大使が法相に加盟を求めるなど、海外からの圧力は高まる一方だ。岡田克也外相は「前向きに検討したい。ただ、世論がどう受け止めるかということもある」と記者会見で語った。
文化も法も異なる国の間で、離婚後の子の親権や監護権に関する紛争をどう解決するか。ハーグ条約という共通ルールに従うべきだという主張には説得力がある。現状では日本から海外へ子を連れ去られた場合も、自力救済しか手段がない。日本人による国際結婚は着実に増加しており、年間4万件を超えている。条約加盟を避け続けるのは、現実的ではないだろう。
その一方で、解きほぐさなければならない課題も山積している。
今、欧米各国との間でトラブルとなっているのは、元妻が日本人というケースが大半だ。元夫による家庭内暴力の被害を訴えて、逃げるように帰国する場合も少なくない。海外で窮地に陥った母とその子をどう救済するのか、という問いかけは重い。
欧米と日本の法や慣習のギャップもある。米国などでは離婚後に親が子と面会する権利は厳格に定められているが、日本では民法に明記されていない。両親が親権を持つ「共同親権」も日本では認められず、親権決定で母親が優先される傾向がある。裁判所が子の強制的な引き渡しにかかわることも少ない。現状のまま条約に加盟すれば、木に竹を接ぐような事態になる。
忘れてはならないのは「子の利益」を最も重視するという大原則だ。離婚後も両親とかかわりを続ける権利をどう尊重するか。国際結婚に限らず、なおざりにされてきた問題である。
国の内外を問わず、両親の離婚に直面した子どもたちの幸せについて、真剣に議論する時が来ている。