共同親権「離婚観」と「子ども観」変えられるか? 3識者インタビュー #令和の人権
民法の「親権」や「離婚」に関する条文が77年ぶりに改正され、「共同親権」が導入されることになった。これまでは父か母のどちらかが親権を持つ「単独親権」のみだったが、改正法の施行後は、親権を父母の双方が持つか、どちらか一方が持つかを選ぶことになる。話し合いで決まらなければ、家庭裁判所を利用し、DVや虐待のおそれを家裁が認めた場合は、単独親権となる。改正法は2026年までに施行される。 改正の背景には、親が離婚した子どもの7割が、別居親から養育費を受け取れていないという現実がある。改正民法が機能するかどうかは、親権を「親の権利」ではなく「親の義務」と捉え直すことができるかどうかにかかっている。果たして「子どものいる離婚」をめぐる価値観は変わるのか。積み残された課題や、2年後の施行までになすべきことは。3人の識者に聞いた。(取材・文:神田憲行/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
法改正で法定養育費を当面請求できる仕組み導入 二宮周平さん(立命館大学名誉教授)
今回の民法改正は、「離婚後も父母は子どもに対して責任があります」「そのために共同親権という選択肢があるので離婚時に考えてみてください」というメッセージだと思います。離婚は夫婦間だけの問題ではないという価値観の転換です。 日本の離婚の9割は協議離婚です。現在の単独親権制では、子については父母どちらに親権があるか決めればよく、面会交流や養育費について合意や話し合いがなくても離婚できます。その結果どうなっているかというと、離婚母子家庭の7割が面会交流の取り決めをしていません。養育費も7割が一度も受給していないか、途切れています。子どもによっては別居親が自分を見捨てたというイメージを持つのも無理からぬことと思います。 なぜ取り決めをせず離婚するかというと、「相手と関わりたくない」が理由の1位に来ます。他方、親権がなくなった親は子どもに関心を失ってしまう。離婚を夫婦の間だけの問題として捉えていて、子どものためにという視点が欠けている、というのが私の認識です。 法改正によって新たに共同親権を選択できることになりました。共同親権は選択制であり、強制するものではありません。
協議離婚が成立しなかった場合、裁判所を利用することになります。まず当事者同士で合意の形成を図る調停が行われます。家庭裁判所の調査官が中立の立場から子の意向や監護状況を調査し、父母に伝えることで、子のために共同親権の合意が形成される可能性があります。合意が形成されなかった場合は審判に入り、裁判官の職権によって親権について「共同」か「単独」かの判断が下される。虐待やDVの事実が認められた場合には、単独親権にしなければなりません。 共同親権を危惧する人たちから、「家裁の裁判官や調査官に虐待やDVについて調査するスキルがあるのか」という批判があります。職権による調査は現在も行われていますが、今以上の精度が求められると私も思います。研修等による裁判官のスキルアップがちゃんとできるのか。その体制がとれるのか。改正に不安をもっておられる方も多いので、体制の整備はマストです。 法改正に当たっては、衆議院法務委員会で12本、参議員法務委員会で15本の附帯決議が付けられました。附帯決議とは、法律の運用について注文を付けるものです。法的拘束力はありませんが、政府や所管省庁に課題を認識してもらう効果はあります。このうち4本が家裁の人的・物的な体制の整備、職員の増員・専門性の向上(研修)などにかかわるものです。 裁判官は通常3、4年で異動します。しかし家裁は子どもの権利という繊細な事案を扱うのですから、ノウハウのある人が長くとどまれる仕組みにしてほしい。
離婚する際は未成年の子の親権を必ず決定する
積み残した課題もあります。 まず面会交流が「誰の権利」であるかがはっきり規定されませんでした。親側の感情、論理で語られがちですが、そもそも面会交流は子どもの権利です。その点が明記されなかったのは問題です。 養育費についても、父母間で合意できなかった場合、法定養育費を適用して当面それを請求できるという構造は導入されました。ですが、多くの国で行われている「立て替え給付」や「行政機関による取り立て代行」という根本的な制度には立ち入らなかった。 もっとも残念だったのは、中間試案ではあった「離婚後養育講座」が削られたことです。これは、こども家庭庁がひとり親家庭支援事業の一環としてやっている離婚前後親支援講座とコンセプトを同じくするもので、民法に盛り込まれれば、離婚を考える全ての親御さんに受講してもらう機会になっただけに、残念です。ちなみに韓国ではすでに導入されていて、受講しなければ協議離婚ができません。 施行まで2年あります。その間に附帯決議の内容がたしかに実現されるか、私たちはさらに見守っていかなければなりません。
子どもは権利の主体「意見表明権」入れてほしかった 間宮静香さん(弁護士)
私は子どもの権利を中心に取り扱う弁護士ですが、今回の民法改正に大きな関心を持っていました。というのは、日本が子どもの権利条約を批准して30年になるのに、いまだにその内容を十分に実現する国内法が整備されていない、と感じるからです。 議論の過程では、共同親権の導入をめぐる父母間の争いがメディアで繰り広げられていて残念でした。子どもに重大な影響のある法改正なのに、子どもが蚊帳の外に置かれてしまっている。大人が勝手に「子どもにとって一番いいことを考える」ということに違和感があります。 単独親権か共同親権かを考える際には、まず「子ども観の転換」を行わなければなりません。「転換」とは、子どもを権利を行使する「主体」と捉えることです。でも改正民法は、というか日本社会全体が、子どもをケアする対象(「客体」)としてしか見ていないのではないでしょうか。 親権というと親の権利というイメージが強いですが、同条約の考えを推し進めていくと、親は子どもが権利主体として自立していくために支援する義務者だってことなんですよね。 改正民法で「子どもの意見表明権」(同条約12条)が規定されなかったことは、大きな問題です。これは同条約3条で規定されている「子どもの最善の利益の保障」とセットになっています。 子どもは一人ひとり考え方、捉え方が違います。親とも違うし、当然、裁判官とも違います。「子どもの最善の利益」を考えるときは、まず当人から話を聞いて、それを前提に、いろんな状況を勘案して最後は大人が責任を持って決める、というのが「最善の利益の保障」です。もちろん子どもの年齢や成長の度合いによって、聞き取り方やアプローチは異なってくるでしょう。明確に「○○したい」と意見表明できないケースもあるかもしれません。それでも、現状を説明し、子どもの気持ちを聞くことは、子どもの権利を守るプロセスのなかで欠くことができないものなんです。
改正法案を検討する法制審議会でも、子どもの意見表明権を条文に書き込むことが検討されましたが、「子どもにどちらかの親を選ばせるのは酷」「子どもに責任を負わせてしまう」という反対論によって見送られてしまいました。意見表明権は、意見を聴かれる権利とも言います。親を選ばせることではなく、子どもの気持ちを聞き、できる限り尊重するというもので、あくまで決定する責任は裁判官などの大人にあります。 今回の法改正に意見表明権が必要だと思うのは、「子どもの手続代理人制度」での経験があるからです。これは離婚調停などが行われている際に、子どもの手続代理人として選ばれた弁護士が、子どもの「代理人」として手続きに参加する制度です。2013年に施行された家事事件手続法で導入されました。 親が離婚するとき、子どもは「同じ学校に通えるのか」「住むところが変わるのか」など、不安が募ります。しかし何も知らされないまま、離婚の手続きがどんどん進んでいく。そこで、子どもの手続代理人弁護士は、「お父さんとお母さんはこんな話をしているよ」「あなたは、どう思う?」と子どもに説明し、そのときの気持ち、意見を裁判所に伝えていきます。私は、「あなたの意見が後から変わってもいい」とも伝えます。家裁の調査官は中立の立場からの参加ですが、子どもの手続代理人ははっきりと子どもの立場から参加します。親が大切だからこそ親の顔色をうかがってしまう子どもにとって、自分だけの味方になる存在は大きい、と私は考えます。 実のところ、子どもの手続代理人制度はあまり利用されていません。最高裁判所家庭局による2021年の調査では、紛争3万件超のうち、利用は64件と、0.2%以下の利用率でした。理由はいろいろありますが、一つは、専門家の間ですら、子どもを権利の主体として子どもの権利の概念や制度が理解されていないことです。子どもの手続代理人の選任は裁判官の職権でもできるのですが……。 親の離婚を経験する未成年の子どもは年間で20万人近くいます。昨年、「こども基本法」が施行されました。学校の先生たちが「子どもの権利を学ばなくてはいけない」という雰囲気に変わって、私も研修に呼ばれる機会が増えました。今回の改正民法もよく読むと練るところはちゃんと練られていますし、全体的には子どもの権利保障に向かっている。少しずつですが前進していることは間違いないと思います。それだけに、親権を子どもの権利の観点から捉え直し、子どもの意見表明権を入れてほしかったという気持ちが強いです。
離婚という「出口」の前に結婚という「入口」の議論を 嘉本伊都子さん 京都女子大学 現代社会学部教授
結婚が「入口」なら、単独親権・共同親権、いずれにしろ離婚の問題は「出口」の話です。 今回、共同親権に対して、反対派も賛成派も議論ができる「場」となったことはいいことです。 面会交流という言葉が離婚届に現れたのは2012 年の民法改正でした。親権者のチェック欄に記入がないと離婚届は受理されませんが、養育費、面会交流について話し合ってないと回答しても受理されてきました。これが世界一、簡単に離婚できる国の協議離婚の実態です。 今回の民法改正で養育費を払おうとしない相手に対して、優先的に差し押さえができる権利が明記されたのは、評価できます。現在、親権者が母親である割合は8割強ですから、離婚が増えるほど「母子家庭」が増えます。少子化→税収減→財政難の無限ループです。元配偶者からの養育費支払いを強化すれば、手当を払う必要性が緩和できると思った財務省からの圧力かしらと勘ぐりたくなります。 日本の家庭裁判所も、家裁の役割を拡充すると言い続けているので、この法改正で家裁にしっかり予算をつけて、本当に実行してくれるなら評価します。ただ個人的な観測では悲観的です。知人のどの家裁の調査官に聞いても、ふたこと目には「家裁には予算がないから」とおっしゃいます。本気で予算をつけるかどうか。その覚悟が、私には見えません。 離婚後、安心して面会交流ができる場所は全国にどれだけあるのでしょうか。家庭裁判所の元調査官が相談を受けているFPIC(公益社団法人家庭問題情報センター)は、全国に11カ所ありますが、全都道府県にあるわけではありません。民間の面会交流をサポートする団体に面会交流を丸投げする裁判所もあります。
共同親権問題は減少する未来が待っている?
結婚という「入口」は、両性の合意のみに基づくのであって、必ずしも男女平等を担保しません。年収しかり、家事・育児しかりです。結婚という「入口」に立ったその時から、大半の女性は不平等に直面します。結婚すると姓を変更するのは大半が女性ですが、戸籍制度と婚姻が密接に関わっている限り、男女どちらかにアイデンティティーの変更を強制します。「共同」するためかもしれませんが、「入口」から不平等を強いることになります。 2021年の最高裁は現行の夫婦同姓制度は「合憲」としました。最高裁大法廷の15人の裁判官のうち、3人の女性裁判官は連名で「96%もの夫婦が夫の名字を名乗る現状は、女性の社会的、経済的な立場の弱さからもたらされている」として、憲法に違反しているという判断を示しました。「制度のあり方は国会で議論され、判断されるべきだ」として立法の府でもある国会に投げかけましたが、「入口」については何も進みません。なぜ「出口」の共同親権だけ法案が成立するのでしょう? 経済的に不利な立場に立たされるのも女性です。既婚女性の就労継続の困難さを解決すべく、2015年女性活躍推進法ができましたが、依然、妻が第一子を生んだ前後の就労継続率は、50%にようやく達しただけです。その不利益は、離婚という「出口」後にも続きます。母子世帯の平均年間就労の収入は236万円、父子世帯の496万と比較すると2倍以上の差があります。 共同親権になった場合、離婚後もその都度、元夫婦間でいろいろ交渉し続けることになります。負の感情を持つ離婚した相手に冷静なネゴシエーションをどこまでやれるのか。離婚に至る前に、もっといえば、結婚という「入口」に入る前に、日本国民は男女間で対等なコミュニケーションをするにはどうしたらいいか、学んできたでしょうか。
結婚に学歴は関係ありませんので、義務教育ですべきですね。ところが、義務教育のなかの性教育ではセックスの話ができないと聞いて、驚愕しました。女子学生に、「なぜ避妊を彼氏に相談できないの?」と聞くと「嫌われたら困るから」と答えます。自分がされたら嫌なことを「嫌」といえない教育が行き届いているとしか思えません。「誰かにとってのいい子」であり続けることしか学んでいない子どもは、自分が何を欲しているのか、表明することができません。自分が「嫌」でも、誰かのために我慢することを学ぶのです。その結果、自分で自分の人生を選択できなくなります。我慢をし続けると、怒りが一息に噴出してしまいます。 毎年新入生に未来のライフコース選択においてアンケートしています。今年は20%の受講生が「DINKs(共働きで子どもがいない夫婦)」を選択しました。今までは10%前後だったのに。新入生は2005年生で、この年は合計特殊出生率が1.26と当時史上最低の記録を更新しました。親世代は就職氷河期を経験した団塊のジュニア世代です。事実、彼女たちの母親世代に近い1975年生まれの女性の生涯未婚率は28.3%(OECD発表)ですから、3人に1人は子どもがいません。その子ども世代で、「おひとりさま」を希望する6%の学生を合わせると、4人に1人、26%が18歳で「子ども」をもたない未来を選択している。子を持つと対等ではなくなる、と女子学生は察知しています。結果として、共同親権問題は減少する未来が待っているともいえるのです。 子どもを産むか産まないかも含め、自分で決められる権利はリプロダクティブ・ライツ、自分の愛する人、プライバシー、自分の性のあり方を自分で決められる権利はセクシャル・ライツです。自分の「性」について、周りからとやかく言われることなく、ご機嫌でいられること(セクシャル・ヘルス)、妊娠・出産する人も、しない人も、心身ともに満たされて健康にいられること(リプロダクティブ・ヘルス)、まとめてSRHR(Sexual and Reproductive Health and Rights)といいます。すべての人の「性」と「生き方」に関わることです。共同親権の前に、真剣に「入口」の「入口」について誰かと話し合ってみることから、始めませんか?
--- 神田憲行(かんだ・のりゆき) 1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。師匠はジャーナリストの故・黒田清氏。昭和からフリーライターの仕事を始めて現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』、『横浜vs.PL学園』(共著)、『「謎」の進学校 麻布の教え』、将棋の森信雄一門をテーマにした『一門』など。
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