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人間はいろいろな切り口で二種類に分けられる。男と女。大人と子供。都会が好きな人と、田舎が好きな人。酒をたしなむ人とたしなまない人。読売ジャイアンツに好意的な人と、そうでない人。数え挙げればきりがない。その中で意外と重要だと私が思っているのは、次の類別である。
他人にちょっかいを出したがる人と、他人からちょっかいを出されやすい人。
本田ヒロシは、まさに他人にちょっかいを出すのを生きがいとするタイプの男であった。頬骨がふっくらと脂肪を乗せて小高く、顎もしゃくれているので、ハンチング帽がよく似合う。いかにもいたずら好きな顔つきである。背丈がありなかなか立派な体格をしているが、鍛え込んだ感はない。微笑みには茶目っ気があった。
ちなみに私は、細長いばかりで取り立てて特徴のない顔立ちである。幼稚園児に人の顔を描かせたら、大体こうなるだろうという感じである。癖もなければ主張もない。どちらかというと、他人からちょっかいを出され易いタイプの人間なのかも知れない。
晴天に城が映える。
観光客が堀に浮かぶ白鳥に奇声を上げる。白鳥は人間どもに濁声を返す。水面下では、やかましい俗世を馬鹿にした大鯉が悠然と泳ぐ。
ハンチング帽の男は、腕を組んでにやにやしながら私に話しかけてきた。
「おい、大丈夫か」
自分のことを言われていると気付くのに、時間がかかった。
「あ・・・大丈夫です」
「お堀にでも飛び込んで自殺しそうな感じだが」
私は脚を組んだ。相手をよく見ると、自分とそう年齢が違うようにも思えない。失礼な奴である。
「馬鹿馬鹿しい」
「どっから」
「え?」
「どっから来た」
私は背中を掻いた。五日ばかり風呂に入ってないから、痒いのである。
「島根」
「島根? へえ。そりゃまた遠くから」
「どうも」
ハンチング帽は地面の砂を蹴ったり、私の傍らの薄汚いリュックを覗いたり、眩しそうに空を見上げたりしている。なかなかそこを立ち去ろうとしない。
「旅行かい」
私は頷いた。
「目的地は? どこまで行くんだ」
「陸が途切れたら、引き返す」
とっておいたような笑みを、ハンチングが浮かべた。
「本州なんてすぐ途切れるぞ」
「青函トンネルを使えば、北海道まで行ける」
「海にぶち当たって、引き返して、そういう旅かい」
「旅の目的は、その間に決める」
「おもしれえことを言うやつだな」
彼は断りもなく私の隣に座った。
峠越えを強行した後の疲労感と、久しぶりに人と話す高揚感と、中央高地特有のちくちくするような強い日差しとで、私はわけもなく自分が快活になって来るのを感じた。だいたいこのうるさいお節介野郎は何者なのだ。喧嘩を売っているのか。それとも相当な暇人か。信州人は閉鎖的だと話に聞いていたが、全然違うではないか。
お節介野郎はしゃくれた顎をかき毟りながら、行き交う観光客の腰の辺りを呆然と眺めた。若い女性が通り過ぎたときには、その腰をしばらく目で追った。
「松本には、また何で」
思わず私は笑った。それから、首に巻いていた汗まみれのバンダナをむしり取った。
「この街には、何があるんだ」
(つづく)
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