「神、ねえ・・・」
語りにくいものについて語ることが、重要なのではないかと最近思うようになった。ヴィトゲンシュタインという哲学者は語りえないものについては沈黙しなければならない、と語ったとか聞くが、ここはあえてヴィトゲンシュタイン先生に逆らうわけである。
「・・・存在か・・・」
とはいえ立派に語れる頭も口も備えているわけではない。聞き手に過不足なく伝わったと確信できた瞬間があるわけでもない。いつも言葉足らずであり、しかも言葉にするほどの思考も足らない。明晰に脳中に確立した考えを語るのではなく、語りながらようよう拙いなりに考えを構築していく。語られたものは、正解ではないにしても、作品である。真実ではないにしても、経験である。言葉にして体の外に放出し、それを少なくとも一人の他人が受け取ったという点において、最小限の客観性を帯びた具象である。
語ることは一種の建設的行為である。語りえないものについて語ることは、挑戦である。
「・・・存在しなくても、ある、とかね」
いかんいかん、酒のせいで、ちょっと語り過ぎたか。
「語り過ぎたね。早く風呂に入りなよ」
「はーい」