原因のない悲しみはめったにないが、原因のない喜びはときとしてある。たとえば、ただ、じっとして一日を過ごした夕暮れ時。
喜びか悲しみかはっきりしない感慨というものもしばしばある。たとえば、あくせくと続けていた何かを、ふとやめ、立ち止まったその瞬間。
喜びか悲しみかはっきりしない感慨というものもしばしばある。たとえば、あくせくと続けていた何かを、ふとやめ、立ち止まったその瞬間。
ひとりと ふたりは
そんなにちがうんだろうか
月の重たく熟れた冬
そのちがいも わからぬままに
ひとりと ふたりは
それでもちがうんだろうか
えのころ草の揺れる夏
そのちがいを わすれたままに
本籍戸籍
入籍奇跡
去来する流れ星の多すぎる今宵
わたしは わたしと もうひとりと
血のにおいのする象牙のやじりで未来を刻した。
そんなにちがうんだろうか
月の重たく熟れた冬
そのちがいも わからぬままに
ひとりと ふたりは
それでもちがうんだろうか
えのころ草の揺れる夏
そのちがいを わすれたままに
本籍戸籍
入籍奇跡
去来する流れ星の多すぎる今宵
わたしは わたしと もうひとりと
血のにおいのする象牙のやじりで未来を刻した。
両あしを 残してゆきたし 岩清水
・・・・・・・・・・・・・・・・・
忙殺の夏が今年もやってくる。
働いているか寝ているか
という日々がまた始まる。
精神の覚悟は出来ている。しかし、
頼るところはわが身の体力である。
その体力に虫刺されのような
気懸かりを覚えるここ数年来。
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忙殺の夏が今年もやってくる。
働いているか寝ているか
という日々がまた始まる。
精神の覚悟は出来ている。しかし、
頼るところはわが身の体力である。
その体力に虫刺されのような
気懸かりを覚えるここ数年来。
bar■では、ときどき他客の会話がジャズ・セッションのようにほろ酔い心地に鳴り響く。
──本当に惹かれてたら、退かれてもいいじゃん。
なかなかの名言と思われるこの一女性の言葉を、結婚式の二次会集団は式で出たロブスターのように黙殺した。
──でも、
とすぐにリーダー格の男が話の続きを引き受ける。
──田んぼは売っちゃいかん。まあ飲めよ。でも、田んぼは売っちゃいかん。
二杯目のドリンクが行き渡る。もちろん頼まない人もいる。
──わたし、どっちかというと、空気がやわらかい人が好き。
──でも、土地を手放しちゃいかん。
さあ、そろそろカウンターのカラス貝は退散するとしましょうか。マスター、勘定を。
え? うん、外は寒いと思うよ。 仕方ないよ。 メリー・クリスマス。
──本当に惹かれてたら、退かれてもいいじゃん。
なかなかの名言と思われるこの一女性の言葉を、結婚式の二次会集団は式で出たロブスターのように黙殺した。
──でも、
とすぐにリーダー格の男が話の続きを引き受ける。
──田んぼは売っちゃいかん。まあ飲めよ。でも、田んぼは売っちゃいかん。
二杯目のドリンクが行き渡る。もちろん頼まない人もいる。
──わたし、どっちかというと、空気がやわらかい人が好き。
──でも、土地を手放しちゃいかん。
さあ、そろそろカウンターのカラス貝は退散するとしましょうか。マスター、勘定を。
え? うん、外は寒いと思うよ。 仕方ないよ。 メリー・クリスマス。