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た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

祭り

2021年05月25日 | 写真とことば

祭りが地上から次々と姿を消している。

安全と無駄と予防効果の名において。

「だって祭りがなくても人間は生きていけるさ!」───

───それは本当か?

 

人間は太古

祈り、祭ることを始めたとき

まさに人間らしく進歩を遂げたのではないのか?

 

人間は将来

AIにすべての活動を奪われたとき

祝祭だけが自分たちの手元に残るのではないのか?

 

人間は今現在も

悲しみと苦しみの渦中にあって

ハレやかな日を夢見、それでようやく暮らしていけるのではないのか?

 

※写真は仏岩


大秋山跡

2021年05月05日 | 写真とことば

 信州最北端秋山郷には、天明の大飢饉の折全滅した村の跡があるという。入植最初期の村であり、秋山郷の地名の由来ともなっている。そこに辿り着くには、ずいぶん道に迷い、人に尋ねた。ほとんど標識というものがない。訪れる人も稀なのだろう。狭い林道を下り、舗装が無くなり、いよいよ枯れ枝の積み重なる悪路となったので、車を乗り捨て、歩いた。

 小雨が肩を濡らす中、四半時ほど歩き、ようやく跡地らしき場所に出た。神社も立たないほどの狭い空き地に、全滅した八軒の村人たちの霊を弔う石碑が並んでいた。

 食が尽き、万策尽き、孤立無援の中、ただただ死を迎えざるを得なくなったとき。彼らは何を思い、この地に留まったのだろうか。

 何を思い、終日、この奥深き谷間を眺め下ろしたろうか。

 そして、今は。

 

 今の世の 終はり見んとて 無縁塚

 

 何度か手を合わせ、本降りになる前に、そこを去った。

 


戸谷峰

2020年11月16日 | 写真とことば

なんということだ

わずかナノメートルのいたずらで

もう世の中はこんなにも生きにくいじゃないか

街では息すらろくにできないじゃないか

 

さあ靴を履き山に向かおう

名が知られてなくていい

看板もない里山でいい

ふかふかの朽葉を踏みしめ林をゆけば

木漏れ日に顔を洗い、汗ばむ背中を風で流せば

他に何が必要だったかわからなくなるのだ。

それだけで

もう自分には十分な気がしてくるのだ。

 

ここには絵画があり、音楽があり、すべてがある。

哀しみがあり、喜びがあり、生と死がある。

ほら────見渡してごらん!

ああ、なんと豊饒な枯葉色───────。

 

※写真は戸谷峰

 


語りかけてくるもの

2020年10月09日 | 写真とことば

町をゆくと、様々な声が聞こえてくる。

 

今日、あなたはどれだけ稼ぎましたか?

今日、あなたはどれだけの人に会いましたか?

今日、あなたは充実感を得ましたか?

今日、あなたはどれだけ重要でしたか?

 

 

山をゆくと、何も声が聞こえなくなる。

反対に、の方から問いかけたくなる。

 

この小さな薄紅色の花は何ですか?

あの木立の向こうには何があるのですか?

ここから見下ろす景色はどこですか?

どうして風がこんなに気持ちいいのですか?

 

もちろん、答えは返ってこない。

森は私一人に構ってはくれないのである。

 

ここでは、私は一個の動物に過ぎない。

 

それがこんなにも心地よい。

 

 

 

※写真は守屋山