☆
「……綺麗ね。まるで宇宙を漂ってるみたい」
「うん。ホウキで宇宙を飛んだら、こんな感じなんだろうね。真っ暗には終わりも始まりもなくて。無限に、永遠に、どこまでもどこまでも、デッカい空っぽが続いてるんだよ」
「ふふ、どれみちゃんにしては詩的なことを言うわね。ステーキしか頭にないと思ってた」
「そりゃもう~! 宇宙は広いから~、松阪牛とか神戸牛がたくさん生息してる惑星とか、星一個丸々のステーキ! って、おんぷちゃん!! なにさらっと失礼なこと言ってんのさ!? あたしだってたまにはおセンチなこと言うよ! もう! プップのプ~だ!」
「あらあら、嫌われちゃった? ごめんね」
おんぷちゃんがクスクスと笑う。
雲が緩やかに流れていた。
下を見れば濃い闇が広がって、かと言えば今日は月が明るい。
光と闇が入り雑じって明滅が自然に溶け込む。
夜が淡く映し出されていた。
夜空に瞬く星が金粉となって、箒で飛行するあたし達に降り注ぐ。
月の光が白く輝き、風に舞った花びらが目の前を、一枚、二枚と通り過ぎていった。
静けさが深みを増す無重力の世界。
「どれみちゃん、デートしない?」と誘ったのは、おんぷちゃんだった。
見習い服に着替えたあたし達は、二人一緒に夜空へと飛び出した。
おんぷちゃんはいつもと同じ横座りで箒に乗ってるんだけど、さっきからそれを眺めるあたしは何故か目が離せない。
風に靡く髪は宝石のように揺れて、光に照らされた目や鼻が白く浮かび上がって、まるでこの世のものとは思えないくらい美しくって――
その髪を梳いたらどんな感触がするんだろう。
その首や頬に触れたら――
夢想が、おんぷちゃんの肌を撫でる。
あたしの頭の中はそんなことばかり考えてて。
胸が波打つように、不安定で。
甘えのような、怯えのような。
ずっとこのまま、空を飛び続けていたい。
そんな想像に、駈られてしまう。
「どこかで休憩しましょうか」
「あ、うん……」
その笑顔に。
見とれてしまう、あたしがいる。
☆
ゆるゆると高度を落としながら、あたし達は会話もなく空を飛んでいた。
暗闇が海のように広がっている。
その夜の闇の中には、MAHO堂がどっぷりと深く沈んでいた。
明かりはついていない。
もうマジョリカとララは寝ているんだろう。
最近はハナちゃんの夜泣きが少なくなって、夜通し子守りする必要がないんだ。
MAHO堂の中庭に降り立つ。
裏口から、室内に入る。
いつもはお客さんで賑わう店内も、今の時間はしんと静まり返っていた。
あたし達は2階のハナちゃんを起こさないように忍び足で移動する。
暗くて、足元が覚束ない。
でも、特に目的があるわけじゃないから、これから何をしたらいいのか困ってしまう。
あたしはとりあえずこの暗闇をどうにかしようと、魔法を使ってみる。
パララタップを叩いて、スウィートポロンを取り出した。
「ピ~リカピリララポポリナペ~ペルト♪ ろうそくよ、出てこ~い」
ひそひそと呪文を唱えると、テーブルに三又のキャンドルが煙とともに出現した。
「これなら、ハナちゃんのお休みの邪魔にならないよね?」
「ふふっ、さすがね。どれみちゃん。なら、わたしは……プ~ルルンプルンファミファミファ~♪ 紅茶セットよ、出てきて~」
光が輪郭を描き、ポットとティーカップが二つ、現れる。
薄暗い室内に紅茶の香りが漂った。
「夜のお茶会なんて中々ロマンチックでしょ?」
「あたしは紅茶よりステーキの方が……」
「もう。やっぱりどれみちゃん、お肉のことしか頭にないじゃない」
おんぷちゃんが口元を押さえて笑う。
あたしは恥ずかしくて顔を赤くした。
互いに向かい合って座る。
おんぷちゃんがカップに紅茶を注いでくれた。
あたしは「ありがとう」と言って、一口すする。
ミルクを入れるのを忘れたけど、思ったより苦味が気にならなかった。
さっきまで空を飛んでいたせいか、暖かさが、体に染み込んでいく。
カップから立ち上る湯気の先で、おんぷちゃんが紅茶に口をつけながら微笑んでいた。
それを見ていたら、苦さとも暖かさとも違う、胸にぴりりっと、痺れが走った。
☆
コチコチと時計が針を刻む。
日付は、とっくに変わってしまった。
別に明日が――もう今日になってしまったけど、日曜日で夜更かしOKってわけじゃない。
今日も普通に学校があって、後何時間かしたら、あたし達は通学路で出会って「おはよう」と言い合う日常が待っている。
だけど、今、こうしておんぷちゃんと向かい合っていると、その日常が、なんだか遠い日々のような気がして。
夢とか、錯覚とか。嘘のように感じてしまう。
おんぷちゃんとハナちゃんの話をする。
芸能界の話。学校の話。MAHO堂の話。
顔を合わせて、笑いあって。
でも、お互いに自由気儘というか、好き勝手に過ごしてる。
まるで、おんぷちゃんと、長い旅をしてるような、そんな気持ち。
永遠に続くような、遠い道のり。
でも、本に纏めたら、きっとたった数ページで終わってしまう。
思い出はたくさんあるけど、大事なことはずっとずっと先にあって。
あたし達は前を向いたまま、振り返る暇もなく歩いてきた。
それが良いことなのか、悪いことなのか、よく分からないけど。
ただ、おんぷちゃんと一緒にいると、そのなんだか分からない気持ちが、ぴたりと、心の隙間に丸く収まってしまうんだ。
おんぷちゃんはチャイドルで美人で可愛くて。
頭もいいし、まるであたしとは正反対。
でも、どうしてあたしは、おんぷちゃんのことをこんなにもすんなり受け入れているんだろう。
遠い昔から馴れ合ってきたかのように、生まれて初めて会ったかのように。
いつも心には安心する気持ちと新鮮な気持ちが宙ぶらりんになってる。
それは全然、悪い気持ちなんかじゃなくて。
多分、おんぷちゃんも。
そんなに満更でもないじゃないかなと思うのはあたしのゴーマンなんだろうか。
他人だけど、他人だから。
あたし達は同じ気持ちで。
地続きの道を歩き続ける。
☆
「なんだか眠くなっちゃった」
おんぷちゃんが椅子から立ち上がって、ソファに寝転がった。
小さな欠伸をして、目を擦る。
「ダメだよ、おんぷちゃん。見習い服のままだと風邪ひいちゃうよ。それにここで寝ちゃったらおんぷちゃんのママにどう言い訳するの?」
「いいじゃない、そんなこと。どれみちゃんも一緒に、ね?」
おんぷちゃんが寝転がったまま、あたしの腰に手を回して抱きつく。
まるで赤ん坊みたいにお腹に顔を埋めてくる。
鳥肌が立つほど、こそばゆくて。
ぎゅっとされるたび、体から力が抜けていく。
とろりと顔が溶けそうになって。
余りの気持ち良さに、心から快感で震えだす。
誘われるように、おんぷちゃんの髪を撫でた。
清水に手を入れたような、涼やかな触り心地。
「気持ちいい。もっと撫でて、どれみちゃん」
「ふふ、今日のおんぷちゃんは甘えん坊だね」
「うん、どれみちゃんのお腹の匂い嗅いでるとすっごく気持ちが落ち着くの」
「うへぇっ? なに恥ずかしいこと言ってるのさ……ちなみにどんなにおい?」
「お姉ちゃんの匂い」
「まぁ、あたし長女だし……」
「ママの匂い」
「ママもやってるからね~」
「どれみちゃんの、匂い」
急に腰を抱く力が強くなって、
「おりゃ」
「えっ、のわぁっ」
そのまま、体を引き寄せられる。
どさっとベットに押し倒された。
「ちょっと、おんぷちゃ――」
「プ~ルルンプルンファミファミファ~♪ 毛布よ、出てきて~」
真上から毛布がバサッと降りてきて、あたし達を包み込む。
「だから寝ちゃダメだって!」
「シーッ、ハナちゃんが起きちゃうでしょ。寝ないから朝までずっとこうしていましょうよ」
「徹夜する気なの? どうしてそこまで家に帰りたくないのさ?」
「どれみちゃんと一緒にいたいの。ダメ?」
息が詰まった。
おんぷちゃんのまっすぐな願いに、YesともNoとも言えない。
何も。
言葉が出せなかった。
おんぷちゃんの瞳。
強くて、眩みそうなほど、激しい光。
あたしは黙って見つめ返すしかなかった。
☆
「……綺麗ね。まるで宇宙を漂ってるみたい」
「うん。ホウキで宇宙を飛んだら、こんな感じなんだろうね。真っ暗には終わりも始まりもなくて。無限に、永遠に、どこまでもどこまでも、デッカい空っぽが続いてるんだよ」
「ふふ、どれみちゃんにしては詩的なことを言うわね。ステーキしか頭にないと思ってた」
「そりゃもう~! 宇宙は広いから~、松阪牛とか神戸牛がたくさん生息してる惑星とか、星一個丸々のステーキ! って、おんぷちゃん!! なにさらっと失礼なこと言ってんのさ!? あたしだってたまにはおセンチなこと言うよ! もう! プップのプ~だ!」
「あらあら、嫌われちゃった? ごめんね」
おんぷちゃんがクスクスと笑う。
雲が緩やかに流れていた。
下を見れば濃い闇が広がって、かと言えば今日は月が明るい。
光と闇が入り雑じって明滅が自然に溶け込む。
夜が淡く映し出されていた。
夜空に瞬く星が金粉となって、箒で飛行するあたし達に降り注ぐ。
月の光が白く輝き、風に舞った花びらが目の前を、一枚、二枚と通り過ぎていった。
静けさが深みを増す無重力の世界。
「どれみちゃん、デートしない?」と誘ったのは、おんぷちゃんだった。
見習い服に着替えたあたし達は、二人一緒に夜空へと飛び出した。
おんぷちゃんはいつもと同じ横座りで箒に乗ってるんだけど、さっきからそれを眺めるあたしは何故か目が離せない。
風に靡く髪は宝石のように揺れて、光に照らされた目や鼻が白く浮かび上がって、まるでこの世のものとは思えないくらい美しくって――
その髪を梳いたらどんな感触がするんだろう。
その首や頬に触れたら――
夢想が、おんぷちゃんの肌を撫でる。
あたしの頭の中はそんなことばかり考えてて。
胸が波打つように、不安定で。
甘えのような、怯えのような。
ずっとこのまま、空を飛び続けていたい。
そんな想像に、駈られてしまう。
「どこかで休憩しましょうか」
「あ、うん……」
その笑顔に。
見とれてしまう、あたしがいる。
☆
ゆるゆると高度を落としながら、あたし達は会話もなく空を飛んでいた。
暗闇が海のように広がっている。
その夜の闇の中には、MAHO堂がどっぷりと深く沈んでいた。
明かりはついていない。
もうマジョリカとララは寝ているんだろう。
最近はハナちゃんの夜泣きが少なくなって、夜通し子守りする必要がないんだ。
MAHO堂の中庭に降り立つ。
裏口から、室内に入る。
いつもはお客さんで賑わう店内も、今の時間はしんと静まり返っていた。
あたし達は2階のハナちゃんを起こさないように忍び足で移動する。
暗くて、足元が覚束ない。
でも、特に目的があるわけじゃないから、これから何をしたらいいのか困ってしまう。
あたしはとりあえずこの暗闇をどうにかしようと、魔法を使ってみる。
パララタップを叩いて、スウィートポロンを取り出した。
「ピ~リカピリララポポリナペ~ペルト♪ ろうそくよ、出てこ~い」
ひそひそと呪文を唱えると、テーブルに三又のキャンドルが煙とともに出現した。
「これなら、ハナちゃんのお休みの邪魔にならないよね?」
「ふふっ、さすがね。どれみちゃん。なら、わたしは……プ~ルルンプルンファミファミファ~♪ 紅茶セットよ、出てきて~」
光が輪郭を描き、ポットとティーカップが二つ、現れる。
薄暗い室内に紅茶の香りが漂った。
「夜のお茶会なんて中々ロマンチックでしょ?」
「あたしは紅茶よりステーキの方が……」
「もう。やっぱりどれみちゃん、お肉のことしか頭にないじゃない」
おんぷちゃんが口元を押さえて笑う。
あたしは恥ずかしくて顔を赤くした。
互いに向かい合って座る。
おんぷちゃんがカップに紅茶を注いでくれた。
あたしは「ありがとう」と言って、一口すする。
ミルクを入れるのを忘れたけど、思ったより苦味が気にならなかった。
さっきまで空を飛んでいたせいか、暖かさが、体に染み込んでいく。
カップから立ち上る湯気の先で、おんぷちゃんが紅茶に口をつけながら微笑んでいた。
それを見ていたら、苦さとも暖かさとも違う、胸にぴりりっと、痺れが走った。
☆
コチコチと時計が針を刻む。
日付は、とっくに変わってしまった。
別に明日が――もう今日になってしまったけど、日曜日で夜更かしOKってわけじゃない。
今日も普通に学校があって、後何時間かしたら、あたし達は通学路で出会って「おはよう」と言い合う日常が待っている。
だけど、今、こうしておんぷちゃんと向かい合っていると、その日常が、なんだか遠い日々のような気がして。
夢とか、錯覚とか。嘘のように感じてしまう。
おんぷちゃんとハナちゃんの話をする。
芸能界の話。学校の話。MAHO堂の話。
顔を合わせて、笑いあって。
でも、お互いに自由気儘というか、好き勝手に過ごしてる。
まるで、おんぷちゃんと、長い旅をしてるような、そんな気持ち。
永遠に続くような、遠い道のり。
でも、本に纏めたら、きっとたった数ページで終わってしまう。
思い出はたくさんあるけど、大事なことはずっとずっと先にあって。
あたし達は前を向いたまま、振り返る暇もなく歩いてきた。
それが良いことなのか、悪いことなのか、よく分からないけど。
ただ、おんぷちゃんと一緒にいると、そのなんだか分からない気持ちが、ぴたりと、心の隙間に丸く収まってしまうんだ。
おんぷちゃんはチャイドルで美人で可愛くて。
頭もいいし、まるであたしとは正反対。
でも、どうしてあたしは、おんぷちゃんのことをこんなにもすんなり受け入れているんだろう。
遠い昔から馴れ合ってきたかのように、生まれて初めて会ったかのように。
いつも心には安心する気持ちと新鮮な気持ちが宙ぶらりんになってる。
それは全然、悪い気持ちなんかじゃなくて。
多分、おんぷちゃんも。
そんなに満更でもないじゃないかなと思うのはあたしのゴーマンなんだろうか。
他人だけど、他人だから。
あたし達は同じ気持ちで。
地続きの道を歩き続ける。
☆
「なんだか眠くなっちゃった」
おんぷちゃんが椅子から立ち上がって、ソファに寝転がった。
小さな欠伸をして、目を擦る。
「ダメだよ、おんぷちゃん。見習い服のままだと風邪ひいちゃうよ。それにここで寝ちゃったらおんぷちゃんのママにどう言い訳するの?」
「いいじゃない、そんなこと。どれみちゃんも一緒に、ね?」
おんぷちゃんが寝転がったまま、あたしの腰に手を回して抱きつく。
まるで赤ん坊みたいにお腹に顔を埋めてくる。
鳥肌が立つほど、こそばゆくて。
ぎゅっとされるたび、体から力が抜けていく。
とろりと顔が溶けそうになって。
余りの気持ち良さに、心から快感で震えだす。
誘われるように、おんぷちゃんの髪を撫でた。
清水に手を入れたような、涼やかな触り心地。
「気持ちいい。もっと撫でて、どれみちゃん」
「ふふ、今日のおんぷちゃんは甘えん坊だね」
「うん、どれみちゃんのお腹の匂い嗅いでるとすっごく気持ちが落ち着くの」
「うへぇっ? なに恥ずかしいこと言ってるのさ……ちなみにどんなにおい?」
「お姉ちゃんの匂い」
「まぁ、あたし長女だし……」
「ママの匂い」
「ママもやってるからね~」
「どれみちゃんの、匂い」
急に腰を抱く力が強くなって、
「おりゃ」
「えっ、のわぁっ」
そのまま、体を引き寄せられる。
どさっとベットに押し倒された。
「ちょっと、おんぷちゃ――」
「プ~ルルンプルンファミファミファ~♪ 毛布よ、出てきて~」
真上から毛布がバサッと降りてきて、あたし達を包み込む。
「だから寝ちゃダメだって!」
「シーッ、ハナちゃんが起きちゃうでしょ。寝ないから朝までずっとこうしていましょうよ」
「徹夜する気なの? どうしてそこまで家に帰りたくないのさ?」
「どれみちゃんと一緒にいたいの。ダメ?」
息が詰まった。
おんぷちゃんのまっすぐな願いに、YesともNoとも言えない。
何も。
言葉が出せなかった。
おんぷちゃんの瞳。
強くて、眩みそうなほど、激しい光。
あたしは黙って見つめ返すしかなかった。
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