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おジャ魔女どれみと徒然

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論語について、その已んぬるかな

2025-06-08 10:26:00 | 読書

 ついに読み終わった。
 儒教の祖・孔子。その名著中の名著『論語』です。

 中々疲れましたね。メモしたり、何回も止まって読んでの繰り返しw

 映画で言うとこの『ローマの休日』みたいな。
 名作だから見た方が良いし、教養としても大事なんだろうなと思いながら手が出ない。

 有名だけど見たことはないし実際見るとなると面倒くさいっていうw
 論語はその代表格の1つでもあると思います。

 今回はその心の障壁やハードルをあえて越えてみた。

 読んでみたら、これがけっこう面白くて。
 経典然とした堅苦しい本なんかと思ったら、意外というか、もっと緩く暖かい内容でした。

 まずは孔子という人物について。

 孔子は紀元前5世紀頃、古代中国・春秋時代の魯国出身の思想家です。
 出生については詳しく分かっておらず、一説には父ちゃん70歳、母ちゃん16歳の時に出来た子供だとか。

 色々な諸説ありながら、大体20歳くらいに故郷の魯国で働き始めて、そこから段々と事跡がハッキリしてくる。

 第25代目の魯の君主・昭公から定公、哀公の3代に仕える。
 定公の時代には大司寇という法務と外交を兼ねた役職に就き出世もしてる。

 三桓氏という魯の重臣家系とバチバチに対立したり、けっこう武闘派な政治家だったらしい。
 そこから政治家を引退して、諸国を放浪しながら思想活動に励んだとか。

 孔子が生きた春秋時代は、一応は周王朝による統治下ですが、それは上辺だけ。
 領地の冊封を受けている公族達はまるで自分が独立国の支配者かの如く振る舞い、勝手に諸侯同士で争い合う。

 孔子の故郷・魯国でも三桓氏という重臣家が君主を凌ぎ、権力を貪ろうとする。
 下剋上や弱肉強食の風潮が時を追うごとに酷くなり、人の心の中に敬意や品位が失われていく。

 それに危機感を覚えた孔子は仁徳や親孝行。
 他人に思いやりを持つ、親や目上を尊敬するなどの基本的な道徳教育を説き、荒んだ世の中を正そうとしました。

 後にその思想が儒教という、哲学や信仰として確立し、世界中に広まることになります。

 続いては、論語について。

 論語は孔子とその弟子達の問答を集めた記録書、言行録になります。

 孔子の死後に弟子達が編纂し流布、それから後世の儒家達が数百年に渡り校正を手掛ける。
 戦国時代に百家争鳴という他学派との対立、秦王朝時代に焚書坑儒という弾圧。

 数々の苦難を乗り越え、ついに漢王朝が儒教を国教として制定。
 論語も儒教が通った道に合わせて、現代まで読み継がれる本の形が完成する。

 内容は全20編構成。

 学而、為政、八佾、里仁、公冶長、雍也、述而、泰伯、子罕、郷党、先進、顔淵、子路、憲問、衛霊公、季氏、陽貨、微子、子張、暁日。

 ただ、編と分けてはあるものの、あくまで便宜上区切ってあるだけで、これと言って纏まった何かを言うてる訳じゃない。
 孔子がポツリと言った一言や弟子達との会話など、何気ない日常がつらつら書かれてるだけ。

 訓戒めいたことも書いてますが、それも別に説教くさいわけではなく、
 日々の心掛けを語ったりや弟子を窘めたり、冗談混じりで言ったり、本当に気ままなおしゃべりなんですねw

 現代人からすると真面目くさった聖人君子や胡散臭い宗教家とか、孔子のイメージはそういう色眼鏡で見られがちかと。
 でも、この論語を読めばそんなイメージはひっくり返ると思います。

 師と弟子の暖かい日々の記憶を感じながら、日常に通じる文章に出会って活力をもらったり。
 今の日本語にも使われてるような言葉も登場するので勉強にもなるし。

 論語は、そういう日本人として人間として切り離せない、生きる上での1つの心持ちや意志、精神の書物なんだと思います。


 
 やはり古典なんで、まず読んでて勉強になる点が沢山あります。
 
 学而編第12節。『礼の用は和を貴しと為す』。

 聖徳太子が制定した十七条の憲法。その第一条。
 《一に曰はく、和を以て貴たつとしと為し、忤さからふこと無きを宗と為す》。

 他人との調和を大切にせよという、有名な聖徳太子の一文は論語発祥なのでした。

 他にも巧言令色や温故知新など、よく使ってる四字熟語やら。
 斐然成章や足恭など、初めて知った言葉もあり、本当に読んでて発見が沢山あって楽しい。



 勉強になるだけじゃなく、本に描かれてる孔子の人となりが何より読んでて面白いです。
 ギャグとまでは言いませんが、破天荒というか無茶苦茶な人ですw

 そういう人間味が一番表れてるのが孔子と弟子達との会話だと思います。


 里仁編・第15節

 孔子が弟子の曽参の前にフラッと現れ、

 孔「曽参よ、私は1つの道を貫いてるぞ」

 そう一言告げて去っていき「ど、どういうこと!?」と弟子達は大混乱。
 周りが慌てる中、問われた曽参は「ただ忠恕あるのみ、ということでしょう」と落ち着いて師匠の意を汲むのでした。

 これいきなり聞かれた曽参も困ったやろw
 弟子を試したのかなんなのか、謎なんですよね。

 公冶長編・第12節

 弟子の子貢が「自分が嫌なことは他人にしません」と抱負を語ったら、孔子は「お前には無理!」と即断してきたりw

 弟子にはもう忖度なしでフレンドリーな師匠だったんですかね?

 憲問編・第45節

 弟子達だけじゃなく他人へシンプル悪口を言ったりするシーンもあります。

 孔子の幼馴染に原壌という人がおって、ロクデナシのホームレスなんですね。
 ソイツが道端に踞ってるのを見つけた孔子は、

 「ガキの時は可愛げなかったし、大人になっても大したことない。ジジイになるまで無駄に生きて死にもしない。お前みてぇのをクズって言うんだよ!」

 と、持ってた杖で原壌をシバき倒したり。
 言い草や言動が本当に痛快ですw



 特に俺が一番好きな弟子に子路って人がいます。
 この人は孔子の弟子に似合わず、勝ち気な性格でトラブルメーカーなんですね。

 でも、師匠にはよく懐いてて、孔子に構ってちゃんな質問をしては体よく突き放されたり、可愛いとこが多くてw
 師弟というよりかは親子みたいな、不思議な関係で見てて微笑ましい。

 先進編・第25節

 子路が役人として働いてた時に子羔って孔子門下の若手を取り立てて、
 それを聞いた孔子が「せっかく勉強盛りの若者なのに…」とチクリと不満を言ったんですね。

 それに対して子路は「仕事も良い経験になりますよ。それに読書だけが勉強じゃないでしょ?」とサラッと言い返す。
 反論された孔子は「これだからあのお喋り野郎は嫌いなんだ」とブチギレますw

 この遠慮のない関係が見ててホント好きでした。



 論語は孔子と弟子達のノンビリした日々が記録されていますが、
 その日々も永遠という訳ではありませんでした。

 紀元前481年。春秋左氏伝にも記載されている獲麟の年。
 魯国で麒麟という神獣が発見・捕獲されます。

 麒麟というとビールのラベルに描かれてるような煌びやかな姿で現れ、世の中に吉兆を齎す天の使いです。
 しかし、魯国で見つかった麒麟、その姿は、見るだけで不快な悍ましい怪物でした。

 何故、神獣たる麒麟が、この様な悍ましい姿なのか。
 その瞬間、孔子は己が命運が尽きたことを悟ります。

 本来、煌びやかな神獣が人の目に悍ましく映る。

 それは、人間の心が天の神秘を認識できないほど、それだけ荒んでいる証明で、
 この先の未来、世の中は暗黒や混沌に包まれる予兆だと直感しました。

 そこで、孔子は筆を置き、今まで書き続けていた歴史書『春秋経』をそっと閉じる。

 その年に最愛の弟子・顔回が亡くなります。
 愛弟子の死に孔子は「天は我を滅ぼした」と慟哭する。

 続いて紀元前480年。弟子の子路が衛の国で内乱に巻き込まれ殺害されます。
 この数年前には息子・孔鯉も早逝しており、孔子の晩年は弟子や家族を次々亡くす寂しいものでした。

 紀元前479年、孔子死す。
 故郷の魯国で、73年の生涯を閉じる。

 暗黒化する未来の予知。相次ぐ家族や弟子の死に打ちひしがれ、
 自身が情熱を注ぎ続けた理想は、果たして意味があったのか。

 自分の死後も、生きる人々に正しい道を指し示すことができるのか。
 春秋左氏伝、そしてこの論語にも、未来への危機感や絶望がないまぜになってるような気がする。

 その不安も含めて、孔子が生を全うした姿が、論語という本に内包されてるんだと思う。
 儒教の教えは他人を思いやる仁と社会秩序たる礼を重視してますが、その上で孔子がどう生きたかを、ここに書き示す。

 孔子の弟子達がホントに残したかったことは、穏やかで平凡な日々の中にいた、尊敬する師匠の何気ない姿だったんじゃないか?

 その思想は、孔子が目指した、世の中に平和を齎す普遍の道にはならなかったけど。
 それでも自身が編纂した春秋経や、弟子たちが纏めた論語は結晶として、今も光輝く。

 孔子の死後、教えを受け継いだ弟子たちは各地に散らばり、その思想を広めていく。
 遺った教えは、時を超えて多くの人々の心を照らし続けてる。そう感じます。

 では、また。
 


国語について、その春秋外伝

2025-06-06 14:03:00 | 読書

 今回はあっさり読めました。
 中国古典の名著『国語』です。

 確か春秋左氏伝とセットで買ったんですが、もういつ買ったのか覚えてないw
 最近、読書癖がついてきたおかげで、何年かぶりにようやっと読了。

 国語は別名『春秋外伝』と呼ばれる歴史書で、著者は春秋左氏伝と同じく、左氏こと孔子の弟子・左丘明。

 春秋左氏伝は儒教の祖・孔子が書いた『春秋経』を注釈した本。
 その春秋左氏伝を更に補完したのが国語になります。

 実は春秋経は孔子が執筆する際に構成上、省略して書いた部分が結構多くて。
 それを出来るかぎり史実のまま書いたのが春秋左氏伝だったんですが。

 そこから溢れた資料だったり、一応、春秋経も春秋左氏伝も儒教の経典なんで。
 儒教の教義に反する部分を意図的に削除してるんすよね。

 それを惜しんだ左丘明が別冊として分離させて書いたのが国語ということ。
 儒教の教義に反するとは何ぞや?というと、儒教の聖書《論語》に『怪力乱神を語らず』という一節があります。

 これは『迷信やら星占いやら超常現象は信じないぜ』という意味。

 古代中国は星の動きで未来を読んだり仙人が空を飛ぶだの、
 そういう占いや迷信やらの全盛期だったわけですが、孔子はそういう非科学的な話がでぇ嫌い。

 あくまで現実の中で道徳的な生活を追い求めるのが儒教の宗旨なんで。
 非現実や哲学的な思考や想像を敬遠するきらいがあるんやと。

 ただ、この国語の中には、その孔子が怪力乱神を語っているシーンがあるんですね。

 越の国の会稽山でバカデカイ骨が見つかった話に孔子が「会稽山には昔、防風氏ってバカデカイ民族がおっての〜」と解説したり。

 井戸の底からなんか羊っぽい謎の生き物が出てきたって魯の大臣から相談され、「妖怪ちゃう?」って答えたり。

 当時の日常会話で孔子が何気なく喋ってたことを、後世の儒家がシャットダウンして、経典から消してるんですね。
 国語は儒教フィルターを通してない、紀元前の古代中国の純粋な歴史書として貴重な書物なんだとか。

 ただ、例によって、本当に左丘明が書いたの〜?とか。諸説あります。紀元前、めっちゃ昔の話なんで。
 特にこの国語は前漢を滅ぼした王莽が自身を正当化する為に改竄したのではとも言われてる。

 歴史書として信用できるのか賛否両論。
 中国本土では西遊記とか、奇書側の部類に入るらしい。

 まぁ、春秋左氏伝を嗜んだ身からすると面白い本でしたが。
 誰が書いたか知らないが。知らないからこそ紀元前の伝説や民話のミステリアスな感じが読んでてたまりません。

 で、国語には何が書かれてるかと言うと。
 左氏伝同様、古代中国・春秋時代の歴史書です。しかし、書かれ方が違います。

 左氏伝は年表で古い順にエピソードが載ってましたが、国語は春秋時代に存在した国ごとに話が纏められてます。

 だから、『国』語なんですね。国ごとの物語。そういう意味なんでしょう多分w
 大まかに、周、魯、斉、晋、鄭、楚、呉、越の8カ国。

 まぁ、周に関しては周王朝の話なんで国とは違いますけど。

 他の7カ国は左氏伝にも登場した、斉の名宰相・管仲。晋の名君・文公など。
 中国史全体でも有名な偉人をピックアップしてのハイライトみたいな感じ。

 後は呉王・夫差vs越王・句践の決戦を最後まで記した新規エピソードを収録。
 左氏伝も一応、夫差が自害するまで書かれてますが記述は簡素。ここの決着を詳しく見れたのは良かった。

 序盤の周語と終盤の越語はかなり面白かったです。
 途中の国々の話は知ってるやつも多くて、まぁ、復習がてら読む感じでしたかね。

 序盤の周語は周王朝第5代目の穆王のお話からスタート。
 左氏伝も紀元前の古典ですが、そこからさらに250年ほど遡ります。

 西周の崩壊。そこに至るまでの過程。
 周王朝は漢王朝の前漢後漢のように、西周東周と時代の区分があります。

 左氏伝は東周時代のお話。国語ではそもそもなぜ西周から東周へ移り変わり王朝が弱体化したのか。
 その流れを最初から逸話を交えての解説。分からない所は調べながら読み、かなり勉強になりました。

 この本読まんかったら、こんな周王朝について知ろうなんて、一生思わんかったろうな。
 本との出会いってつくづく不思議だなと感じます。

 5代目・穆王は暗君ってわけではないが、周辺国への圧力を強め外交関係を険悪にしちゃう。
 犬戎という、現在の陝西省や四川省あたりに住んでいた異民族との対立を招く。

 後に、この犬戎が西周を滅ぼします。
 
 続いて時代は飛び、10代目・厲王。コイツはモロ暗君w
 この王様は自分の悪口言うた奴を監視し見つけたら処罰する言論統制を敷く。

 なんつーか、昔も今も悪い奴が考えることって、一緒なんですかね?w
 最終的に厲王は大臣から追放され配流先で亡くなる。

 11代目・宣王がまだ幼かった為、大臣達が摂政をして国を纏めます。
 この期間を共和といい、現代の共和制という言葉の由来です。

 暗君を追放し、次代の宣王が賢君だったおかげで事なきを得ましたが、
 政権を一時的とは言え手放したことが王朝に揺らぎを生む。

 そして、12代目・幽王。西周最後の王様。

 この王様は暗君と暴君の欲張りセットw
 美女に現を抜かし、佞臣に政治を任せのお手本のような亡国の末路。

 傾国の美女・褒姒。この人の話はけっこう面白い。
 褒姒は絶世の美貌を持っていましたが、とにかく笑わず、誰も笑顔を見たことがありませんでした。

 褒姒にゾッコンの幽王は彼女を笑わせようと努力しますが結果は実らず。
 そんなある日、周王朝が全国に緊急を伝える連絡用の烽火が誤って発動。

 皆がトラブルで慌ててる姿を見て、褒姒は初めて笑顔を見せる。
 それを見た幽王は味を占め、褒姒の笑顔を見る為にそれから何度も烽火を着けては諸侯を呼びつけるを繰り返す。

 幽王の身勝手さに周りも呆れて、次第に烽火を焚いても駆けつける者がいなくなる。
 そこに申侯という家臣が犬戎を味方につけ反乱を起こし、都である鎬京へ攻め寄せる。

 幽王は烽火で援軍を要請するも誰も見向きもせずオオカミ少年状態。驪山という場所に追い詰められ殺されます。
 戦いで荒廃した鎬京から、申侯の領地近くにある洛邑への遷都が決まり、西周から東周へと時代が移り変わる。

 ここら辺の話は左氏伝を読んでても、よく分からなかったから。
 国語を読むことで、調べながら理解することが出来て、良いキッカケになりました。

 最後に越語のお話。

 呉王夫差と越王句践の対決は古典の授業で習ったけど。
 ただ、その対決が結局どう終わるのか今までよく知らなくてね、この本で初めてそれを知ることが出来た。

 でも、まさかこんな終わり方だとはw
 呉越の戦いの応酬で、最終的に越が勝者になるんですが。

 最後の最後のオチは句践を支えた功臣・范蠡の逃亡ですw
 最初、句践は范蠡の諌めを聞かず呉へ侵攻。結果敗北し降伏。

 句践は范蠡とともに呉の役人として働く。嘗胆の日々に堪え越へ帰国。
 それから越を強国として富ませ、満を持して呉へと再び侵攻。呉を滅ぼすに至ります。

 その凱旋の最中に范蠡は暇乞いを言い出します。
 唐突な辞表ですが、范蠡には范蠡なりの事情や言い分がありました。

 本来なら最初の敗北で、自分は家臣としての責任を取って死ななきゃならなかった。
 今、その責任を、臣下を辞めるという罰を受けることで果たさせてほしいと。

 まぁ、今まで尽くしてくれた忠臣の潔い頼みとはいえ、越王としては意味不明な訳です。
 ただ范蠡の意志を感じ取った越王は最後の手段に出ます。

 「越国の領地をお前と折半する。この申し出を受けないなら、お前とお前の家族を殺す」と脅迫めいた懇願でブチギレますw

 それで范蠡は「陛下の仰せの通りに。自分は志に従います」と逃げ去ったのでした。
 そこから行方知れず。どこかで偽名を使い億万長者になったとか、噂を残すばかり。

 国語の物語はこれで終わり。なんか終わりに相応しい颯爽としたエピソードやと思う。
 正直、読むより調べる時間の方が多くて大変だったけどw

 でも、こういうキッカケをくれたことは本当に感謝してる。勉強になりました。
 春秋左氏伝を読み終わった時にも感じましたが、誰もが知る名著でも、自分が死ぬまで読まずに終わる本が世の中には、当たり前のことだけど沢山あると思う。

 別に左氏伝を読んだからって何かのステータスにはならないんだけど。
 でも、自分の中でただ満足というか、心の経験値が増えてる気がする。それが嬉しい。

 こういうのを自己肯定感って言うんですかね?w
 知らなくても生きられることだけど、知ってよかったと、今は思う。
 
 では、また。



春秋左氏伝について、その獲麟

2025-03-23 11:14:00 | 読書

 今年の1月からずっと読んでました。
 中国古典・春秋左氏伝。上中下巻。

 めちゃくちゃ大変だったな。
 上中下でそれぞれ400〜500ページくらいあって。

 小説でもこんな読んだことないわ…
 今年の春。いきなり大仕事をやってのけた感w

 三国志を読んでから、こういう古典にも目を通したい欲が出て、
 でも、軽い気持ちで手を出しちゃいけない本だったな。本当に無理やり読んだぞw

 年表を並べた歴史書なんでね。
 春秋左氏伝って、タイトルだけは知ってたけど、こういう本だったんか。それを知れただけでも勉強になったかね。

 三国志では関羽の愛読書として有名。
 後は呂蒙。『男子三日会わざれば刮目してみよ』の故事でこの春秋左氏伝が登場する。

 元々、呂蒙は《呉下の阿蒙》という、武力は凄いけど頭は悪いという渾名を付けられていた。
 それを危ぶんだ主君の孫権が呂蒙へ学問を薦めて、兵法書や歴史書を読むよう伝え、その中に春秋左氏伝が含まれてたと。

 それから呂蒙は学問を修めて、目覚ましい武将へ成長し、後に関羽を討ち取ることになる。
 こんな風に名将の逸話にも登場する有名な書物なんで、ずっと読みたかったんです。

 
 で、春秋左氏伝ってなんぞやってことなんですが。
 元々は『春秋経』という本があり、その春秋経を左氏って人が解説したよってことで合体して春秋左氏伝。

 まず大元の春秋経は、論語の著者であり儒教の祖である孔子が書いた歴史書です。

 孔子は今の中国の山東省・青島あたりにあった古代の国・魯国の出身で、
 その魯国の12代目領主だった隠公から始まり、27代目の哀公まで。

 魯国を中心に、古代中国・春秋時代に起きた出来事。
 戦争や外交、災害などの事績を年表形式で表した、約240年間の記録が詰まった本。

 春秋時代という時代表記も、この春秋経がそもそもの由来だったり。
 で、その歴史書に左氏こと孔子の弟子・左丘明が注釈をつけた本が春秋左氏伝ということ。

 注釈と言っても小難しい話ではなく、その事績の具体的な流れやエピソードを紹介してる。
 古代中国の説話集みたいな感じで、読む自体は大変だったけど、そういうエピソードは読んでて楽しかったです。

 実は左氏伝は日本人にも関係してて、食指とか君臨とか牛耳るとか。
 今でも使われてるような日本語が、実は左氏伝発祥だったりします。

 福沢諭吉や夏目漱石も左氏伝を愛読していたようで、
 特に夏目漱石は小説の書き方を、この左氏伝からヒントを得たんだとか。

 左氏伝に記されてる《エン陵の戦い》。
 春秋時代の大国だった晋・楚による一大決戦。

 その中に、決戦前に楚王と家臣・伯州犂が戦場を見渡しながら会話するシーンがあるんですが、


「要はこんな風に、カギ括弧で登場人物のセリフを区切って」

「人物同士が交互に会話する。小説で必ず見る形式や形態を」

「夏目漱石は、このエン陵の戦いの記述を見て閃いたという逸話があります」


 左氏伝を読んだことはなくても、今何気なく読んでいる小説やラノベの中には、
 古代中国の歴史書のエッセンスが含まれているという。何だか不思議ですね。

 それに小説とかどうの前に、もっと原始的というか。
 人間が言葉を発し、それを記録する。文章にする。比喩などを使い修辞する。

 今、現代人が当たり前にブログ書いたりメール書いたりしてるけど。
 そもそも文章を書くってなんやねんという。その根本的な概念や動機。

 人間が文章を書くということを本当に真剣に考え始めた時代。
 その始まりや原点こそ春秋時代であり、春秋左氏伝という本なんじゃないかなと、そう感じました。

 てな感じで日本人にも遠いようで意外に身近な歴史書なんで。

 読んでたら、必ずどこかしら面白い部分は絶対見つかると思うし、
 難しそうと偏見を持たずに、興味がある人はまず読んでみるのが良いんじゃないすかね。

 一番最初の共叔段の乱とか、けっこう面白いです。
 まぁ、これ魯国じゃなく鄭という国のお話なんすがw

 ぶっちゃけ魯国そっちのけで他所の国の話ばっかですからね。もう脱線しまくり。

 左丘明がなんでこんな注釈をしたのかよく分かりませんが。
 まぁ、読み物として楽しければいいですけど。

 俺が一番好きな話はヒツの戦い。これもエン陵と同じく晋楚の決戦ですが、
 その戦争の最後に楚の荘王が語る、武という字は戈(ホコ)を止めるという意味だってエピソードが結構好きです。

 まぁ、このエピソード、実は嘘というかw
 後世の創作らしく、武という漢字にもそもそもそんな意味はないって言うオチなんですが、好きは好きなんです。

 楚の荘王は春秋五覇に数えられる凄い名君で、他にも『絶纓の会』とか。
 学校で習うような古典の有名エピソードを豊富に持ってる方なんで。読んでて面白いです。

 左氏伝の後半には、それこそ伍子胥とか。越王・句践や呉王・夫差。
 マジで古典の授業に登場する奴も出てきたり。孫武もちょっとだけ出てきますw

 古典に興味がある人は是非読んでみると良いんじゃないでしょうか。


 後、個人的に好きなのは巫臣の話とか。

 この巫臣って人は元々は楚に仕えた人なんだけど、
 ある時、夏姫という美女を攫って晋へ亡命しちゃった。

 巫臣の横暴さや尊大な態度に、楚の王族達が怒っちゃって。
 そんで、楚に残ってた巫臣の親族を皆殺しにして財産を没収したんすね。
 
 で、それを聞いた巫臣は、

「汝ら邪悪貪欲の心を持って君に仕え無辜の者を数多殺す。
 我、必ず汝らをして奔命に疲れ果てて死せしめん」

 と、めちゃくちゃブチギレて。
 巫臣は楚の隣国である呉へと渡り、呉の軍隊をマッチョに鍛え上げるんですね。

 そうとは知らず、楚は呉へ侵攻しちゃって。
 楚軍を率いてた王族達は呉にボコボコにシバかれます。

 それから次第に楚は晋呉2カ国に挟み撃ちにされ弱体化。
 王族達も敗戦を苦にして、それぞれ自殺したり病死へと追い込まれます。

 ここに巫臣の復讐が完成する。
 でも、よくよく考えると巫臣が一番悪くね?と思うんですけどw

 逆ギレ逆恨み全開なんが、人間味と言ったらよいのか、痛快で面白いんですよね。
 巫臣が横取りした夏姫も曰く付きで、関わった男が皆死んでいく。傾国の美女というか妖女なんでね。

 ヤバい奴とヤバい奴が手を組んだみたいなw そういう話の流れも見てて興味深い。
 他にも楽喜や子産とか、かっこいい奴らもいるんですけど、話が長くなるんで今回はここまで。

 
 色々と面白い話が多くて、古代中国の民話とか説話として読めます。
 ところで、そもそも何故、孔子は春秋経を書こうとしたのか。

 孔子はこの歴史書を書くことで世の中を救おうとしとったらしい。
 周王朝の権威が緩まり国々が勝手に戦い、家臣が主君を殺し、親子や兄弟が争い合う。

 左氏伝はまさにそういう権力争いの歴史を記してると言っても過言じゃない。

 孔子はあえて、その暴虐や不敬を歴史書として淡々と書くことにより、
 周王朝への忠誠や人が持つべき礼儀を思い起こさせようとしてたとのこと。

 ただ残念ながら孔子は志半ばで亡くなり、時代は春秋から戦国へ。
 周王朝を蔑ろにし、侵略や征服が見境無く行われる世の中へと変わっていく。

 孔子の故郷・魯国でさえも国公と重臣の間に内乱が起こり、徐々に国公の権威が落ち、国としての品位を無くしていきます。

 左丘明も、この本をなぜ注釈することになったのかは分からない。
 でも、なんか分かるような気がする。孔子は何とか人の荒んだ心を正そうとしとったんやろが。

 やっぱり時代とか人の心は押し留めもできんし直すのも無理なんじゃないかね。
 今の日本を見てても思いますもん。悪いと分かってても流されてしまうってことはあるんじゃないか。

 それでも、こうやって歴史をありまま、こんな悪い奴がいただの、こんな良い奴がいたって書くことで、
 人に考えさせるチャンスを与えてくれてるのかもしれない。

 悪行も偉業も読む人次第。
 孔子の理想は果たされないにしても、その理想を左丘明は問いとして後世へ伝えようとしたのかも。
 
 では、また。



 P.S.

 エルサルバドルという国を知っていますか?
 ホンジュラスやグアマテラの隣にある、中央アメリカ・カリブ海の小国です。

 その国の大統領・ナジブブケレ氏という方が今ちょっと話題になってるらしいですね。

 エルサルバドルは元々凄い犯罪大国だったのですが、
 このブケレ氏が大統領へ就任してから、かなり治安が改善されたのだとか。

 まぁ、その反面、独裁的というか。

 過激な発言で政党から除名を受けたり、
 大統領就任後は自身に反抗する判事や検察長官を罷免したり。ギャングとの黒い交際の噂も。

 ただ、経済対策をしっかり取り組んだり。政治家としての手腕は確からしく。
 単純に国を豊かにしたら自然と犯罪が減ったってことなんかなと、個人的には感じる。


 そういう名君ってのはいつの時代、どの国にも出てくるってこと。
 逆に暗君も。善政や悪政も。ブケレ氏も別に聖人君子ではなく、人間には必ず裏表があって。

 全ては巡っていく流れなんだと思う。
 春秋左氏伝を読んで、強くそう思うようになった。

 良い時代、悪い時代。人の心が豊かになったり荒んだり。
 礼儀や道徳も大事だけど、そういう規範では押し留められない流れが世界にはあるんじゃないか。

 もしかしたら、左丘明は孔子の教えを通して、何か別の。
 もっと達観したものを見ていたのかもしれないですね。



ナポレオン言行録について、その流星

2025-01-30 13:11:00 | 読書

 フランスの小説家・オクターヴオブリ氏が編集。
 フランス皇帝・ナポレオンの手紙や命令など、皇帝が発した実際の言葉を集めた記録書。

 『栄光のナポレオン』に合わせて読んでみました。
 様々な著者によって描かれ方の違うナポレオンですが、より実情に近い英雄の姿を、この本から覗えるのではないかと。

 読んだ感想は、やっぱりナポレオンって良いよな〜w 心から言えますね。
 無論、欧州を混乱させ最終的に500万とも言われる死者を出した戦争の首謀者には変わりないんですが。

 この本から伝わる愛嬌というのか何と言うか。栄光と暴虐から没落と喪失。

 オブリ氏は作中で、

 「人間の中で最も幸福な男」
 「自己を全的に完成」
 「誰よりも高く登り、比類なき不幸に沈む」
 「生涯の浮沈の曲線は完全であり、地平線全てを抱擁」

 と、ナポレオンを評してます。

 人間として何もかも得て何もかも失う。完成された人間。
 ナポレオン自身も自分の人生を、小説(ロマン)と言った。

 遥かな海を眺めながら島の崖上に佇む1人の男に。
 俺は敬意と憧憬しか浮かばない。

 フランスでは2021年、ナポレオン没後200年の記念式典を開催する予定だったのが、反対運動で中止に追い込まれたんだと。
 誰がそんなつまらないことするん?w 独裁者なんはそうやけど……

 俺はフランスが羨ましいけどな。ただの征服や殺戮だけの男じゃないのに。
 トランプ大統領の方がよっぽど悪人だし小さい男やと思うw なんかネットやと石破さんと比較してトランプマンセーしてる奴が多いが。

 トランプさんて放言と脅迫の二つしかないじゃん。
 手腕はこれから試されますが、まぁ、良い方へ向かわないと思います。

 てか、今の政治家なんてつまんない連中ばっかでしょ。
 ロシア中国は次なる覇権国家だが、人を操りたいだけで陰湿やし。

 覇気がない。細いんよ。
 ナポレオンみたいに「世界帝国」と言うてみろよ。愛情も信念も、ナポレオンには及ばない。

 つくづくナポレオンは愛情と信念の人だった。
 栄光のナポレオンの最後で、政敵のタレイランとフーシェを見つめるナポレオンの瞳が、いつまでも忘れられん。

 タレイランもフーシェも、ナポレオン裏切りまくりなのに最後まで重用されてたし。
 プロイセン王もオーストリア皇帝もロシア皇帝も、降伏さえすれば許した。

 軍事だけじゃなく行政も手掛けた天才ながら、人事や人間関係では何故かお人好しというか。
 本気で人を信じようとしていたのか。人間の本当に深い部分を見ようとしていたように感じます。

 この本にはジョゼフィーヌ妃へのラブレターや息子であるナポレオン2世への遺言も収録されてて。
 ジョゼフィーヌ妃って、正直ナポレオンの没落の原因の1つやと思うが、本人にとっては幸せな結婚やったんすかね。

 ナポレオン2世への遺言はもう「戦争すんな」と書かれてます。
 なんか死の直前のナポレオンは悟ってるというか、随分と丸くなってw

 父親として、今後の警告を息子へアドバイスしてるんですが。
 「お前が俺と同じことが出来るかい」って自分の覇業への自負が混ざってるような気がして、読んでて何とも微笑ましく感じました。

 英雄はセントヘレナという小さな島で、生涯を終えました。
 でも、英雄の軌跡とも言える流星は、時代を巡り、人々の心へ宿っているんだと思う。

 やはりナポレオンは良い。
 では、また。


孫子について、その始計

2025-01-09 13:09:00 | 読書

 2025年最初の読書感想。
 兵法書の王道たる『孫子』です。

 六韜三略を読み切り、次は孫子。
 なんか順番を間違ってるような気がしますが、まぁ、気分で読んでるんでw

 でも、時代の順番としては合ってるんで。
 六韜三略は我らが太公望、文王・武王が興した周王朝。その周王朝時代の後、春秋戦国時代に成立した兵法書が孫子です。

 春秋戦国は春秋時代と戦国時代に分かれ、周王朝が王族や諸侯に領地を冊封し、それが小国同士徐々に争い始めたのが春秋時代。

 国々が吸収され大国として独立。戦国七雄、漫画キングダム。
 秦により周王朝が滅び中華が統一されるまでが戦国時代になります。

 孫子の著者・孫武は春秋時代・紀元前500年頃に呉に仕えた武将とのこと。
 まぁ、残念ながら確定ではないw 紀元前の話なんでね。

 この孫武はさほど活躍など詳細は分かっておらず、謎多い人物。
 もう1人、孫子の作者と伝えられてるのは孫臏という武将。

 この人物は活躍など事績が詳しく分かってて、星野浩字氏の漫画『臏 孫子異伝』という作品にもなっております。
 大まかにこの2人のどちらかが著者だろうという孫子の成立話でした。

 まぁ、誰が書いたかはどうでもいいことでしょうw
 どうでもいいことなんですが、誰が書いたかは分からないのに時代を越え、武田信玄やナポレオン、ビルゲイツにまで影響を与えた。

 なんだが不思議な感じします。
 それだけの名著、どの時代にも普遍の内容だからこそ現代まで残り続けてるんでしょうね。

 実際読んでみると、結構薄い本なんですが読み進めるの大変だった。
 ちょっと読んでは考えさせられるような。深く凝縮されてる。とにかく面白かったです。

 計、作戦、謀攻、形、勢、虚実、軍争、九変、行軍、地形、九地、火攻、用間の13篇。
 現代の日本語に通じる慣用句が出てきて感心したり、三国志とかに出てくる一文を見つけて興奮したり。読んでて忙しかったw

 謀攻篇『彼を知りて己を知れば百戦危うからず』。
 虚実篇『人を致して人に致されず』。

 ここら辺のことわざになってるような有名な言葉。
 こういうルーツを辿って見つけるの、何とも言えない感動がある。

 虚実篇『兵を形すの極みは無形に至る』。
 『兵の形は水に象る』。『兵に常勢なく常形なし』。

 この言葉は、野村克也さんが口にしてた一文。
 野村さんは中国古典の造詣が深い方で、ここら辺の内容を自分の中で解釈して用いてたのが成功の秘訣なんでしょうね。

 兵法の内容もそのまま覚えてるだけじゃ意味がない。
 常に状況に沿うやり方で。水のごとく無限に変化する。俺も孫子の中だと一番好きな文章です。

 軍争篇は機先を制す戦いを記してる章なんですが。
 『佚を以て労を待つ』。有名な言葉が出ててきて、その後には『飽を以て飢を待つ』と続きます。

 ここは読んでてゾワッとしました。
 仙台の弁当工場とか東大の中国留学生とか。北海道の土地が中国に買収されてたり

 今、日本には至る所に中国が入り込んでますからね。
 孫子は戦わずして勝つことを至上とし、その1つの方策として敵の食を奪うことに重点を置いてます。

 孫子の最後の章である用間篇はスパイの重要性を説いてます。
 今の中国の行動は孫子に沿って動いてるのではと、読んで怖い内容でした。

 九変篇『囲師には必ず欠く』。
 出た。三国志で絶対目にする言葉w

 九変は9つの状況への対応が書かれてるんですが、その中に『餌兵に食らうことなかれ』と。
 この一文を見てたら、俺はワーテルローの戦いを思い出しました。

 ナポレオン最後の戦い。これで致命的になったのがグルーシー元帥の行動。
 プロイセン軍の囮に釣られナポレオンの命令を遵守するあまり、グルーシー元帥の軍団はワーテルローの戦地から離されてナポレオンの敗走に繋がります。

 ナポレオンは孫子に精通してたかもしれませんが、その戦略が部下にまで行き届いてはいなかった。
 孫子は上司自身だけではなく部下にこそ読ませなきゃいけない本なのではと感じます。

 この軍争篇には続けて『君命に受けざる所あり』。
 主君の命令でも受けてはいけない命令があるとも書かれています。

 九地篇『其の首を撃てば尾至り、尾を撃てば首至り、中を撃てば首尾共に至る』。
 蒼天航路で吾粲が言ってたやつ! 見つけた時、雷に撃たれたw

 これ、孫子の引用だったんすね。
 やはり三国志好きは孫子読まんとあかんね。もっと早くに読めば良かった。

 さすがは名著なだけあり、本当に面白い本だった。
 まだ中国古典の積ん読が沢山あるんで、今年はどんどん読んでいきますよ。

 では、また。