土佐のくじら

土佐の高知から、日本と世界の歴史と未来を語ろう。

聖徳太子の時代 (聖徳太子不在論を斬る)

2013-08-07 21:00:58 | 古代日本のスーパースター

土佐のくじらです。

今日は、日本の歴史の中のスーパースター、聖徳太子の巻です。

この方の実績は、もう偉大すぎて、私のような小者が、語れるようなものではございません。
日本の父、日本という国家の運命を決定付けた偉大な政治家、そして宗教戦争を最も早く、そして唯一解決した偉大な聖人。

どのように表現しても、語るに足らない偉大の中の偉大、スーパースター中のスーパースターです。

十七条憲法制定。
官位制度改革。
遣隋使派遣。

このお方への、尊崇の念を表現する言葉は、私の知る言語では軽すぎて、書いていてとても恥ずかしいです。

ですから今日は、最近ちまたでフツフツと湧き上がっては消える、聖徳太子不在説をぶった斬りたいと思います。

聖徳太子不在説・・・というのは、その名のとおり、聖徳太子という人物は実在しなかった・・・という論説ですな。

はい。
聖徳太子と言う名で、生きていらっしゃった方は、確かに存在いたしません。

え”~~~~~~!!

って、言わないでね。(笑)
本当なのです。

なぜなら、聖徳・・・という名前は、”贈り名”・・・つまり・・・、そのお方の、死後に付けられたお名前だからです。
まあ、たとえは悪いかも知れませんが、”戒名”みたいなものですね。

ある時期までは、歴代天皇のお名前も、全て贈り名です。
そのお方の、生前の徳や行いを称えたものが、教科書などに載っている、歴代天皇などのお名前ですね。

そう、神武天皇であるとか、仁徳天皇・・・のような、有名なお名前の多くは、実は死後に記録された贈り名なのです。
ですから当然、これらの古代の天皇の御在世中は、別のお名前で呼ばれていらっしゃったのです。

ちなみに、空海は弘法大師とも言われますが、この弘法大師の称号も贈り名です。
最澄の贈り名は、伝教大師ですね。

このように、御在世中の聖徳太子は、厩戸皇子(うまやどのみこ)とか、豊聡耳皇子(とよさとみみのみこ)と呼ばれていたのです。
聖徳・・・という贈り名は、その字のごとく、聖なる徳をお持ちの太子(皇位継承者)ということですね。

最近では、歴史の研究の中では、突拍子もないことを掲げることが流行っていますので、気をつけなければいけません。
(えっ、お前が言うな・・・って? そ、そうかも・・・(^^;)

現実的に古代の人物で、聖徳太子ほど、記録の残っている方はいらっしゃいません。
生まれや足取り、そして結婚相手や子孫の数や行く末などです。

ですから、聖徳太子不在説の根底には、
太子の業績が余りにも素晴らしいので、一人の人物の業績だと、とても信じることが出来ないという思考があるのだと思います。
また、日本からそういう、突出した世界的偉人など、生まれるはずがない・・・という、「日本しょうもない国論」という、何の根拠もない思い込みがあろうかと思います。

ただね、
冷静に考えなければならないと、私は思いますね。

世界で始めて”国家の憲法を創作制定し、(十七条憲法)”
おそらくこれも世界初の、”能力による官僚組織の構築をし、(冠位十二階制)”
当時、どことも対等外交をしていなかった超大国、”隋との対等外交”を実現し、(遣隋使)
日本神道と仏教とを共存させて、両者を共に発展させて融和させるという、

政治的・宗教的離れ業を、日本に導入するにとどまらず、国家の遺伝子として定着させたのは、間違いなく聖徳太子の時代なのですよ。

今の政治で、否、今までの政治で、果たしてこのような実績を、ごく短期間の間に果たせているのでしょうか?
この時代の実績は、世界的レベル、人類史上レベルの実績なのですね。

つまり、どこの国家も、どの政治体制も成功していないことを、聖徳太子の時代だけは、実際に業績として残しているのです。

現に聖徳太子は、日本において宗教戦争を克服しました。
太子以降の日本では、宗教戦争は起きていません。
これは世界史上、唯一の事例なのですね。

聖徳太子が実在しようが、もし百歩譲って実在しなかったとしても、この時代の実績が素晴らしいのです。

その、世界最高実績の時代の、政治的・宗教的リーダーが厩戸皇子であるならば、それは立派に、”聖徳”という贈り名を、後世の人から贈られるにふさわしい、立派なお方であるという事です。

聖徳太子不在説には、突出した人物を認めたくないという嫉妬心を感じます。
また、過去よりも現在の方が優れているはずだ・・・という、進化論的歴史観も、きっと根底にあると思います。

事実を事実として認めようとしない、このような輩は、学問者、真実を求めるものとしての、”真理者としての資質”を私は疑います。
また、すばらしいものをすばらしいと認めない姿勢の本質は、とても醜いです。

真実を求めるものは、美しくあらねばならないと、聖徳太子不在論を語る人たちを見るたびに、私は身を引き締める思いがいたします。

                                      (続く)