動物には自分の体ではない「異物」が体内に侵入すると、それを攻撃、排除しようとする「免疫」のシステムが備わっている。それが時にはアレルギーとして障害をもたらすこともある。しかし、本来は自分の体を守るためのシステムである。人間の死をもたらす最大の問題は癌である。今や日本人の二人に一人が癌を患う。三人に一人がその癌で命を落としている。癌の治療には現在、手術と放射線、抗癌剤の三つが主体となっている。しかし、手術は体への負担が大きく、放射線や抗癌剤は副作用も強く、それで癌が治ることも少ない。今の医療では早期に発見する以外には癌に打ち勝つことは難しい。人の体内では毎日5000個の癌細胞が発生していると言われる。それらは正常な免疫力によって癌細胞の成長を抑えることで健康が維持されている。免疫力が低下すれば、癌細胞が増殖し始める。そして最近の研究では一旦癌細胞が増殖し始めると、癌細胞自身が免疫細胞を抑える仕組みがあることが分かって来た。従って、癌を宿した体内は免疫力が極端に低下する。癌細胞は大手を振って成長を続けられる。そんな癌細胞の実態になんとかブレーキをかけられれば、治療に道が開ける。如何に免疫力を強化するかだ。今や多くの研究者がこの問題に取り組むようになった。2011年11月6日医学専門誌Nature Medicineに注目される論文が発表され、2012年の一般教書演説でオバマ大統領は「米政府の研究費によって、癌細胞だけを殺す新しい治療法が実現しそうだ」と述べた。米国の国立保健研究所の小林久隆主任研究員らが発表した「光免疫療法」と呼ばれるものだ。癌細胞は「自分を攻撃する免疫細胞」を抑えるために、その「免疫を抑える働きを持つ免疫細胞」を自分の周りに集める。つまり免疫細胞と言っても二種類ある。異物を攻撃する本来の免疫細胞と、そうした本来の免疫細胞を抑える免疫細胞の二つがある。小林研究員らは後者に取り付く薬(抗体)とその薬に付着する赤外線を当てると発熱する物質を開発し、両者が癌細胞に寄り添った状態で、赤外線を当てることで、熱によって「免疫を抑える働きを持つ免疫細胞」を抑えることで、本来の「攻撃する免疫細胞」に力を与えて癌細胞が死滅する仕組みを考え出した。マウスを使った実験では複数個所に転移した癌も一箇所の癌に赤外線を当てるだけで、他の転移癌までも消失している。当てられる赤外線は波長700nmの近赤外線と呼ばれるもので、普段我々が使っているテレビのリモコンでも使われているものだ。癌細胞だけに影響し、他の治療手段のように健康な細胞には影響しないため、今のとこ副作用はなく、マウスでは8割の確率で癌が治癒出来ている。費用も一般の抗癌剤よりも安く、治療期間も数日で済む。米国では実際に治療に利用されるのが5〜6年先とのことだが、こうした人の免疫力を使った癌の治療こそが副作用もなく、本来人にふさわしい癌の治療法だと言えるだろう。
泡立草