これはローマオリンピックの際に実施されたベスパクラブ・ローマの記念ミーティングの風景写真です。
この写真にあるように1960年のローマオリンピックは、イタリアの復興のシンボルとも言える訳です。
その後の東京オリンピックが敗戦国日本が「もはや戦後とは言わない」と言った時代ですねぇ。
考えると私が産まれて幼稚園の時代です。
この写真は2009年にオーストリアで実施されたユーロベスパミーティングの写真です。270のベスパクラブ、3000台以上のベスパが集合しました。
カナダやアメリカからのエントリーもあったようです。
M隊員の情報によると、ニューヨークでもベスパ人気が高く、クラブも多いようです。
海外のベスパクラブは歴史も長く、日本の一時的なベスパ人気とは違うようです。
この写真はベスパの設計者はコラディーノ・ダスカニオです。
ベスパの基本構造は
1、フレームを持たないモノコック・ボディ
2、ミッションと一体化したエンジン
3、前後片持ちの足回り
4、車体の右側に位置しているエンジン
今日ではミッションと一体化したエンジンや後輪だけ片持ちなどは珍しくないがベスパの発表当時はこれらの全てが一般常識からかなり飛んでいたわけです。
1940年代から60年代までのベスパはダスカニオが設計に携っています。
後のPシリーズも言うまでもなくダスカニオの描いた基本設計思想を継承しています。
ダスカニオが自ら陣頭指揮して設計した最後のベスパは1963年に登場した小さなベスパ(ベスピーノ)シリーズです。
第二次大戦後の敗戦国の日独伊は、軍事工場などの技術力をスクーターにするところが面白いと思いませんか?
イタリアはベスパ、日本はラビット、ピジョン、ドイツはツンダップです。
ベスパの前後片持ちの足回りは戦闘機の離発着時の車輪用の脚の技術だと言われています。
戦闘機の技術が平和の象徴であるスクーターとなるのも何か笑える話ですよね。
そう言えば、子どもの頃はスクーターはお坊さんの乗り物だと思ってました。笑
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