時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

イギリス人が故国を去る時

2006年12月18日 | 移民の情景


生活の質 Quality of Life の国別スコア(Economist Intelligence Unit)

 クリスマス休暇を前に、イギリスからオーストラリアへ戻る友人B夫妻が東京経由で帰国するというので、久しぶりに歓談の機会を持った。B氏はオーストラリア国籍だが、イギリス国籍も保有している。奥さんは生粋のオーストリア人(オージーAussie )である。B氏は、もともとイギリス生まれで北東部の有名大学で教鞭をとっていた。30歳代の終わりにオーストラリアの大学へ職を求め、活動の場を移した。当時はサッチャー政権成立の直前で、イギリス経済は停滞の色が濃かった。
  
  イギリスで勤めていた大学は、オックスブリッジに次ぐ立派な大学だったが、訪れるといつもどんよりと雲が立ち込めた天気だった。B氏が選んだ「新天地」は、オーストラリアでも「サンシャイン・シティ」の名で知られる晴天日数の大変多い場所。確かに天候はメンタルにも影響することを実感する。明るい日差しの中では生活態度が前向きになる。

  イギリスはともすれば移民を受け入れる国と思われているが、現実に人口の出入りがどうなっているかは、あまり明らかにされてこなかった。「移民」というと、概して仕事を求めてイギリスに働きに来る外国人を思い浮かべ、イギリス国民の仕事を奪う存在と考えられてきた。イギリス人が海外へ移民するという視点や発想はほとんどなかった。驚いたことに19世紀以来、この観点からの調査は実施されたことがないとのことである。

  最近、あるイギリスの研究機関*が公表した内容によると、人口の出入りはほとんど同じくらいのようだ。昨年のデータでは、20万人近いイギリス人が帰国する意思なくイギリスを出国し、550万人が国外に居住しているという。そして、5800万人が自分の先祖はイギリスから来たとしている。これは驚くことにインド、中国に次ぐ順番である。彼らの多くは日光の多い地へ引退の場を求める老人ではなく、3分の2は労働者である。

  行く先として彼らの選んだ上位10カ国の中で、6カ国は英語を話す国であり、その他もすべてヨーロッパの国である。オーストラリア、スペイン、アメリカが最も行きたい国となっている。

  イギリス人に海外流出を決意させるのは、より良い仕事の機会と住居が最も大きな理由だが、イギリスの高い生活費と住宅も上げられている。イギリスに持ち家があればそれを売却して、海外でもっと良い家を買いたいというのが動機となっている。別にイギリスが嫌いというのではないが、海外の好条件に引かれるという理由が多い。実際、イギリスの2003年から2005年にかけて可処分所得はほとんど増えていないし、生活の質も決してよくない。The Economist Intelligence Unit による生活の質の順位づけを見ると、アイルランド、オーストラリア、スペイン、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、フランスとなっていて、イギリスはフランス以下にランクされている。

  こうして海外へ流出しようと考えるイギリス人は予想外に多いが、彼らを受け入れる側の条件は年々厳しくなっている。概して熟練・技術水準の高い人材を受け入れるというが、実際にどんな職種が求められているのかはあまり分からない。建築家、エンジニア、医者は人気があるようだが、状況は透明ではない。

    友人B氏の話を聞いても、イギリスへは高齢のため養護ホームで暮らしている母親の見舞いに時々戻るが、帰国永住するつもりはないという。母国との精神的つながりは残しながらも、生活環境の差違には抗しがたいらしい。こうしてまた1人の定住移民が誕生している。

*
Institute for Public Policy Research (IPPR)

Reference
"Emigration: Over there" The Economist. December 16th 2006.

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