時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

あるイギリス夫人の生き方

2009年07月06日 | 午後のティールーム

余市のウイスキー博物館ステンドグラス

 

  静岡県知事に川勝平太氏が当選したTV
ニュースを見ていると、思いがけないことが記憶によみがえってきた。オリーヴ・チェックランドさん(Mrs. Olive Checkland)のことだ。ケンブリッジとグラスゴー大学の著名な経済史学者であったシドニー・チェックランド教授の夫人であった。負傷で健康に恵まれなかった夫を支え、長年にわたり研究の助手として生活や調査を助けてきた。夫妻共著としての作品も多い。


 1986年夫君の死後、イギリスと日本のつながりに関する研究、執筆に没頭し、立派な業績を残された。たまたま94-95年ケンブリッジ滞在時に知己を得て、ケンブリッジそしてセラダイクの静かなお宅に何度か招かれ、アフタヌーン・ティなどを楽しむ機会を得た。

 その当時、最初の頃の話題のひとつとして出てきたのが、チェックランドさんが著されたIsabella Bird and a Woman’s Right: To do what she can do well であった。その翻訳(『イザベラ・バード 旅の生涯』(日本経済評論社、1995年)をされたのが川勝平太氏の夫人、川勝喜美さんであり、完成したばかりだった。

 当時、チェックランドさんは、日本のニッカ・ウヰスキーの創始者であった竹鶴政孝(1894-1979)の
生涯について調査と執筆をされており、お茶をいただきながら話し相手になって、文献探索などで多少のお手伝いをした。竹鶴は北海道からグラスゴーへウイスキーの醸造を学びに行き、そこで生涯の伴侶となったリタに出会い、周囲の反対にもかかわらず、1920年に結婚、帰国して1934年に北海道余市に後年「ひげのウイスキー」で知られるニッカ・ウイスキーの醸造所を設立したことで知られる*。

  チェックランドさんは当時70歳台半ばでいらしたが、知的活動はきわめて活発で、さまざまなことに関心をもたれていた。とりわけ、日本の明治期の歴史に造詣が深かった。初対面の時から大変親しくしていただいたのであまり感じなかったが、イギリス人にとってはある威厳が漂うのか、The Times Obituary(「タイムス」紙追悼録) *2 によると、ファーストネームではなく、Mrs.Checklandと呼ぶ人が多かったらしい。高齢になっても、自分の信念をしっかりと確立されていたことがそうした雰囲気を感じさせたのだろうか。しかし、優しい方で決して近づきがたい人ではなかった。

 チェックランドさんの調査研究をお手伝いして感じたことは、長年の研究生活の中で身につけた流儀をしっかりと守っていたことだ。トピックスによって、色の異なる手漉きの用紙を使い、重要と思うことはしっかりとメモをとっていた。すでにPCもかなり普及していたが、ノートについても自ら書き留め、自分流のやり方をしっかりと保持していた。2004年に84歳で亡くなられたが、最後まで知的好奇心と親切な心を維持され、私の人生でも心に残る素晴らしい方の一人だ。



Olive Checkland. Japanese Whisky, Scotch Blend: The Japanese Whisky King and His Scotch Wife Rita、(『リタとウイスキー―日本のスコッチと国際結婚』 和気 洋子 (翻訳) (日本経済評論社、1998年)


*2 現在は自動的アクセスはできません。

コメント (6)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アメリカ人は学校嫌い? | トップ | われわれは長く生きすぎたのか »
最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
お尋ね (ym)
2009-07-10 16:19:15
現在、アメリカの移民政策に関心を持っている者です。現在の経済状況で、アメリカの国民と移民との間で、仕事の奪い合いなど衝突が加速していないか、移民政策に変更がないか、などを考えています。留学を検討中で、こうした問題を考えるのに最適のアメリカの研究者をご紹介いただけないでしょうか。
できれば、桑原様に直接ご連絡差し上げたいのですが。
返信する
アメリカ移民政策 (old-dreramer)
2009-07-14 20:38:06
ymさん

お尋ねいただいた問題、かなり広範にわたり、お答えするのはそれほど簡単ではありません。たとえば、いかなる学問領域(経済学、社会学、文化人類学、歴史学、人口学など)をベースにするかなどでも、研究者やアプローチが異なります。「本ブログの運営方針」にも記してありますが、メールアドレスなどを明記された上で、下記にご連絡ください。
old-dreamer☆mail.goo.ne.jp
☆を@に変えてください。
返信する
mrs checkland (hiromi)
2010-01-16 07:44:18
はじめまして
ヤフーでチェックランド氏のことを検索していましたらこちらにたどりつきました。
アメリカに住み、明治期のことを調べています。図書館で チェックランド氏の本を 借り2冊読みました。お会いされたそうで、、羨ましいです。もし もし お会いできたら、、明治期の日本、アメリカでの日本人など いっぱいお話できたかもしれないと。
チェックランド氏のように、何歳になっても 信念を持ち、いろんなことに興味を持ち、がんばって生きたいと思っています。
返信する
Mrs Checkland (old-dreamer)
2010-01-16 10:50:30
hiromi さん
チェックランドさんについては多くの思い出がありますが、大変意志の強い信念の人であったという印象です。それだけに、独立心や進取の気性にあふれた明治期の日本人に関心を抱かれたようです。現代の日本についてもよく勉強して知っておられました。
歳をとっても多くのことに興味を抱き、自分の目指したことを、一歩一歩実現して行く生活態度は私も学んだことです。実現はできていませんが(笑)。
返信する
イザベラ・バード写真展の事 (柳居子)
2010-03-08 18:58:06
 京都大学総合博物館で、イザベラ・バードの写真展を開催中です。皆がそれなりに幸せと感じるのはどうも昔のほうが良かったのかなぁなどと写真展を見て感じました。

拙ブログ記事 冗長な雑文ですが ご披見賜れば幸甚です。

2010.02.22

イザベラ・バード


ツイン・タイム・トラベル 『イザベラ・バードの旅の世界』 と銘打った写真展が京都大学総合博物館で開催されている。

明治初年に日本各地 奥地と言われる地方北海道にもでかけたイザベラ・バードの事は前から気になっていた人物。高梨健吉氏の 『日本奥地紀行』 時岡敬子氏の 『イザベラ・バードの日本紀行(上・下)』 二巻等の訳書があるが 金坂清則氏の東洋文庫版 上下二巻が一番新しい出版かと思う。

 写真展はバードの残した写真と銅版画を現在の同位置同じアングルで撮影した写真と並べて展示している。中国を旅した写真など 百余年を経て同じ位置 同じ建物が変わりなく建っているのを見るとある種の感動を覚える。『持続と変化』という視点で旧い写真を見ると経年の理解の面白味が出てくるとは、企画された金坂清則先生の言。

 イザベラ・バードは、英国王立地理学協会の最初の女性特別会員 南米と南極を除く大陸全部を踏査22歳から70歳まで旅に明け暮れ 秀でた旅行記を数多く出している。

 京都へやって来たときは、同志社大学創設 新島襄博士夫妻の歓待を受けている。新島氏の新宅 多分 今 布哇寮の大学管理の建物での接待 一緒に食事をした事が記されている。イギリスならキャビネットに飾っておくような美しい食器で食事をしたと言う記述もある。

 何処を旅しても手入れの行き届いた美しい国 皆礼儀正しく 女が一人旅しても何一つ不安を感じることの無い稀有な国  外国人女性の見た百年少々前の日本である。

写真展は3月28日迄開催 入館料四百円が要る 七十歳以上無料 柳居子お勧めの展観

参照記事

http://plaza.rakuten.co.jp/camphorac/diary/200611180000/

http://plaza.rakuten.co.jp/camphorac/diary/200608160000/






返信する
ある英国夫人の生き方 (old-dreamer)
2010-03-09 10:56:00
柳居子さま
京都大学『イザベラ・バードの旅の世界 ツイン・タイム・トラベル』写真展、お知らせいただき有り難うございました。時間ができれば見てみたいと思っています。
オリーブ・チェックランドさんは明治期の日英関係に大変関心を持っておられましたが、1990年代の日英両国の政治や社会についても色々なことを尋ねられたことを記憶しています。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

午後のティールーム」カテゴリの最新記事