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人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

遠からず来る時を前に(18): 資本主義盛衰の現場を描いた画家

2020年05月07日 | L.S. ラウリーの作品とその時代

L.S. Lowry, An Industrial Town, 1944, part


新型コロナウイルス(COVID-19)が世界へ持ち込んだ衝撃は、多くの国が見えない敵との厳しい戦争と受けとっている。最も死者の多いアメリカの場合、死者は62,850人(2020年5月1日時点)に達し、9年間に及んだヴェトナム戦争(1964~1975年)での死者数58,220人を越えている。戦争に例えることは適当ではないとの批判もあるが、極めて厳しい事態であることは疑いない。

二つの世界大戦
前回、F.D.ローズヴェルトが「大恐慌」からの脱却に懸命だった1939年9月1日、ドイツと独立スロバキアの同盟がポーランドに進攻したことで、戦争状態となり、イギリス及びフランスが宣戦布告したことで第二次世界大戦の勃発となった。9月17日にはソ連もポーランドに侵攻した。F.D.ローズヴェルトが大恐慌に対する政策手段として企図したニューディールは予期せざる莫大な軍需の発生によって、強硬克服の政策としての民需の独立した効果を見定めることはできなくなった。しかし、20世紀は二つの世界大戦を経験したことで、「危機の世紀」として、人類の歴史に刻み込まれた。

そして21世紀に入るや、9.11、3.11、リーマンショックなどに続き、新型コロナウイルスの世界的蔓延を迎えた。

COVIT-19が変える産業と社会
新型コロナウイルス蔓延の結末が見えていない段階で、すでに「コロナ後の世界」がいかなるものになるか、見取り図を期待する動きが始まっている。日本では当面は緊急事態宣言がいかなる形で幕を下ろすことができるかに焦点が集まっているが、いずれ同様な議論が活発化するだろう。すでに今世紀に入ってから始まっていた第4次産業革命、Version Four, AI革命など様々なタイトルで呼ばれている新たな産業社会のイメージが、COVIT-19後の世界にどの程度継承されるかという問題にも関わっている。

コロナウイルス後の世界については、感染の収束を待って、これからの検討課題となる。この新型ウイルス蔓延以前に描かれていた世界像やイメージは、そのままではつながらなくなった。それほど大きな衝撃が世界に加えられたことは、さらに言葉を要さないだろう。

この点を多少なりと理解するには、現代の資本主義社会がいかなる特徴を伴って展開してきたかについての検討が欠かせない。しかし、その作業はこの小さなブログの課題ではない。ただ、今後の議論に多少なりと役立つと思われる論点、キーワードについては折に触れて記してみたい。

産業革命を描いた画家
ここでは美術のイメージの力を借りて、第一次産業革命以降、資本主義発展の主流となったイギリスに展開した工業化という変化がもたらした状況を克明に描いたL. S. ラウリーという画家の作品を改めて紹介しておこう。すでにこのブログでもかなり立ち入って紹介をしているが、最近日本でも急速にファンが増えてきたことは、大変嬉しいことだ。作品数が多いので、いずれ日本での企画展も実現する日もあるかもしれない。

ローレンス・スティーヴン・ラウリー  Laurence Stephen Lowry (1887年 11月~1976年2月23日 )は、イングランドのストレットフォード(Stretford)に生まれた画家である。その デッサンおよび絵の多くは、英国の マンチェスターのペンドルベリー(Pendlebury)(同地で画家は40年以上にわたって暮らし、創作活動した)、サルフォード(Salford)およびその周辺地域を題材に描いている。

この画家は通常の画家たちが美術制作の対象とみなさなかった工場や炭鉱、そこで働く労働者や家族の日常生活などのあらゆる面を制作対象とした。第一次産業革命(綿織物と蒸気機関が手工業を)および第二次産業革命(電気と石油が大量生産を大きく加速した)の時代がほぼ対象となる。コンピューターが使用され、単純作業を機械化する第三次産業革命は、ラウリーの晩年くらいに動き始めていた。

画家は他に類を見ない独特の絵画製作のスタイルを発展させ、「マッチ棒男」(”matchstick men”)としばしば評される人の姿を描いたことでよく知られている。その画風は一見すると稚拙に見えるが、仔細に見れば地道な努力を重ねた上で体得した、この画家独自のものであることがわかる。ラウリーは、生涯に約1000点の絵と8000点を超えるデッサンを制作した。

ラウリーの作品には、イギリス産業革命発祥の地を中心に、産業革命がいかに自然豊かな農村社会を変貌させたか、産業革命がもたらした変化がいかに大きいかを独特の迫力ある表現で描いている。ラウリーの作品が与える力強いイメージは、写真より迫力がある。見る者に訴える力は大変強い。この画家の描き出した産業の姿、そしてそこで働く労働者、そして家族が日々を過ごす地域社会の喜怒哀楽がラウリー独特の筆使い、彩色で見事に描かれている。産業革命によって土地から切り離され、資本家に雇われ働く以外に生きる道の無くなった労働者の姿が生き生きと描き出される。

ラウリーの作品は、しばしば人間、とりわけ苦難な環境で働き、生きる労働者や家族の日常を描きながら、時に飄々として、ユーモラスな印象を与える。

L.S.Rowry, MAN LYING ON A WALL, 1967

N.B.
ラウリーが残した作品などの文化的な遺産は、サルフォードの「ザ・ラウリー」は、2,000平方メートル (22,000 ft²)の画廊、彼の絵画のうち55点と278点のデッサンなどが納められ、この画家の作品の世界最大の収集・展示場となっている。 

その他、ロンドンのテート・ギャラリーは、23点の作品を所有している。サウサンプトン市は『浮き橋』(The Floating Bridge)、『運河橋』(The Canal Bridge)および『工業都市』(An Industrial Town)を所有する。その他ニュージーランドのクライストチャーチ・アート・ギャラリー・テ・プナ・オ・ワイフェトゥ(Christchurch Art Gallery Te Puna o Waiwhetu)なども画家の重要な作品を所蔵している。

 

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