時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

存在は力か:アメリカ移民デモ

2006年05月03日 | 移民の情景

  仮想の世界でしか起こりえないことが現実に起こる。5月1日、アメリカで「移民がいなくなる日」Un dia sin immigranteというスローガンの下で、ヒスパニック系不法移民や支持者によるデモが行われた。

  不法移民規制への抗議デモを組織してきたヒスパニック(中南米系)の団体が「働かず、学校にいかず、買い物もしない」というボイコットを全米レベルで実施した。移民の存在および影響力がいかなるものかを考えさせる新たな示威運動である。この動きは、グローバル化の進む世界で起きているさまざまな事象と根底でつながっている。

グローバルな流れの中で
  このブログで継続的なグローバル化ウオッチ(定点観測)の対象としている移民問題だが、次々と予想する方向へ事態が展開するので、少し恐ろしい気もする。変化の速度が高まっており、対応が追いつけない。アメリカでもフランスでも移民問題は、国家を揺るがし、世論を2分している。

  しかし、こうしたことが起こる予兆はすでに以前からあった。合法・不法を問わず、アメリカ社会におけるヒスパニック系移民の圧力は90年代から着実に増加していた。しかも、その数の増加を背景に次第に組織性が生まれていた。移民社会には不可欠な、さまざまな情報ネットワークが着実に根を張りつつあった。

存在は力となる 
  不法移民は初期の段階では、自他ともに目立たない存在である。しかし、時の経過とともに経済力を備えた移民たちは、次第にその存在を顕示するようになる。「不法移民たちは暗闇から踏み出して、表通りへ流れ出した」。そして、「今日はパレードだが、明日は選挙だ」 "Hoy Marchamos; Manana Votamos" [Today we parade, tomorrow we vote.](ABC News, May 2, 2006)。

  かつて1996年にアメリカ(サンディエゴ)と日本(浜松)で初めて、同一の枠組みで大規模な外国人(移民)労働者の実態調査を行ったことがある。その時、驚いたことはアメリカではインタビューした外国人労働者の大多数が、不法入国者であることを隠さなかったことである。それだけ不法入国者が多かったばかりでなく、彼らなしにはビジネスが成り立たない状況が形成されていた。罰則が存在するにもかかわらず、使用者も合法、不法のチェックなどは、ほとんどしていなかった。

    不法移民であろうとも数が増えると、それだけで大きな力を発揮するようになる。最近の世論調査では「移民を本国へ送り戻せ」という回答もかなりの比率を占めるが、実際に1000万人を越える不法移民を送還できるとは考えていないだろう。
  
  あのフランスの「郊外暴動」の基底にも、長らく「二流市民」扱いされてきた移民の存在があった。たとえ合法的に定住権・永住権を得ていても、「社会的に認知されない」移民は、受け入れ国の国民でもなければ、国境の外の外国人でもない不安定な存在である。彼らはいつかその存在を正当化しなければならない。

  グローバリゼーションの進む世界では、ヨーロッパやアメリカで起きることは、形態は異なってもいずれ日本でも起きるだろう。すでに合法・不法を併せると、90万人近い外国人労働者が日本で働いている。この外国人労働者が、ある日職場からいなくなったら、自動車、電機をはじめとして日本の誇る産業は、たちまち麻痺状態、大混乱となるだろう。今回のアメリカでのデモよりも衝撃は大きいかもしれない。アメリカでは外国人労働者は、主として農業やサービス業に多いが、日本では裾野の広い製造業で多数の外国人が働いている。

デモの影響力は
  査証など入国に必要な書類を持たないで入国したり、期限を越えて滞在している不法移民は、アメリカ全体で約1200万人と推定されている。その多くは農場、建設、サービス業などで、アメリカ人がやりたがらない仕事をしている。他方、移民の増加でアメリカ人の仕事が奪われていると主張するグループもいる。これまでの調査で判明したかぎりでは前者に有利だが、後者の可能性を否定するものではない。現実は決して白か黒ではないからだ。たとえば、最低賃金率の変更など政策次第でかなり変化する余地もある。

  今回のデモには空前の数百万人が参加するのではないかとみられたが、実際には100万人規模だったようだ。しかし、移民の多いロサンゼルスなどでは、かなりの存在感を示したようだ。数日続いたら、影響はさらに深刻だったろう。青果物などの供給は、決定的な打撃を受けるだろう。アメリカ国民の食料供給は、ヒスパニック系移民労働者に頼っている部分が非常に高い。

収斂の行方を見つめる
  ヒスパニック系移民はアメリカの政治世界において、いまやキャスティング・ボートを握る存在である。11月の中間選挙、08年の大統領選挙を前にして、与野党ともに大きな関心を寄せざるをえない。
  
  今回の示威行動も移民に対する国民のイメージ形成にプラス・マイナスいかなる影響を与えたか、十分確認はできない。アメリカ国民がいかに受け止めたか。評価のためには、しばらくの時間が必要だろう。

  不法移民を完全に阻止する手段がない以上、できるかぎり合法化の道を整備し、不法な抜け穴を少なくするしかない。そして闇に隠れた部分を明るみに出すことである。おそらく、今回も議会の法案可決にはさらに時間がかかるが、かなりの数の不法移民を対象とするアムネスティが適用されることになろう。アメリカとしては、これだけになってしまった不法移民を放置しておくわけにはいかない。しかし、こうしてアムネスティを数年から10年くらいの間に繰り返すことが定着することはアメリカにとって好ましいことではない。次のアムネスティへの期待は高まり、アメリカ国内の同調者のリアクションも強くなって対応が難しくなる。
  
  NAFTA成立の基本に立ち戻り、メキシコ国内産業の興隆を図り、移民としての流出圧力を減少させる努力が必要だろう。しかし、この点について、ほとんど議論がない。大統領、上下院ともに、当面は分裂した議論の収拾にかなりの時間が必要だろう。アメリカ国民の関心がどのあたりに収斂するか、行方を見つめたい。


References
「移民」巡り米世論二分『日本経済新聞』2006年5月3日
移民「合法化」広がる期待感『朝日新聞』2006年5月3日
「時時刻刻:中南米系 全米ボイコット」『朝日新聞』2006年4月30日
ABC News May 2, 2006
NBC News May 2, 2006

コメント (2)
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