いろはにほへと

ぼちぼち、休みながらも続けていければいいな。

どんと焼き

2020-01-16 04:56:00 | 日記
15日は、どんと焼きの日。

昨日は、午前中から仕事だったので、出勤前に近くの神社に寄りました。

去年までは、火に自分で注連縄や、御守りなども投げ入れていたのだけど、今年は、手前のテーブルで預ける形になっていました。

注連縄だけでなく、娘たちの部屋から出てきた御守りも、忘れずに持っていくことができました。

御守りって、それぞれのお寺や神社に返しに行けたらいいのだろうけど、なかなかできないんですよね。申し訳ないけど、近くの神社は⛩氏神さんだから、まとめてお願いします。

それにしても、人間は、二足歩行をするようになり、火を使うことを学び、進化していったんですよね。

そして、現代。
直接に燃えてる猛々しい火は、すっかり制御されて、なかなかお目に掛かれなくなりました。

せいぜい、ガスの炎。花火。ろうそく。

どんと焼きの焚き火にも、ついに近くに寄れなくなってしまった。

なんだか、ちょっと怖いな。って思ってしまいました。

昨日感じた怖さは、昔、感じた怖さに繋がります。

娘たちが小さい頃、キャンプ⛺️して火を起こしたり、山歩きに連れて行きました。

そう、阪神淡路大震災の時に思ったから。

便利な生活が当たり前の生活。
それはいいけど、歩いていたらどこかに着く。火をおこしたら、食べ物を調理できる。そういう基本を教えておかなきゃって。

おかげで、みんな歩くのは苦にならなく育ちました。長女は火起こしが得意になりました。学校で飯盒炊爨のチャンスがある時はいつも火の当番😅もちろん、バーベキューも。(笑)

その考え方の基本は母から教わったのかな。

私が娘の頃、やはり便利なものが沢山出てきて、母が言ってたのです。

「だしの素を使うのは、忙しい時に便利だからいいと思うけど、ちゃんとカツオやいりこや昆布での出汁の取り方、基本は知って使わなきゃいけないと思うんよ。なんでもそうだと思う。知ってた上で、便利なものを使うのはいいと思う。」って。

当時、仕事をしていて忙しかった母は、殆どだしの素を使っていました。それでも、それを見ていた私に、それが全てじゃないって伝えたかったんだろうと思います。

そういうことを知っていたら、あるものでやりくり出来ることを知っていたら、年金がいくら足りないとか、心配しなくても、あるものでそれを楽しむ生活もできると思って、呑気な私は、変なのかな。

仕事があって、テニスやヨガや囲碁に行って、たまには旅行もする。娘たちは、健康で仕事をして、自立してる。そんな恵まれた私が言うなよってことかもしれないけれど、無ければ無いで、自分が「楽しく過ごす」どうすれば楽しく過ごせるかという基本もやっぱり、押さえておく必要があるなと思う。

なんか派生しすぎですね。

でも、根本的なことはみんなシンプル。

シンプルなのが1番。

1番大変なのが人間関係。

やっぱり、早く引退したいなぁ。

どんと焼き徒然。

最後はここに来るか😅

ローン返済がんばろ。


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