順番ではありますが、東出雲の畑を借してもらっている叔父が高齢になってきました。
ということで、自分がやっている畑もやらないかということで打ち合わせに行ったら、あまり嬉しくないニュース(><
どうプラス思考に変える?
先日の雪の日、自動潅水装置と農業用水の配水管をつなぐパイプが軽自動車に壊されたんだとか。簡単な装置ですが、夏場の灌水に大活躍してくれているんですよね。
ちょうど誰かが当て逃げしたところを隣のおじさんが見ていて、叔父のところに知らせに来てくれたんだとか。
見に行くと、考えていたよりも損壊度が大きい。思いっきりぶつけたんだよなあ。ふ~む、手間と材料代が少しかかりそうです。
それほどショックが大きくないのは不思議かな?相手がわかって文句を言うのもストレスで気分が良くない。
どう自分の中でプラス思考に変えて行くか、などと考えていたらそんなことを思っている自分がありました。
お金は少しかかるけど、材料の吟味や配管屋さんを楽しんだり、柵作りを楽しもうかなんて思っています。
働くことをためらわせる
今日の山陰中央新報の明窓に、「専業主婦のリスク」という主題で、働くリスクと専業主婦のリスクについて、親しくしていた女性記者さんが書いていました。
「仕事が面倒だから専業主婦になりたい」という若い知人の言葉をきっかけにコラムを書いているんですが、働くことをためらわせる社会をつくった現役世代の一員として反省したい、と結んでいます。
よ~くわかるんですね、ただ、些細なことですが“働くことをためらわせる”というところに引っかかるんです。
そもそも、今の社会は、お金を稼ぐことが“働くこと”の前提になっているんですよね。
コラムに登場する「れんげ荘」の主人公キョウコは、広告代理店を早期退職し無職の気ままな生活をしているらしいのですが、果たして働いていないのか?一生働くことはないのか?
本を読んでいないのであれこれ言うことはないのですが、働くことって多様でいいじゃん!
思いやりをベースに働くことが再定義できたら
僕の場合は、全くお金には無縁の百姓見習いなんですが、百姓見習いって立派に働いていると思うし、好きでやっているボランティアだってもっと立派に働いていることかなあと。
何かの本で読んだインカ帝国には通貨はなく、自分で作って余ったものを道路に出しておき、必要な人が持って帰って使う。それで人々の暮らしが成り立っていたと書かれていました。
自分の提供できるもので人々が支え合う社会って、人への思いやりがベースとなるとても精神性の高い社会だと思うんです。そんな視点で働くことが再定義できる社会って、良さげだと思うのですが。
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