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第43代紫組要領次第

開成高校第43代紫組要領次第係のホームページ。

地震の雑感

2011-03-13 16:38:09 | Weblog
本当に被災後の水戸のコンビニはすごかった。停電していて真っ暗になっていても、割り込まない。ちゃんと並ぶ。お金を支払う。おつりを丁寧に計算して支払う店員。外国で暮らしたことがあると分かるだろうけど、こんなの日本でしかありえない。日本人素晴らしい。

あと、交通。信号が完全に機能していない、大きな交差店で、警官もだれも真ん中にいるわけでもないのに、整然と右折左折などを繰り広げる日本人。6時間近く信号のない場所を走ってきたし、街頭も建物の光も完全にないから夜になって真っ暗になってしまったけど、それでも一回のクラクションを聞かなかった。パリとか信号があってもブーブークラクション鳴らしてけんかしてるのにな。日本人素晴らしい。

地震後何度かやり取りしているボリビアンの友人(女子)からLet me know if you need anything.ってメールが来たから、I need you hug. I need human body warmth. :) って返信しておいた。変態だと思われなかっただろうか。ニッポンジン、ヘンターイ。

民放のマスコミはひどい。間違った情報で差別とか人殺しが起こった関東大震災の教訓をぜんぜん学んでいない。エンターテイメント程度に考えてるんだろうね。本当に怖い目に合っていないと他人事なんだよ、結局。残念だけど。おれも水戸から埼玉に帰ってきて周りの人と話していてそう思う。まあ自分も分からないところもあるんだろうけど。とりあえず自分が楽しく生活することから回復していきたい。

大自然の唸りを経験していないと気楽でいいなあ。父がいろいろリスク管理だとか、意思決定だとかえらそーなこと言っているけど、あの音を聞いた僕は、あの時、「うわーやべー」とか「うわー死ぬー」とかそういうレベルじゃなくて、「あ、全部終わる音だ」って思った。大自然が一瞬で人の命を握りつぶすってことを本能が教えてくれた。人間も科学もまだまだ微力なんだな。近似したらゼロ、というレベルで。

とりあえず日常に戻ることが大切。被災報道は疲れるからテレビ見ない。ネットニュースもみない。こっからはどんどん妄想を書き散らかしていきます。

A note on THE earthquakeS

2011-03-12 16:35:55 | Weblog
(This note is based on my observations and experieces in Mito, Ibaraki, where the seismic level of tremor was higher than that of Tokyo, but less than that of Miyagi, the most severely affected area.)

Thanks All!

I am very very happy to receive your kind messages!
I am fine and heard no relative or friends were injured in the event.

When the quake attack us, I was in a district, where the tremor intensity was very high.
Although I am accustomed to usual levels of earthquakes,
this was a special one and this was my first time that I was truly frightened by an earthquake.
Actually this was the biggest earthquake - in terms of maginitude, the seizmic size of the quake- since 1867.

Just before the original attack of the quake,
I heard a very low, long and strange sound, growling-like sound, of the earth
and the sound made me and people surrounding me terrified.
Our instincts surely told us that something very bad was to come.
You may find this a little bit exagerated, but I truly felt that the planet was about to split in two or that I was facing a "doomsday."

And then, the quake came.
Brick walls fell down and window glasses were broken and scatterd on the streets.
Actually the soil under me was cracking.
Fortunately, nobody around me was injured.

(Well this was not "an" earthquake.
Even for the strongest ones, I felts that there were three attacks at that time.)

I drove my home, it took 9 hours (usually it takes 1.5hours),
and now I am back in my home and this province is rather safe.
Almost no damage is reported in my province.

A big earthquake is followed by a series of smaller quakes.
Even now we are having smaller quakes.
There are smaller than the original ones, but still strong enough to unease us.

Anyway, I am very fine and am going to get started doing my academics stuffs.
I will do my part-time job in Red Cross tomorrow with an will to contribute people affected by this event.
As we are facing difficulty, my motivation for the parttime job is bigger than my usual motivation! :)

Thank for your worrying.

Sincerely yours,

Gyo UCHIDA

P.S.There were lots of good things to notice during the disaster.
While I drove home yesterday during the dark night,
trafic lights were not working because of the blackout.
Nevertheless, all drivers on the road were quite disciplined and succussfully do their right-turns and left-turns even in busy intersections.
Many people were using grocery shops with calmness and prepared for the post-quake life.
It was a little bit funny, if I am allowed to use this word, to see that they made queues (as Japaneses always love to do so:)) and shop clerks were doing their business
as if there happened nothing although they faced terrifying quakes and were still in the midst of the disaster.
Their attitudes were so reassuring for me,
and I learned that we are coping with the event collectively.

邂逅と別離

2011-02-24 23:10:00 | Weblog
などと大仰なタイトルをつけてみたが
要するに、出会いと別れの話。

といっても、もう寝る時間なのであまり長く書けない。

別れるというのはつらいなあと、
まあそういうことですわ。

感謝も謝罪もしっかりできないまま終わってしまうというのは
良くない。
人としてよくない。

反省した。

その点をぼそっとつぶやいた。
「とてもとても悪いことをした、と気付いたが、その人にもう直接謝れない場合は、どうしたらいいのだろうか。まじめな話。」
と。

そうしたらこう答えてきた人がいた。
「あの世の存在を信じて一生忘れないであの世で謝る。」

うん。
そうしよう。
忘れないようにしよう。

三途の川のあたりでは
人は喉が渇くらしい。
そして、そこには、スープを作っている人がいるらしい。
それを飲むと前世の記憶がなくなってしまうらしい。
そんな話を聞いたことがある。

それを飲まないようにしよう。
もしかすると相手が飲んでるかもしれないけれど。

謝って、感謝する。

と思ったら、
なんだかすっきりした。

涙をたくさん流したら、
不思議と元気が湧いてきた。

さあ、第3ステージ。

(ついでと言っちゃなんだが、直太郎の歌はいいね。
彼のある歌を聴いてから、今回の文章を書いてみました。
文章は、やわらかい、パステルな感じに仕上げたつもり。
次回は硬めで書きたい。)

PS.そういえば、感謝も謝罪も「謝」の字を使うんだな。なぜだろう。今度調べてみるか。それにしても、最近全然書いていなかったらアクセス数がかなり減ってる。これはいかんな。

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2011-02-03 14:59:06 | Weblog
どれぐらいの人が気付いているのだろうか。

水とお湯、注ぐ時の音が違うということに。

僕は昔から気付いていた。当たり前のように。

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家でお湯を注ぐ時に、これ水の音と違うんだよね、おもしろいね、って
たまに言うこともあったけど
だれも理解しなかった。

主張したとしても「へえ」とか「ふーん」どまりだからあまり言わなかった。
家の外では、そもそもそんな話しをする機会もないし、
もしかすると自分の勘違いかもしれないと無意識に遠慮していたのかもしれない。
特に悩むこともなく普通に生活していた。(←当たり前)


今日こんな話を聞いた。
家族が仕事の関係で聞いてきた
信頼できる情報である。

有名ドらマの中で主人公が紅茶を入れるシーンがある。
そのシーンはドラマの中に頻繁に登場する。
きっと皆さんも一度ぐらいは見たことのあるドラマだと思う。
題名は書かないけど。

僕は見ていなかったけど、そのシーンに対して、
目が悪い人から、あれはお湯じゃない、という指摘が入ったらしい。
そうしてその指摘以後、番組のそのシーンにちょっとした変化があったらしい。

それまでは紅茶を入れて飲んでいた(水だからすぐ飲めた)のが、
飲まなくなったのだ(本物のお湯を使うから熱くて俳優さんが飲めなくなった)。


目が悪い人、というか見えない人は
水を注ぐ音とお湯を注ぐ音を聞き分けるらしい。

いや、これは聞き分けるとかいうレベルではなくて、
生活に直接影響する、当たり前の情報なのだ。
きっと。

僕もそのレベルじゃないけど、とりあえず聞き分けられる。
僕の感覚が正しいことが証明された。

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いや、だからなんだって話しなんですけどね。
そもそも、お湯と水の注ぐ時の音の違いぐらいは結構みんな気付いているんですかね。
「周りはこのことに気付いていないに違いない、おれすごい(ドヤッ)」て思いながら
ここで日記を書くこと自体が自分の勘違いだったりしてな。

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見えない世界。
気付かない世界。

そういうものはそこに必ずある。

それが見えている人、
それに気付いている人、
その情報で生活をしている人、
そういう人も沢山いる。

自分では当たり前だと思っていることが
他人からすると何でそんなものを気にするんだろう、
なんてことはよくあることだと思う。

逆もそうだ。
自分がどうでもいいとおもっていることに
命がかかっている人もいる。

そういう見えない世界について気付かされた時、
拒絶するか、想像力を働かさせることが出来るか、
そこにその人が新しい世界に触れることが出来るかどうかの
境目がある。
他者とのコミュニケーションでの大切な要素だと思う。

優しい世の中というのはそういう部分が大切なのである。
自分が見えるもの、
自分で証明できるもの、
それだけを信じて突っ走ることは、
社会として危ないんじゃないか。

(別に新しい世界に触れなくてもいいんですけどね。いや、ほんとに。その辺はコスパを考えつつってことでww)

エネルギーはいつだって目の前にある。

2011-01-29 13:53:31 | Weblog
庭の梅にメジロがやってきた。緑と白のコントラストに感動した。そういえば自分も自然の一部なんだなあ、とぼんやりと思った。


梅はまだ固い蕾にくるまれていた。でも近寄って見てみると、蕾の合間から少しずつ鮮やかな色を見せつつある。ぐっと押し出すような、大地の圧力を感じた。


一見変化がないようでも、自然は着実に変化している。その奥にある猛烈なエネルギーを垣間見る。決して動かしえない潮の流れのやふなそのエネルギーに、ただただ圧倒される。


冬はさむい。

しかし、次に進む熱さを鋭く感じるには、冬が一番なのではないか。


よい週末をお過ごしください。

飽和なんちゃら圧

2011-01-21 14:21:28 | Weblog
ビーカーに水を張る。絵の具をぽとりとたらす。水底に鮮やかに居座る絵の具の滴。ゆっくりと溶けだして、終いには、消えてなくなる。水はごくわずかだけ、その色に染まる。だれも気づかない程度に。美しいけど残らない。人生、アンバウンデッド。飽和なんちゃら圧。

南天の味。

2011-01-16 17:33:23 | Weblog
鳥がやってきた。南天の実を食べている。

まず、ついばむ。

つまり、枝から一粒丁寧に取る。

上くちばしと下くちばしの間に赤い実が鮮やかに見える。

そのあとに、口の中に落とし込む。


かならず一旦くちばしではさむのである。


人間でいうと、箸で食べ物を運んでくるプロセスなんだろう。

手がないから、くちばしが箸の役割なんだなあと思う。



毎冬見る光景である。