第43代紫組要領次第

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2011-02-03 14:59:06 | Weblog
どれぐらいの人が気付いているのだろうか。

水とお湯、注ぐ時の音が違うということに。

僕は昔から気付いていた。当たり前のように。

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家でお湯を注ぐ時に、これ水の音と違うんだよね、おもしろいね、って
たまに言うこともあったけど
だれも理解しなかった。

主張したとしても「へえ」とか「ふーん」どまりだからあまり言わなかった。
家の外では、そもそもそんな話しをする機会もないし、
もしかすると自分の勘違いかもしれないと無意識に遠慮していたのかもしれない。
特に悩むこともなく普通に生活していた。(←当たり前)


今日こんな話を聞いた。
家族が仕事の関係で聞いてきた
信頼できる情報である。

有名ドらマの中で主人公が紅茶を入れるシーンがある。
そのシーンはドラマの中に頻繁に登場する。
きっと皆さんも一度ぐらいは見たことのあるドラマだと思う。
題名は書かないけど。

僕は見ていなかったけど、そのシーンに対して、
目が悪い人から、あれはお湯じゃない、という指摘が入ったらしい。
そうしてその指摘以後、番組のそのシーンにちょっとした変化があったらしい。

それまでは紅茶を入れて飲んでいた(水だからすぐ飲めた)のが、
飲まなくなったのだ(本物のお湯を使うから熱くて俳優さんが飲めなくなった)。


目が悪い人、というか見えない人は
水を注ぐ音とお湯を注ぐ音を聞き分けるらしい。

いや、これは聞き分けるとかいうレベルではなくて、
生活に直接影響する、当たり前の情報なのだ。
きっと。

僕もそのレベルじゃないけど、とりあえず聞き分けられる。
僕の感覚が正しいことが証明された。

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いや、だからなんだって話しなんですけどね。
そもそも、お湯と水の注ぐ時の音の違いぐらいは結構みんな気付いているんですかね。
「周りはこのことに気付いていないに違いない、おれすごい(ドヤッ)」て思いながら
ここで日記を書くこと自体が自分の勘違いだったりしてな。

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見えない世界。
気付かない世界。

そういうものはそこに必ずある。

それが見えている人、
それに気付いている人、
その情報で生活をしている人、
そういう人も沢山いる。

自分では当たり前だと思っていることが
他人からすると何でそんなものを気にするんだろう、
なんてことはよくあることだと思う。

逆もそうだ。
自分がどうでもいいとおもっていることに
命がかかっている人もいる。

そういう見えない世界について気付かされた時、
拒絶するか、想像力を働かさせることが出来るか、
そこにその人が新しい世界に触れることが出来るかどうかの
境目がある。
他者とのコミュニケーションでの大切な要素だと思う。

優しい世の中というのはそういう部分が大切なのである。
自分が見えるもの、
自分で証明できるもの、
それだけを信じて突っ走ることは、
社会として危ないんじゃないか。

(別に新しい世界に触れなくてもいいんですけどね。いや、ほんとに。その辺はコスパを考えつつってことでww)

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