きつねの戯言

銀狐です。不定期で趣味の小説・楽描きイラストなど描いています。日常垢「次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活」ではエッセイも。

銀狐通信

2014-11-16 17:30:08 | 日記
時空城へようこそ。

この迷宮の案内人・銀狐です。

経過報告と告知をさせていただきます。

不定期連載ブログ小説最新作の最終章「卵(らん)―神の理(ことわり)に背きしもの―3」11167字完成・投稿しました。

改めてあとがき解説は投稿する予定ですが、とりあえずは完成のご報告を。

現実世界では11月も後半に入り公私ともに忙しい時期となって参りました。

今作品が年内最後となるかどうかはまだわかりませんが、例え執筆を開始したとしても越年する可能性も多々あります。

今回は最終章の原稿入力中にアクシデントが発生して完成が1日遅れましたが、怪我の功名というか、ラストシーンは完全に流れで書き加えたものなのになかなかいい感じで仕上がったではないかと自画自賛しております。

恒例のあとがき解説とボツ挿絵公開は近日投稿予定です。

よろしければまた時空城へお越し下さい。

あなたを摩訶不思議な異世界の旅へとご案内致します。

またのお越しを心よりお待ち申し上げております。
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卵(らん)―神の理(ことわり)に背きしもの―3

2014-11-16 17:09:22 | 日記
[前章までのあらすじ]流星雨の夜に飛来した蟲(むし)のような姿の惑星外生物が女性科学者カザリン・牟田(むた)博士を捕食し、融合・同化した彼女の肉体(からだ)で男性科学者喜多條(きたじょう)博士を誘惑して、誕生した新種の雄の仔をヒトとの交配により増殖させて、この惑星(ほし)を我がものにせんと企んでいることを知ったカザリンの一人息子・望(のぞみ)は母の仇・ケイトとその仔を葬り去るべく独りで彼らに戦いを挑むことを決意する。

 月の無い朔(さく)の夜、賑やかな街の灯りに背を向けて、研究所が存在する大河(かわ)の中州の孤島(しま)へと続く一本橋の袂(たもと)の側道を歩く一つの人影。
人家も疎(まば)らなその道は世の中から忘れ去られたように人も車も殆ど通らず、街燈も切れかかって月の光もないこんな夜には普段より一層寂しく暗かった。
その闇の中で仄白く浮き上がる人影は儚げでこの世のものとは思えないくらい神々しく美しい銀髪の青年、望。
惑星外生物に捕食されて非業の最期を遂げた今は亡きカザリン・牟田博士の忘れ形見である。
そして望は今その母の肉体を奪ったケイトという女とその仔が潜んでいる喜多條博士の自宅へと向かっていた。
母の失踪の報告と事情聴取のために訪ねて来た人の好い研究所長がいろいろと情報を与えてくれたし、ケイトと融合・同化した母の細胞と望の細胞は共鳴していたから、細胞内に遺された母の残留思念が望を導き、本当にこんな所に人が住んでいるのかと疑いたくなるような喜多條の家にも迷うことなく辿り着けた。
近付くにつれ妖気というのかただならぬ気配が漂い、空気までがどんよりと濁り重苦しく澱(よど)んで、生臭く饐(す)えたような何とも言えない異臭が立ち込めている。
 
 首尾よく敵を仕留められたとしても、もしもその場を誰かに見咎(みとが)められたら、あの母そっくりのケイトという女が人間(ひと)の皮を被った怪物だなどと言っても信じてもらえるはずもなく、面倒なことにななりかねないところだが、幸いここなら何も知らぬ他の人間には気取られる心配もなさそうだ。
 時は来た。もう後へは退けない。他の誰にもできないからこそ今まで生かされて来た生命(いのち)なのだから。望がケイトを感じるのと同様にケイトも又望を感じているはずだ。

 望はドアのノブに手をかけた。鍵はかかっていない。警戒しながら慎重にドアを開けるとエントランスに続くリビングルームの絨緞が血で真っ赤に染まっていた。あちこちに「喜多條だったもの」、正確には「喜多條の残骸らしきもの」が散乱していて靴や鞄、衣服の切れ端、眼鏡、そして携帯端末等が床のあちこちに散らばっていた。

 奥のベッドルームの方から何物かが近づいてくる気配がする。
ゆるやかなウェーブのかかった血のように赤い色の髪とギラギラと異様に光る黄金(きん)色の瞳以外は母・カザリンそっくりな女。
望は思わず総毛立ち、身震いした。細胞の1つ1つが共鳴している。
間違いない。この女がケイト。母の肉体を奪った化物。
「汝(うぬ)があのカザリンという雌の子か。なるほどあの雌にそっくりだな。母の仇討ちなどと片腹痛いわ。汝もこの用済みになった喜多條という雄同様に妾(わらわ)と仔の餌になるがよい!」
 ケイトは見る見るうちに8本の黒い肢(あし)の生えた蟲のような異形の姿に変化した。これこそがケイトの正体なのだろう。
大きな顎から生えた4本の鋭い牙を剥き出した蟲が望に襲い掛かり首筋に噛み付いても望は何事もなかったように平然としていて、逆に返り血を浴びた蟲の方が金縛りにあったように動きを止め、ギラギラ光る黄金色の4つの眼で望を睨みつけながら苦しそうに言った。
「…汝…は…何者…だ?…ヒト…では…ない…のか?」
望は口角を歪め皮肉な微笑のようにも見える表情を浮かべた。まさに捕食されんとする瞬間のカザリンと同じように。
「この体はただの器だからだよ。僕は人間の姿に似せて人間の創(つく)りし人間に非(あら)ざるもの。本来この世に存在するはずのない、有り得ベからざるもの。
人間の革新を夢見て神の領域に踏み込もうとした人間の勇み足を戒めるように僕と同じようにして生まれたものは皆闇へと葬られた。
僕は人間の最後の『望み』。パンドラの匣(はこ)の底に残った『希望』。僕だけが授かった偶然の賜物は神が人間に与えた給うた最後の救済。
僕はその器となるためだけにまがいものの肉体に生命を与えられ、今まで生かされて来たんだ。」
「…う…ぐっ…。」
蟲は苦しみだし肢を折って床の上に崩れ落ち、ぴくぴくと体を痙攣させた。言葉にならない呻(うめ)き声も次第に弱まり、終には声を上げることさえ出来なくなった。蟲はもう自らの体の形状を維持することすら出来なくなったのか、どろどろと融けだし、かつてカザリンであった肉体の残渣が無残な肉塊として残された。

 望は喜多條の家のガレージに行き、車からガソリンを抜き取って床に撒き外からガレージの入口にライターを投げ込んで火を着けると出来るだけ遠くに離れて物陰に身を潜めた。爆発音と共にもくもくと黒煙が上がり、あっという間に家全体がガレージから燃え広がった炎に包まれた。
 これで全て終わる、と望は思った。あの家の中に居るはずの生まれて間もない新種の仔も、融けて崩れたケイトの痕跡と喜多條の肉体の残渣と共に燃え尽きてしまうはずだ、と。

 燃え落ちる家の中から小さな黒い影が現れ、望に向かって真っすぐに歩み寄って来る。
ゆるくウェーブのかかった紫色の髪にギラギラと異様に光る黄金色の瞳の少年の顔はケイトにそっくりだった。燃え盛る炎に脅える様子もなく、不敵な笑みさえ浮かべて全裸の少年は望の前で立ち止まった。
 「俺の大切な母を殺したのはあなたですね。俺は女王・ケイトの仔、カイ。同じ肉体から生まれたあなたの弟ですよ。
『カイ』とは、この惑星の新しい世界の『魁(さきがけ)』であり、ヒトの世を破『壊』するもの。
ヒトにとっては『怪』物であり、我等ヴェスパの民にとっては。『解(こたえ)』。
あなた同様、同属と母親の『傀』儡(かいらい=操り人形)かも知れない。
あなたにとって俺の母が仇なら、俺にとってはあなたが母の仇だけど、今はもうそんな私怨はどうでもいい。あなただってそうでしょう?
互いに同属の未来を担いその世界が相容れないものである以上、二つの種属が手に手を携えて共存共栄することは不可能だ。
 つまりそれは俺とあなたのどちらか一方しか生き残れないということだ。
俺が残ればヒトの未来はないし、あなたが残れば我等ヴェスパの民は滅びるしかない。
だから俺はあなたに負ける訳にはいかない。同属の存亡は今や全て俺の手に託されたのだから。
我等ヴェスパの民は遠い祖先からずっと戦争や天災、疫病などで絶滅の危機に瀕する度に、何度も新天地を求めて幼い次の女王を一人宇宙へと飛び立たせ、漂流して辿り着いた別の惑星の高等生物の雌と融合・同化して新種の仔を産み、その仔が成長して生殖可能となればまた仔を作り、進化しつつ同属を増やして、その惑星を新しい故郷にしてきた。誰であろうとその邪魔をする者は全て殺す。
 母さんは自分に万が一のことがあっても俺の身だけは絶対に護ろうとしてベッドルームに鍵をかけて俺を閉じ込めたけど、あなたがあの家ごと燃やしてくれたおかげで俺はこうして自由になれたよ。
 明日には俺の生殖の機能も成熟する。
そうしたら出来るだけたくさんのヒトの雌に仔を産ませ、母さんの遺志を継いでこの惑星の新しい世界の王になるんだ。
そのためには邪魔なあなたを殺しておかなきゃならない。
でも、あなたはどうやら一筋縄では行かなさそうだね。どうやって母さんを殺したのか知らないけど、あなたは他のヒトとは違うみたいだ。
喜多條という雄の思考や感情は苦も無く読めたのに、あなたはまるで読めない。
俺にとってはあなたの方が余程得体が知れない不気味な怪物だよ。」
「空っぽだからだよ。僕はただの器だから。」
望が無表情でそう答えると、カイはギラギラ光る黄金色の瞳で望を睨みつけて憎々しげに言った。
「…いらいらするなあ、あんた。」
カイは見る見る蟲の姿に変化した。ケイトと違って8本の肢の先には鋭い爪が生えている。仔を産むための雌の体と違って、雄は敵と闘うのに相応(ふさわ)しい体の構造になっているのだろう。
「もうこれ以上澄ました面をしていられないように、あんたの体をずたずたに切り刻んでやるっ!」
カイはそう叫びながら長い肢を子供が駄々をこねるようにぶんぶん振り回して望に襲い掛かったが、望はケイトの時と同じように少し口角を歪めて皮肉な微笑のようにも見える表情を浮かべたまま黙ってじっと立っていた。
カイが体を支える2本以外の6本の肢の爪で縦横無尽に切りつけた望の体から血飛沫(ちしぶき)が迸(ほとばし)り出て、望の返り血を浴びたカイの体は硬直した。
(!?)
望は血まみれの体で自分よりも大きなカイの体をぎゅっと抱き締めた。
「何をっ…す…る…。」
カイの体は最早蟲の姿ではなく先程の少年の姿に戻っていた。
「僕は僕のなすべきことをしているだけ。僕はこの時のためにだけ生かされて来たただの器だから。」

 望には父親がない。それは母・カザリンがシングルマザーであったという意味ではなく、最初から存在しないのだ。
望はカザリンが自らの卵子を用いて生み出した人造人間だったからだ。
 かつてカザリンは無から有を生み出すという錬金術のような研究をしていた父親・牟田博士に協力していた。二人は本来子供が生まれるはずのない無精卵から生命体を生み出す技術を研究中、人間の卵子のみからクローンなどではなく、卵子提供者とは別個の完全な人間を作り上げる技術の開発過程で何体かの人造人間の生成に成功したものの、全て性別がなくて次世代を産むための生殖能力がなかったため、一世代限りで終わるのでは意味がないと処分され、闇に葬られた。
 卵子だけで完全な人間が作れれば女性は男性の存在を必要とすることなく自分の遺伝子を受け継ぐ子供を持つことができる。
卵子のみから作った子供を、カザリンがそうだったように父の開発した人工子宮で育てれば、家庭や家族の呪縛に囚われることなく、女性は自分の仕事を続けることも子供を持つこともどちらも諦めなくていい。
きっとそれは働く女性にとって福音となるに違いないとカザリンは信じて疑わなかった。
 そんな中で偶然ある個体が新種のウイルスの宿主であることがわかった。それが望だったのである。
望が体内に保有する新種のウイルスは、正常な人間の細胞には一切影響を与えることなく、変異した細胞だけを攻撃して死滅させ、体液により標的に感染するものだった。このウイルスを利用すれば悪性腫瘍治療の特効薬等の研究開発に使えるかも知れない。
 研究の副産物として偶然獲得した新種のウイルスは生きた人間の体の中でしか生存できないため、宿主である望が死ねばウイルスも失われる。本来の研究目的からすれば失敗作でしかなく他の個体同様処分されるべき望はウイルスを保持するための器としてのみ生存を許されることとなった。
カザリンはウイルスを保有する個体を望と名付け、カザリンの研究のテーマでもあった『卵子のみからでも異性である男児の誕生が可能になる』という捨てがたい夢の名残から性別のない望を『息子』として育てた。
 望は母に愛されたいと願ったが、愛のない家庭に生まれ育ったカザリンは女であり母である前に科学者であった。それでも母に顧みてもらえない寂しさを押し殺し望は母を愛していた。
 カザリン自身も父の精子と母の卵子から人工授精によって作られ、母の胎内ではなく父の開発した人工子宮の中で育(はぐく)まれて、生まれて来ても両親に愛されることはなかった。父には研究材料として生み出され、研究の協力者・継承者になるべく期待されただけで娘としては見てもらえなかったし、母には愛されないどころか興味も関心も持ってはもらえず、カザリンは自分が母の眼だけには映らない透明人間であるかのようにさえ感じられた。
他人には美しく賢い娘だともてはやされても父も母もカザリンには心や魂を必要とはしなかった。
 私はただの人形だ、人形には心なんて必要ない、愛を乞うても決して満たされることはないと諦め、娘として愛されなくてもいい、せめて研究者として自分の存在を父に認めてもらいたいと願い、カザリンは研究に夢中になってさえいれば他のことは考えなくて済むからと研究に没頭した。
 最初は人造人間を実験動物と同じようにしか見られなかったために平然と処分してきたカザリンだったが、望を育てるうちに、まがいものの肉体に宿った生命、新種ウイルスの器としか思っていなかった望にも心があることに気づかされた。懸命に母を求め、生きようとする幼い生命。もしかしたら他の個体も処分せずにいたら皆こんな風にして育っていたのかも知れない。不器用なカザリンは自分の心の中に芽生えた感情をうまく表現できなかったが、次第に母性に目覚め、子供を、望を、愛おしいと思うようになった。
 最早カザリンは心を持たない人形ではなかった。望もまた肉体は不完全でもれっきとした心を持つ一人の人間だった。
それに気づいた時カザリンは思った。
肉体はただの器。どんな風に生まれ、どんな風に育とうと大切なのは『心と魂』。
肉体は心と魂を現世に留まらせておくための器でしかない。
 カザリンは新種のウイルスを人体の外で培養できるようにして望を宿命(さだめ)から解き放ち、普通の子供のように自由な人生を歩ませてやりたいと思い、あと少しでその技術開発に成功しそうなところまで来ていて、必死に研究を重ねていた。
忙しくて望に寂しい思いをさせているのはわかっていたが、この研究は全て望のためになることだからと心を鬼にして打ち込んできた。
 そんな母の思いを望は知らなかった。
母の研究の邪魔をしないようにと気遣い、いつか自らの献身を以てこの世に生み出してくれた母の恩に報いようと思ってきた。互いに愛し合うが故にすれ違う不器用な母子。そういうところがまさにそっくりだった。

望とカイ。
共に人間の形をした人間に非ざるもの同士の、それぞれの母のための、それぞれの種の存続のための闘い。
惑星外生物と融合した細胞は正常な人間の細胞ではないから、望の体液に接触すればその体内に保有するウイルスに感染し、ウイルスは異常細胞と見做して攻撃し死滅させる。
ケイトとカイを死に至らしめるために大量に失血した望だったが、いつかこんな時が来ることを望は予感していた。
望は、カザリンが今は望の保有するウイルスを疾病治療に役立てるために人体外での培養法を研究していたとしても、かつては望たちのような人造人間を創ろうとして禁断の領域に踏み込み、万物の創造主である神をも畏れぬ所業に手を出した驕れる人類には、いつかきっと神の理に背いた天罰が下る日が来ると思っていたので、もしもその贖(あがな)いとして自分の身を以て人類を救えるのならばいつでも自らの生命を捧げるつもりでいた。望の存在は寧ろ心無い人物がその秘密を知れば両刃の剣となりかねない危険性を孕んでいることを望自身も充分に理解していたので、ウイルスが変異して無効になることを防ぐためにも、出来るだけ他人との接触を避けてただ只管(ひたすら)器としての役割を堅持し続けてきた。

 最早カイの開ききった瞳孔は光を失い、時折ぴくっと体を震わせていた。
(…ごめんね。もっと生きたかったろうに…。)
望はたった1日限りの短い生命を今にも散らせようとしているカイに、生まれてすぐに処分された同胞(はらから)を重ね合わせていた。
 望は無表情なまま涙を流してカイに頬ずりをして静かに半開きのカイの唇に自らの唇を重ねると、カイの喉がごくりと音を立てて反射的に望の唾液を飲み込んだ。
 ヒトの卵子に蟲の遺伝子を融合させ、ヒトの精子を受精させて生まれた新種のカイはケイトよりは幾分ヒトに近いのか、最期まで少年の姿のまま絶命した。望はカイを抱き上げ、未だ勢いが衰えることなく燃え続けている家の方に向かってゆっくりと歩き出した。望は新種の仔・カイと共に自分自身もこの世から消し去るつもりだった。祖父と母の秘密を永遠に守り続けるために。
 大量の血液を失い、血圧が低下してともすれば気が遠くなりそうな望は今気力だけで何とか動いていた。もう何も見えないし、何も聞こえない。
(僕はこの世に存在すべきでないもの。神の理に背くもの。僕は自分に課せられた使命を果たしたんだ。
ケイトもカイもそれぞれが宿命に従い、ただ、種属の存続のためだけに使命を果たそうとしただけだった。
僕もまた宿命に従いヒトという種の存続のためには彼らを殺さざるを得なかっただけだ。
互いに相容れない二つの種はどちらか一方が滅びるしかない。
神は彼らを遣わして人間に警告を与えられたが、一方で人間に最後の希望を、僕という『望み』を残された。
この身を以て神の理に背きし祖父と母の罪を贖うのが僕の使命なら、神よ、愚かなる人間の驕りをどうか許し給え。)
望は祈りながら燃え盛る炎の中に消えた。

 喜多條博士の自宅は一晩かかって全焼した。
たまたま側道を通りかかった車のドライバーが立ち上る煙に気づいて通報したが、消防隊が到着した時は既に手の付けようもなく、完全に燃え尽きるまで見守る以外に術がなかったが、幸い周囲には延焼するような隣家などもなかったので、他に被害が及ぶ心配もなかったし、その家の主である喜多條博士は前日体調が悪いからと早めに研究所を去って自宅へ戻っていたはずだが、一人暮らしで家族も居ないし、生存者が存在すれば感知する探査機に生体反応はなかったので無理な消火は行わず燃えるに任せてそれ以上燃えるものがなくなって下火になるのを待つことにした。
 次第に炎の勢いが衰え自然に鎮火した後にはまだぷすぷすと煙を出して燻(くすぶ)る黒焦げの瓦礫(がれき)の山だけが残された。
放水しても激しい熱気で水蒸気が立ち上り、蒸せ返りそうな湿度が消防服にべっとりとまつわりついて来た。
 数多の火災現場を経験してきたベテランの消防士でさえ眉を顰(ひそ)める何とも言えない異臭。今までの現場で一度も嗅いだ記憶のないその生臭さに消防士たちは互いに顔を見合わせ、口々に言った。
「このえげつない臭いは一体何が燃えた臭いだろう?」
「この家の住人は変人の科学者らしいが、家の中に何か妙なものを隠していたんじゃあるまいな?」
実際に人間を含めた生き物の体が燃やされた時の臭いとは違うことを数々の悲惨な火災現場を経験してきた消防士たちは知っていた。
「蟲…。」
一人の若い消防士がぽつりと呟いた。それを耳にした別の消防士が怪訝(けげん)な顔をして訊き返した。
「蟲…だと?今、『蟲』と言ったのか?」
訊ねられた消防士は頷いて答えた。
「俺が昔住んでいた部屋によく害虫が出るんで燻煙罪で駆除したことがあったんだが、その後始末をしていたら、びっくりするくらいたくさんの小さな蟲の死骸があって、害虫はしぶといからそのまま捨てたら生き返るかも知れないし、成虫は死んでも雌の腹の中の卵はまだ生きているらしいから、死骸は焼かなきゃだめだと聞いて、気味が悪かったけど全部集めて燃やしたんだ。その時の臭いがちょうどこんな臭いだったような気がする。でも、もし蟲だとしたら、ここまで強い臭いだと余程でかいのが居たのか、大量の蟲でも飼っていたんだろうか…?」
そう言いながら想像してしまったのか彼は青ざめて気味悪そうにぶるっと身震いした。

 消火作業が終わった現場で検証が始まり、発見された遺灰のDNA鑑定が行われたが、何故か何度もエラーが発生して完全に個人を特定するには至らなかったものの、連絡の取れない喜多條博士と、行方が分からないままの牟田博士のDNAである可能性も完全に否定できないという結論が出た。
 以前から喜多條博士が牟田博士に対して一方的に好意を持っていたらしいことはわかっていたので、喜多條博士が故意にセキュリティシステムを停止させたか、或いは偶然に起こった事故を利用して牟田博士を襲い、抵抗されたため逆上して殺害してしまい、発見されるのを怖れて遺体を自宅へ運んで隠したのだ、という仮説も浮上したが、喜多條博士にとっては専門外であるシステムを一時停止し翌朝自然に回復するように操作できる知識も技術も持っていなかっただろうし、偶然にも喜多條博士と牟田博士の二人だけが研究所に残っている時に突然タイミングよくシステムが故障し、更にそれを知った喜多條博士がその事故を利用することを思いついたというのはあまりにも出来過ぎた話だった。
 つまるところ当事者二人が既に死亡している可能性が極めて高い以上、真相は永遠に闇の中ということなるのだろう。

 所長は喜多條博士の自宅の火災現場で発見された遺灰のDNAが牟田博士のものである可能性があるという報告を受けて再び望を訪ねたが、インターホンから聞こえてきたのはメイドアンドロイドの合成音声だった。
「牟田望様ト、オッシャル方ハ、ココニハ、イラッシャイマセン。ナニー、ハ、牟田望様トイウ、オ名前ヲ、存知上ゲマセン。オ引キ取リ下サイ。」
「そんなはずはないだろう?私が訪ねて来た時には確かに彼はここに住んでいて会って話をしたんだ。そうだ、ナニー、君が私にコーヒーを淹れてくれたじゃないか。覚えていないのか?」
「ナニー、ハ、初期化済ミ、デス。以前ノ、メモリー、ハ、消去サレテイマス。」
所長はメイドアンドロイドが故障しているだけだ、と思った。望があんな体で家を出て一人でどこかへ行くとは考えにくいから、もしかしたら望の身に何か異変があって応答できなかったのかも知れないが、きっと望は家の中に居るはずだと思った。
所長は望に異変があったら救急に通報しようと思いながら、開錠師を呼んでドアを開けさせた。
 ドアを開けた所長の眼に飛び込んできたものは生活感のないあの部屋。望は奥のドアの向こうに居るに違いない。
だが、奥のドアを開けても望の姿はどこにもなかった。
皺ひとつない真っ白なシーツがかけられた空のベッドがぽつんと一つあるだけの殺風景な空間だけが目の前に広がっていた。
所長は狐につままれたような気がした。
家の中にはどこにも生活の匂いがしない。ずっと前から空家であったかのようにがらんとしていて誰かが暮らしていたようには思えない。
この家を訪ねた記憶そのものがまるで夢でも見ていたかのようにあやふやに感じられた。
その時所長はドアから差し込む光に照らされて床の上できらりと光るものに目を止めた。
銀色の髪。美しい銀髪で紅い瞳を隠すように俯く望の面影が脳裏に浮かんだ。夢ではない。確かに望はここに居たのは間違いない。
しかし望の行方についての手掛かりは何もなかった。

 「ナニー、終(つい)に来るべき時が来たよ。今までありがとう。僕の最後のお願いを聞いてくれるね?」
「望様、いつかこんな日が来るとはわかっていましたが、できればずっとその日が来なければいいと思っておりました。勿論、ナニーの最後の御奉仕ですから望様の仰せに従います。」
望は初めて所長が訪ねて来たあとナニーに命じて家の中のものを全て処分させた。最初からここには誰も居なかったかのように完璧に全ての生活の痕跡を消すようにと。そしてそれが全て完了したら、ナニーを初期化するようにセットした。
「ごめんね。ナニー。今までずっと世話をしてくれた記憶も全部消してしまうけど。」
「望様。あなたもお役目を果たされたあとはご自分の始末をつけるおつもりなのでしょう?カザリン様も望様もいらっしゃらないこの世で、ナニーが一人でただあなた方の記憶だけを残していて何になりましょう。ナニーの作り物の体はただの器です。あなた方の知っているナニーは消えますが、この体は残って次の主に仕え、また別のナニーとして暮らして参ります。望様がお気に病まれることなどございません。」
「ありがとう。ナニー。そして、さようなら。」
「望様、見事御役目を果たされますようにご武運をお祈りいたします。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
そして望は喜多條の家へと向かい、ナニーは完璧に命令を遂行して初期化された。

 所長がこの数奇な事件を世間に広まらないように出来る限りの手を打ったので、関係者以外の者には詳しいことは殆ど知られずに済んだ。
関係者の間では暫くの間興味本位で話題に上り、いろいろな憶測が飛び交ったが、時間の経過と共に飽きられ、忘れられて行った。
美人の女性科学者が失踪したことも、変人の科学者が自宅の火災で焼死したことも、失踪した女性科学者の私生児が消息を絶ったことも今では誰も気にしていない。
 ヒトと蟲の二つの種の存続をかけて争いがあったことなど知る由もなく今日も人間たちはいつもと変わらぬ日常をのほほんと暮らしている。

 「望様…。」
「ナニー?何か言った?」
「イイエ、ワカリマセン。突然、消去済ミノ、メモリーガ、誤作動シタ、ヨウデス。」
行方不明の母子の家に残されたいわくつきのメイドアンドロイドだったことを知らない新しい主に仕えはじめたナニーが答えた。
「メイドアンドロイドにもフラッシュバックがあるのかしら?」
若い妻が可笑(おか)しそうに笑って夫に訊ねた。
「まれにあるらしいよ。初期化したらそれ以前のメモリーは全部消えるはずなんだけど、何故だか突然断片的に出て来る事があるらしい。基本プログラムは残っているからどこかに紛れ込むのかも知れないとか言うけど、原因はよくわからないらしい。アンドロイドは学習機能があるから長く使えば段々人間臭くなるらしいからね。前の家では家族同然に扱われていたのかも知れないよ。」
若い夫が妻の大きなお腹を優しくさすりながら答えた。
「そうなの。じゃあこのお腹の子の乳母をさせたら大きくなる頃にはすっかり人間らしくなっているかも知れないわね。」
「そのためにナニーが居るんじゃないか。」
妻はふと何か素晴らしいことを思いつたように瞳を輝かせて夫に言った。
「そうね。…ねえ、今ナニーが呟いた名前、いいと思わない?『望』だったら男の子でも女の子でも通用するわ。私たち家族の明るい未来と幸せな家庭を象徴しているみたい。」
「『望』か。いいね。じゃあ、君の名前は『望』にしよう。元気で生まれておいで。」
夫は妻のお腹の子に話し掛けるように答えた。
「よろしくね。望ちゃん。」
「待ち遠しいな。早く会いたいよ。望。」
若夫婦は愛おしそうに胎児に呼びかけた。
胎児は両親の愛情に応えるようにごろんと大きく動いた。

(おわり)
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銀狐通信

2014-11-16 01:42:14 | 日記
時空城へようこそ。

この迷宮の案内人・銀狐です。

経過報告させて頂きます。

前日までに入力していた「卵(らん)―神の理に背きしもの―3」4799字に今日約2時間かかって入力の続きをしていた草稿が操作ミスにより振出しに戻ってしまいました。

このまま続行する気力がなくなりましたので、明日仕切り直しで頑張ります。

消える直前に何文字になっていたか確認は取れていないのですが、かなり長くなっていましたので、字数によっては3章を2つに分ける必要があるかも知れません。

物語はほぼ終了直前まで下書きが出来ておりましてあとは最後をどう締めくくるかだけになっています。

現実世界の野暮用でかなり疲れているにもかかわらず作業するかどうか迷ったのに強行した天罰だと真摯に受け止めて今夜はゆっくり休んで明日中の完成を目指します。

完成まであと少し頑張りますので何卒宜しくお願い申し上げます。

よろしければまた時空城へお越し下さい。

あなたを摩訶不思議な異世界の旅へとご案内致します。

またのお越しを心より街申し上げております。
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11月15日(土)のつぶやき

2014-11-16 01:19:17 | 日記

【定期】日付変わったね。今日が素敵な日になりますように。


【定期】今日も元気で行ってらっしゃい。気を付けてね。


ただ抱きしめられたい、抱きしめたい。

それだけでいいの。

銀狐さんがリツイート | RT

11月15日の運勢をチェック♪

1位・・・おひつじ座
2位・・・いて座
3位・・・しし座

続きはコチラから⇒
uport.cocoloni.jp/content/29046 #i無料占い @imuryouranaiさんから

銀狐さんがリツイート | RT

【定期】古来傾城の美女に化けるという金眼白毛の九尾の妖狐。その女狐は今齢一万歳を超えたただの古狐。人見知りの狐は薬師を生業として世界の片隅でひっそりと生きている。構ってくれたら懐きます。ほぼ100%フォロバしますが反応遅いかも知れません。


【定期】若い男性の身体の造形ってどうしてこうも美しいのだろう。溜息が漏れるくらい綺麗だと思う。(イケメン限定)という変態大人腐女子。人見知りでコミュ障ですが仲良くして下さい。タメOK。個別リプ出来ないことが多いですがほぼ100%フォロバします。


【定期】ブログ「銀狐の時空城迷宮」bloggoo.ne.jp/nonchromatic/ ほぼ挿絵つき自作ライトノベルと落描きイラストギャラリー他不定期連載中。どうぞよしなに~。m(_ _)m


旅の恥はかき捨て+人生は旅=人生の恥はかき捨て!!!

銀狐さんがリツイート | RT

むっつりスケベランキング

1位:O型
2位:A型
3位:AB型
4位:B型

O型は普段は真面目で優等生タイプ
でも、性に対しては貪欲で努力を惜しまないみたい(*´ω`*)

cocoloni.jp/love/koiura/48… @cocoloni_portal

銀狐さんがリツイート | RT

日本語「この度は、大変ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。ご無礼のありました段、重ねて謹んでお詫び申し上げます。今後このようなことのありませんよう誠心誠意努力して参りますので、これからもご贔屓賜りますよう重ねて宜しくお願い申し上げます。」 英語「I’m sorry.」

銀狐さんがリツイート | RT

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【定期】ブログで自作小説不定期連載中。たまに落描きギャラリーも載せてます。妄想癖のある変態です。フォローされたらほぼ100%フォロバしますがなかなか個々のリプ出来なくて失礼しています。こんな奴でも許してくれる優しいフォロワーさんたちありがとう。


齢一万歳を超える金眼白毛の九尾の妖狐。世を忍ぶ仮の姿は薬師。異世界への旅へと誘う時空城の案内人・銀狐。中二病を拗らした妄想癖のある妖が嫌いではないと言って下さる方はどうか仲良くしてやって下さい。…という定期。


さらさらと風に揺れるストレートの少し長い前髪の間から覗く切れ長つり目。色白短身痩躯の君の華奢な前腕、綺麗な指先。あぁ、君は何て美しいのだろう。いつまでも君だけを見つめていたい…という定期。


【定期】妖狐の森から来ました銀狐といいます。動物みたいな名前ですが、一応人間です。よろしくお願いします。


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【定期】年上年下関係なくタメでOK。人見知りですが仲良くしてくれたら懐きます。フォローされたらほぼ100%フォロバしますが個別のリプはなかなか出来ないかも知れません。夜行性なので反応遅いかも知れませんがご容赦願います。


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