田原総一朗の政財界「ここだけの話」
仙谷VS小沢、そして鳩山首相の落ち着きの謎
鳩山内閣の支持率がどんどん落ちている。前回の本連載でも書いたが、最新の世論調査では時事通信が23.7%、朝日新聞が25%となった。30%を大きく切り、明らかに危険水域に入っている。
■政権に慣れていない民主党の慌てふためき
そして危険水域に入ったため、民主党議員たちが皆、ゆとりをなくしている。非常に慌てふためいている、と言ってもいい。
その一つの現象が仙谷由人国家戦略相の発言をめぐる動きである。
仙谷さんは4月16日、ある番組の収録で、鳩山由紀夫首相が夏の参議院選挙前に退陣した場合、「ダブル(選挙)で問う可能性が論理的にはある」と述べた。
政府・民主党内で波紋を広げたこの仙谷発言は、私は合理性があると考える。なぜか。それについて最初に述べる。
鳩山首相は普天間問題を5月末までに決着すると繰り返し言っているが、現在わけの分からない状態に陥っている。このままいけば確実に支持率はさらに下がるだろう。仮に20%を切ることになったら、「鳩山内閣は信用できない」と国民が判断し見捨てることになる。
自民党政権時代は、支持率が落ちてくると必ず総理大臣を代えた。総理大臣を代えることで難局を切り抜けてきた。
ところが、初めて政権を取った民主党は政権運営に慣れていないため、どうしたらいいかわからない。鳩山さんを代えようという声も党内から出てこない。
このまま突き進めば、行き着く先は二つしかない。鳩山さんが辞めるか、あるいは衆議院の解散だ。
もし鳩山さんが辞める場合は当然、平野博文官房長官も共同責任を取って辞めなければならない。小沢一郎幹事長も辞めざるを得なくなる。
■仙谷氏のダブル選発言に反発した官房長官と幹事長
だが、小沢さんは多分辞めないだろう。いや、辞められない。政治資金規正法違反事件で起訴されるのが怖いからだ。
「政治とカネ」の問題をめぐり小沢さんは幹事長だから起訴されなかった。鳩山さんも総理大臣だから脱税に問われなかった。もし幹事長を辞めれば、小沢さんは起訴されることになるかもしれない。そう考えるからこそ辞めることができない。
となると、仙谷さんが言ったように衆参のダブル選挙になる可能性が出てくる。
ところが、仙谷さんの発言に対して、平野さんが19日の記者会見で「閣僚でも同日選とかいろいろ言っているがまったく論外だ。閣僚が首相の専権事項に触れることはあり得ない」と批判した。平野さんにしてみれば、「冗談じゃない。第一、仙谷氏にはそう言う資格はない」と気持ちだったに違いない。
小沢さんも19日、「外の敵は怖くない。中でごたごたしてはいけない。団結を保つことで有効な政策が実行できる」と語り、解散などあり得ないとの考えを述べた。
■表面化してきた小沢氏と仙谷氏の対立
このところ、小沢さんと仙谷さんの対立がはっきりと表に出てきている。たとえば、次の二つの出来事が象徴的である。
まず、仙谷さんの「マニフェストを変えたほうがよいのではないか」という姿勢をめぐる動き。
昨年の衆議院選挙の際、民主党は、自民党の予算にはムダが多い、そのムダを省けば子ども手当や高校無償化、あるいは農家の戸別所得補償や高速道路の無料化を実施するための財源は確保できると主張した。
自民党時代のムダづかいを洗い出せば初年度(平成22年度)で7兆1000億円が引き出せると民主党は言った。ところが、あの事業仕分けによって出てきたムダはどれほどであったか。たったの7000億円だ。
その結果、バラマキは国債発行による借金でまかなわざるを得なくなった。2010度予算は37兆円の税収に対して歳出が92兆円。歳出が税収をはるかに上回る異常な予算である。
だから、仙谷さんはバラマキ批判のある衆院選マニフェストの修正を望んでいた。仙谷さんのこの考えには合理性がある。
ところがこれに対して、小沢さんは12日の記者会見で「半年で基本が変わるのはとても国民が納得しない」と語り、マニフェストの見直しは必要ないとした。
これは明らかに小沢さんの苛立ちの表れだろう。
つまり民主党政権内で今、仙谷さんの力がどんどん強まっている。鳩山さんも仙谷さんを頼りにしている。現に5月1日の上海万博開会式には、鳩山さんの代わりに仙谷さんが出席することになっているという。
仙谷さんの力が強まってゆくのは、小沢さんにしてみれば不愉快きわまりないことだ。だから、マニフェストの修正を望んでいた仙谷さんに対し、小沢さんがその必要はないとしたのは「反仙谷」の姿勢をあらわにしたものであろう。
■ダブル選挙を真っ向から否定する小沢氏
もう一つは、ダブル選挙を小沢さんが真っ向から否定したことだ。小沢さんは19日、「衆議院は常在戦場というけれど、参院選と同日選というのはあり得ない」と述べている。
こうした小沢さんや平野さんの反応は、民主党幹部らにゆとりがないことを示している。ゆとりがあるならば、即座に否定するようなことは言わないはずだ。
民主党が追いつめられている最大の理由は何か。言うまでもなく、普天間問題だ。
鳩山さんは繰り返し、普天間問題は5月中に決着をつけると述べている。今月米国ワシントンで行われた核安全保障サミットでの非公式会談でも、オバマ大統領に対して、鳩山さんはそう念を押した。だが新聞各紙に書かれているように、5月中決着の見込みはほとんどない。
いったい鳩山さんは何を考えているのか。普天間問題をどういう方向へ持って行くのか。民主党内は、周章狼狽である。
だがそんな中で、慌てていない人がいる。鳩山さんである。
■異様にも思える鳩山首相の落ち着き、その謎を解く
鳩山さんは19日、映画『おとうと』の監督・山田洋次氏と長時間、話をしている。あるいは17日、雨降りしきる中で「桜を見る会」を東京・新宿御苑で主催し、「雨のときに集まってくれる友こそが真の友だ」などと語っている。
民主党の誰もが周章狼狽している中、鳩山さんただ一人が落ち着いている。本来なら、最も慌てなくてはいけない人ではないか。一体なぜか。異様にも思える鳩山さんの落ち着きは今、大きな謎だ。
私は、鳩山さんは次のように考えているのではないかと思う。謎解きをしてみる。
日本の米軍基地の75%が沖縄にある。沖縄には迷惑をかけっぱなしだ。なるべくその負担を減らしたい。普天間基地は街中にあって非常に危険だから、自民党は辺野古(沖縄県名護市)への移転を決めていた。
だが、冗談じゃない。辺野古は沖縄県内ではないか。これ以上、沖縄県民に迷惑をかけられない。昨年の衆議院選挙の際、「県外」あるいは「国外」を移設先に挙げたのはそのためだ。
新聞各紙は、ぶれてぶれて、ぶれまくっている、と書く。しかし、私はまったくぶれていない。米軍キャンプ・シュワブ(名護市辺野古)やホワイトビーチ(うるま市)、あるいは普天間凍結など、民主党内からさまざまな意見が出ているではないか、と指摘されるが、それは私の気持ちを理解していない人が勝手に言っているだけだ。あるいは、マスコミが勝手に報道しているだけだ。私は一貫して県外だと言っている……。
おそらく、鳩山さんはこのように言いたいのではないか。
では、鳩山さんは移設先をどこに考えているのか。それは鹿児島県の徳之島ではないかと思う。ところが、徳之島では18日に1万5000人を超える大規模な反対集会が開かれた。しかも、滝野欣弥官房副長官が20日、3町長(大久保明・伊仙町長、大久幸助・天城町長、高岡秀規・徳之島町長)に電話をかけ、平野官房長官との会談を要請したが、あっさりと断られた。鹿児島県の伊藤祐一郎知事も反対している。
このような状況では、徳之島で決着できるわけがないではないか。だから各紙は「徳之島案は厳しい、絶望的」と報じている。
■おおらかなのか、現実離れしているのか
しかし、鳩山さんの心中はこうだろう。
「沖縄にこれ以上、迷惑をかけたくない」と考えているのは国民の皆さんも同じ。今は徳之島の方々は大反対だ。しかし、私が誠意を持って説明すれば、きっと理解してくれるに違いない……。
以上のように推測しない限り、鳩山さんがこの土壇場にきてもなお平然としていることが私には理解できない。普通の人ならノイローゼになってしまうところだ。でも鳩山さんはならない。何しろ「宇宙人」なのだから。
鳩山さんは、銀の匙(さじ)をくわえて生まれてきた。そして、銀の匙をくわえっぱなしで「雲上人」となった。ある意味ではおおらかであるし、ある意味では現実離れしていると言えるだろう。
この土壇場に追いつめられ、誰もが狼狽しているにもかかわらず、あの異様な落ち着きぶり。それは、こうでも考えないと理解できないのである。
2010年4月22日 日経BP
仙谷VS小沢、そして鳩山首相の落ち着きの謎
鳩山内閣の支持率がどんどん落ちている。前回の本連載でも書いたが、最新の世論調査では時事通信が23.7%、朝日新聞が25%となった。30%を大きく切り、明らかに危険水域に入っている。
■政権に慣れていない民主党の慌てふためき
そして危険水域に入ったため、民主党議員たちが皆、ゆとりをなくしている。非常に慌てふためいている、と言ってもいい。
その一つの現象が仙谷由人国家戦略相の発言をめぐる動きである。
仙谷さんは4月16日、ある番組の収録で、鳩山由紀夫首相が夏の参議院選挙前に退陣した場合、「ダブル(選挙)で問う可能性が論理的にはある」と述べた。
政府・民主党内で波紋を広げたこの仙谷発言は、私は合理性があると考える。なぜか。それについて最初に述べる。
鳩山首相は普天間問題を5月末までに決着すると繰り返し言っているが、現在わけの分からない状態に陥っている。このままいけば確実に支持率はさらに下がるだろう。仮に20%を切ることになったら、「鳩山内閣は信用できない」と国民が判断し見捨てることになる。
自民党政権時代は、支持率が落ちてくると必ず総理大臣を代えた。総理大臣を代えることで難局を切り抜けてきた。
ところが、初めて政権を取った民主党は政権運営に慣れていないため、どうしたらいいかわからない。鳩山さんを代えようという声も党内から出てこない。
このまま突き進めば、行き着く先は二つしかない。鳩山さんが辞めるか、あるいは衆議院の解散だ。
もし鳩山さんが辞める場合は当然、平野博文官房長官も共同責任を取って辞めなければならない。小沢一郎幹事長も辞めざるを得なくなる。
■仙谷氏のダブル選発言に反発した官房長官と幹事長
だが、小沢さんは多分辞めないだろう。いや、辞められない。政治資金規正法違反事件で起訴されるのが怖いからだ。
「政治とカネ」の問題をめぐり小沢さんは幹事長だから起訴されなかった。鳩山さんも総理大臣だから脱税に問われなかった。もし幹事長を辞めれば、小沢さんは起訴されることになるかもしれない。そう考えるからこそ辞めることができない。
となると、仙谷さんが言ったように衆参のダブル選挙になる可能性が出てくる。
ところが、仙谷さんの発言に対して、平野さんが19日の記者会見で「閣僚でも同日選とかいろいろ言っているがまったく論外だ。閣僚が首相の専権事項に触れることはあり得ない」と批判した。平野さんにしてみれば、「冗談じゃない。第一、仙谷氏にはそう言う資格はない」と気持ちだったに違いない。
小沢さんも19日、「外の敵は怖くない。中でごたごたしてはいけない。団結を保つことで有効な政策が実行できる」と語り、解散などあり得ないとの考えを述べた。
■表面化してきた小沢氏と仙谷氏の対立
このところ、小沢さんと仙谷さんの対立がはっきりと表に出てきている。たとえば、次の二つの出来事が象徴的である。
まず、仙谷さんの「マニフェストを変えたほうがよいのではないか」という姿勢をめぐる動き。
昨年の衆議院選挙の際、民主党は、自民党の予算にはムダが多い、そのムダを省けば子ども手当や高校無償化、あるいは農家の戸別所得補償や高速道路の無料化を実施するための財源は確保できると主張した。
自民党時代のムダづかいを洗い出せば初年度(平成22年度)で7兆1000億円が引き出せると民主党は言った。ところが、あの事業仕分けによって出てきたムダはどれほどであったか。たったの7000億円だ。
その結果、バラマキは国債発行による借金でまかなわざるを得なくなった。2010度予算は37兆円の税収に対して歳出が92兆円。歳出が税収をはるかに上回る異常な予算である。
だから、仙谷さんはバラマキ批判のある衆院選マニフェストの修正を望んでいた。仙谷さんのこの考えには合理性がある。
ところがこれに対して、小沢さんは12日の記者会見で「半年で基本が変わるのはとても国民が納得しない」と語り、マニフェストの見直しは必要ないとした。
これは明らかに小沢さんの苛立ちの表れだろう。
つまり民主党政権内で今、仙谷さんの力がどんどん強まっている。鳩山さんも仙谷さんを頼りにしている。現に5月1日の上海万博開会式には、鳩山さんの代わりに仙谷さんが出席することになっているという。
仙谷さんの力が強まってゆくのは、小沢さんにしてみれば不愉快きわまりないことだ。だから、マニフェストの修正を望んでいた仙谷さんに対し、小沢さんがその必要はないとしたのは「反仙谷」の姿勢をあらわにしたものであろう。
■ダブル選挙を真っ向から否定する小沢氏
もう一つは、ダブル選挙を小沢さんが真っ向から否定したことだ。小沢さんは19日、「衆議院は常在戦場というけれど、参院選と同日選というのはあり得ない」と述べている。
こうした小沢さんや平野さんの反応は、民主党幹部らにゆとりがないことを示している。ゆとりがあるならば、即座に否定するようなことは言わないはずだ。
民主党が追いつめられている最大の理由は何か。言うまでもなく、普天間問題だ。
鳩山さんは繰り返し、普天間問題は5月中に決着をつけると述べている。今月米国ワシントンで行われた核安全保障サミットでの非公式会談でも、オバマ大統領に対して、鳩山さんはそう念を押した。だが新聞各紙に書かれているように、5月中決着の見込みはほとんどない。
いったい鳩山さんは何を考えているのか。普天間問題をどういう方向へ持って行くのか。民主党内は、周章狼狽である。
だがそんな中で、慌てていない人がいる。鳩山さんである。
■異様にも思える鳩山首相の落ち着き、その謎を解く
鳩山さんは19日、映画『おとうと』の監督・山田洋次氏と長時間、話をしている。あるいは17日、雨降りしきる中で「桜を見る会」を東京・新宿御苑で主催し、「雨のときに集まってくれる友こそが真の友だ」などと語っている。
民主党の誰もが周章狼狽している中、鳩山さんただ一人が落ち着いている。本来なら、最も慌てなくてはいけない人ではないか。一体なぜか。異様にも思える鳩山さんの落ち着きは今、大きな謎だ。
私は、鳩山さんは次のように考えているのではないかと思う。謎解きをしてみる。
日本の米軍基地の75%が沖縄にある。沖縄には迷惑をかけっぱなしだ。なるべくその負担を減らしたい。普天間基地は街中にあって非常に危険だから、自民党は辺野古(沖縄県名護市)への移転を決めていた。
だが、冗談じゃない。辺野古は沖縄県内ではないか。これ以上、沖縄県民に迷惑をかけられない。昨年の衆議院選挙の際、「県外」あるいは「国外」を移設先に挙げたのはそのためだ。
新聞各紙は、ぶれてぶれて、ぶれまくっている、と書く。しかし、私はまったくぶれていない。米軍キャンプ・シュワブ(名護市辺野古)やホワイトビーチ(うるま市)、あるいは普天間凍結など、民主党内からさまざまな意見が出ているではないか、と指摘されるが、それは私の気持ちを理解していない人が勝手に言っているだけだ。あるいは、マスコミが勝手に報道しているだけだ。私は一貫して県外だと言っている……。
おそらく、鳩山さんはこのように言いたいのではないか。
では、鳩山さんは移設先をどこに考えているのか。それは鹿児島県の徳之島ではないかと思う。ところが、徳之島では18日に1万5000人を超える大規模な反対集会が開かれた。しかも、滝野欣弥官房副長官が20日、3町長(大久保明・伊仙町長、大久幸助・天城町長、高岡秀規・徳之島町長)に電話をかけ、平野官房長官との会談を要請したが、あっさりと断られた。鹿児島県の伊藤祐一郎知事も反対している。
このような状況では、徳之島で決着できるわけがないではないか。だから各紙は「徳之島案は厳しい、絶望的」と報じている。
■おおらかなのか、現実離れしているのか
しかし、鳩山さんの心中はこうだろう。
「沖縄にこれ以上、迷惑をかけたくない」と考えているのは国民の皆さんも同じ。今は徳之島の方々は大反対だ。しかし、私が誠意を持って説明すれば、きっと理解してくれるに違いない……。
以上のように推測しない限り、鳩山さんがこの土壇場にきてもなお平然としていることが私には理解できない。普通の人ならノイローゼになってしまうところだ。でも鳩山さんはならない。何しろ「宇宙人」なのだから。
鳩山さんは、銀の匙(さじ)をくわえて生まれてきた。そして、銀の匙をくわえっぱなしで「雲上人」となった。ある意味ではおおらかであるし、ある意味では現実離れしていると言えるだろう。
この土壇場に追いつめられ、誰もが狼狽しているにもかかわらず、あの異様な落ち着きぶり。それは、こうでも考えないと理解できないのである。
2010年4月22日 日経BP