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TPP議論は「アジアの枠組み」の視点も

2010年11月09日 | 新聞案内人
TPP議論は「アジアの枠組み」の視点も

 政権発足以来、内政についての話題が多かった菅政権であったが、ここに来て、日中関係や日露関係における摩擦が生じたことにより、外交政策がクローズアップされてきた。

 日中関係や日露関係は想定していない形で問題として浮上してきたが、今年の外交政策の目玉となるはずなのは、今週横浜で開催されるAPEC会議である。日本政府は、議長国としてこの会議において何らかの成果を提示することをめざして準備してきたと思われる。

 アジア太平洋地域の首脳が一堂に会するというものの、APEC会議への一般的関心は、警備のものものしさについて以外、最近までそれほど高かった訳ではない。しかし、10月、菅首相が所信表明演説においてTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加を検討していると述べたことにより、TPPへの参加の是非をめぐり、APEC会議への関心がにわかに高まってきた。

 TPPとは、2006年にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国の協定として発効し、その後、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシア、コロンビア、カナダなどが参加を表明した(カナダは、参加は時期尚早と通告された)自由貿易を促進することを目標とするアジア太平洋地域の枠組みである。発効から原則10年以内にほぼ100%の関税撤廃を目指すとされている。

○国内経済への影響に焦点

 菅首相の参加の検討表明後、国内では、TPPへの参加をめぐり自由貿易に反対する農業セクターと輸出産業を中心とする支持セクター(経団連等)との間で選好が分かれ政治的に問題化した。結局、菅首相は、関係国との協議は開始するものの参加の判断は見送るという決定を行った。参加表明からすると、トーンダウンした感は否めない。

 TPPへの参加による国内経済への影響については、関連省庁の試算が大きく異なったように、どの立場に立つかによって、見解は大きく分かれている。このようなTPPをめぐる一連の経緯を報じるメディアは、自由化反対と自由化支持との間の国内の対立にもっぱら焦点を当てている。これは、今までAPECやFTAでの貿易自由化を報じる際の関心の持ち方と同様である。自由化に対応できる農業改革の必要性を訴えてもいる点も、以前から変わっていない。

 しかし、TPPについては、国内産業への影響という面も重要ではあるが、アジア太平洋地域での枠組みをめぐる駆け引きという側面があることも忘れてはならない。TPPについては、設立メンバー4カ国が中小国であったこともあり、当初はそれほど注目されていなかった。しかし、2009年に、アメリカが参加表明したことにより、注目度は格段に高まった。

 アメリカにとって、TPP参加国は貿易相手国として重要とは言えないにもかかわらず、なぜ参加したのか。また、TPP参加に際しても、アメリカ国内では、農業団体を始め、反対する集団も存在していたにもかかわらず、なぜ参加したのか。

○アメリカの狙い

 アメリカにとって、アジアは通商的にも戦略的にも重要な位置を占める。にもかかわらず、アメリカが参加している枠組みであるAPECでの自由化の速度は遅い。これに対し、各国はアジア諸国間でのFTAの締結に向かい、ASEANやASEAN+3などの枠組みが緊密化してきている。鳩山前首相が提唱した東アジア共同体構想も、暗にアメリカを入れない枠組みであった。このような状況において、TPPは、アメリカにとって、アジア太平洋の自由化を促進するためだけの枠組みでなく、アジア地域でアメリカが国際制度の構築に関与できる枠組みとして浮上したのである。自由化協定を基にして、アジアでの多国間枠組みを進めることになろう。

 日本は、国内事情から参加が危ぶまれている。ここで問われているのは、自由化するかしないか、という点だけでなく、TPPという枠組みが日本のアジア政策において必要なのかどうか、という点である。

○影響力失う懸念

 アジア地域において、APEC以外での自由化の多国間の枠組みに関与しないとすると、TPPの制度化によりアジア太平洋地域の自由化は他国のペースで進められる可能性が出てきた。TPPで自由化の枠組みができた場合、TPPはAPECでの自由化の方向性にも影響力を持つことになるだろう。貿易立国である日本が、自由化の方向性に影響力を発揮できなくなるかもしれない。枠組みに関与していれば、自由化の方向性に何らかの影響を与えることはできるだろう。

 菅政権は、参加諸国と協議するということでTPPに関与する姿勢をかろうじて維持した。国内産業への影響という点だけでなく、アジア地域での国際制度構築への影響力という点からも、TPPへの参加を議論することが必要なのではないだろうか。

2010年11月09日 新聞案内人
古城 佳子 東京大学大学院総合文化研究科教授


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