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一般質問も2日目。いろいろな議員が様々な視点から質問を行う。
なるほどと思う質問があれば、それはどうかなという質問いろいろあり。
それに答弁する、知事、各部長。ほとんどが現状は追認しているが、具体的対策が見えてこない。具体的対策になると、予算を伴うため、おいそれとは「はいやります」とはいえない。
よくて、「検討します。」「詳しく調査します。」という答弁がひきだされれば、質問者としてはまあまあかということになる。
さて、そんな中、平野議員が、水俣病の民間ボランティアのによる集団検診について、県の担当部局員が誰も出席しなかったことを指摘した。
すると知事の答弁に、「国の検診技術が確立していない中で、無駄足を踏むような検診に立ち会うことは、県がその手法を認めることになりかねないので、あえて立ち会わなかった」と弁明した。
しかも、冒頭には私も「研究者の一人ですが」という前置きをいれた。
おまけに、最後にはイチロー選手のことを引き合いに出して、(今議会では、知事はイチロー選手が、ぎりぎりまで球を引き付けて、どんな球でもヒットしてしまう素晴らしさをとりあげて、自分も県政の課題をしっかりとらえて、ヒットしたいということを議会冒頭で述べています、)、水俣病問題も十分研究して、解決に向けて努力したい旨を答弁した。
私たち議員も、イチロー選手の件については失笑してしまったが、平野議員もカチンと来たようで、「知事の、水俣病に関する質問について、イチロー選手の引用をする答弁には違和感を感じる」という不快感をあらわにした。
まったく同感である。集団検診にしても、たしかに技術は確立されていないのかもしれないが、水俣病の第一人者である、原田先生が先頭になって、病状に苦しんでいる未認定患者の方を診察していただく行為は、水俣病解決に向けて頑張らなければならない県としては、感謝すべきことだと私は新聞を見ながら思ったいたのだが、どうも知事の感覚は違うようである。
また、研究者であれば、未知の分野に対するアプローチは様々な角度から行うべきで、水俣病の認定方法技術が確立していないから、なおさら今回の集団検診も立ち会うなりして、現状をしっかり確認するべきだったと思う。
研究は、試行錯誤の結果、最終的に技術が確立していく。そして、病気のような生体に関するような研究は、それこそ待ったなしの部分があり、公的、私的に関係なくいろんな角度からアプローチをしていかなければならないと思う。
無駄なものはしない。それは正しい判断だろうが、研究の成果は多くの無駄と思われるものから生まれてくることを、私たちは経験から知っている。
解決策や成果は、いっけん無駄に見えることがあっても、物事を解決しようとする努力から生まれてくると思う。
一般質問も2日目。いろいろな議員が様々な視点から質問を行う。
なるほどと思う質問があれば、それはどうかなという質問いろいろあり。
それに答弁する、知事、各部長。ほとんどが現状は追認しているが、具体的対策が見えてこない。具体的対策になると、予算を伴うため、おいそれとは「はいやります」とはいえない。
よくて、「検討します。」「詳しく調査します。」という答弁がひきだされれば、質問者としてはまあまあかということになる。
さて、そんな中、平野議員が、水俣病の民間ボランティアのによる集団検診について、県の担当部局員が誰も出席しなかったことを指摘した。
すると知事の答弁に、「国の検診技術が確立していない中で、無駄足を踏むような検診に立ち会うことは、県がその手法を認めることになりかねないので、あえて立ち会わなかった」と弁明した。
しかも、冒頭には私も「研究者の一人ですが」という前置きをいれた。
おまけに、最後にはイチロー選手のことを引き合いに出して、(今議会では、知事はイチロー選手が、ぎりぎりまで球を引き付けて、どんな球でもヒットしてしまう素晴らしさをとりあげて、自分も県政の課題をしっかりとらえて、ヒットしたいということを議会冒頭で述べています、)、水俣病問題も十分研究して、解決に向けて努力したい旨を答弁した。
私たち議員も、イチロー選手の件については失笑してしまったが、平野議員もカチンと来たようで、「知事の、水俣病に関する質問について、イチロー選手の引用をする答弁には違和感を感じる」という不快感をあらわにした。
まったく同感である。集団検診にしても、たしかに技術は確立されていないのかもしれないが、水俣病の第一人者である、原田先生が先頭になって、病状に苦しんでいる未認定患者の方を診察していただく行為は、水俣病解決に向けて頑張らなければならない県としては、感謝すべきことだと私は新聞を見ながら思ったいたのだが、どうも知事の感覚は違うようである。
また、研究者であれば、未知の分野に対するアプローチは様々な角度から行うべきで、水俣病の認定方法技術が確立していないから、なおさら今回の集団検診も立ち会うなりして、現状をしっかり確認するべきだったと思う。
研究は、試行錯誤の結果、最終的に技術が確立していく。そして、病気のような生体に関するような研究は、それこそ待ったなしの部分があり、公的、私的に関係なくいろんな角度からアプローチをしていかなければならないと思う。
無駄なものはしない。それは正しい判断だろうが、研究の成果は多くの無駄と思われるものから生まれてくることを、私たちは経験から知っている。
解決策や成果は、いっけん無駄に見えることがあっても、物事を解決しようとする努力から生まれてくると思う。