にっぽにあにっぽん日本語&日本語言語文化

日本語・日本語言語文化・日本語教育

レミとネロ(明治~昭和の児童文学受容)

2008-10-07 07:32:00 | 日記
1 
1-1 レミの受容

 明治時代には、子どものための物語も、欧米からの翻訳物語や翻案ものが流行しました。
 『家なき子』のお話。少年レミが、苦労の末に実の母ミリンダ夫人に巡り会う「母さがし物」です。
 原作は1878(明治11)年エクトル・アンリ・マロが書いた "Sans Famille"。
 1903(明治36)年、読売新聞記者の五来素川が翻案し、「未だ見ぬ親」と題して発売されました。
 主人公レミの名は「太一」に、太一が8才まで育った「シャヴァノン村」は「関谷新田」となり、育ての母は「関谷新田のお文どん」。太一が売られた旅回り一座の「ヴィタリス親方」は「嵐一斎老人」、犬の「カピ」は「白妙丸」と、すべて日本を舞台にしたものとして翻案されています。
 五来素川(本名欣造ごらい きんぞう1875(明治8)年~1944(昭和19)年)は、読売新聞主筆をつとめたあと、明治大学早稲田大学で教鞭をとり、政治学を講じた。『儒教の独逸政治思想に及ぼせる影響』で政治学博士号取得(1929年)

 この「太一の物語」につよく心を動かされた小学生が東北にいました。
 1905年、小学校3年生だった宮澤賢治は、担任教師だった八木英三教諭が教室で読み聞かせてくれたこの物語に深い感銘を受けました。
 後年になって、賢治は八木教諭に会った時、自分の童話創作の動機を次のように語っています。(堀尾青史『年譜 宮澤賢治伝』による)
 『 私の童話や童謡の思想の根幹は、尋常科の三年と四年ごろにできたものです。その時分、先生は「太一」のお話や、「海に塩のあるわけ」などいろいろのお話をしてくだすったじゃありませんか。その時私はただ蕩然として夢の世界に遊んでいました。いま書くのもみんなその夢の世界を再現しているだけです。 』
 翻案された欧米の児童小説が、東北花巻の小学生の心に残る。彼はその後『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』など、独自の作品をつぎつぎに生みだしていく。
 翻案小説が、他国に根を張り、それが新たな物語の種として育っていく、ひとつの典型がここに現れています。
 1911(明治44)年には「大阪毎日新聞」で、菊池幽芳が同じ物語を「家なき児」という題名で発表し、1912年に春陽堂から発売されました。以後、この「家なき子」という題が定着しました。
 現代日本の『家なき子』ファンにとっては、アニメの「家なき子レミ」です。1977年10月2日から1978年10月1日まで全51話が日本テレビから放映されました。

1-2 ネロのアニメ化
 このような「翻案」ものの中で、近年の傑作といえるのは、『フランダースの犬』です。
 原作は、イギリスの女性児童文学者ウィーダOuida(1839~1908)の短編『フランダースの犬A dog of Flanders 』
 翻案作品は、テレビアニメ作品『フランダースの犬』、主人公は、ネロ少年です。



2-1 パトラッシュ・フランダースの犬

 1975年1月5日から同年12月28日まで、フジテレビ系列の「世界名作劇場」枠で放映されたテレビアニメシリーズ『フランダースの犬』は、短編だった原作を、日本文化にうまく適合させて、長編アニメにしてあり、翻案として成功をおさめた作品のトップクラスだと思います。
 このアニメの大きな特徴はふたつ。
 主人公ネロの年齢が、原作では15歳、アニメでは10歳であること。 
 アニメの第1話~40話は原作にはなく、アニメのオリジナルストーリーだ、という2点です。
 ウィ-ダの『フランダースの犬』とアニメ『フランダースの犬』の差は、主人公の名前や地名を翻案した『未だ見ぬ親』と『家なき子』より、ずっと大きい。
 この差を無視して、ウィーダ原作の読者受容とアニメ作品「フランダースの犬」人気を比較することはできません。

2-2
 ベルギー北部フランドル(英名フランダース)地方在住のベルギー人映画監督が、「フランダースの犬」を“検証”するドキュメンタリー映画を作成しました。
 以下、読売新聞の特派員による記事(ブリュッセル=尾関航也)(2007年12月25日11時39分 読売新聞)より引用。
=============
  ベルギー北部フランドル(英名フランダース)地方在住のベルギー人映画監督が、クリスマスにちなんだ悲運の物語として日本で知られる「フランダースの犬」を“検証”するドキュメンタリー映画を作成した。
  物語の主人公ネロと忠犬パトラッシュが、クリスマスイブの夜に力尽きたアントワープの大聖堂で、27日に上映される。映画のタイトルは「パトラッシュ」で、監督はディディエ・ボルカールトさん(36歳)。
  制作のきっかけは、大聖堂でルーベンスの絵を見上げ、涙を流す日本人の姿を見たことだったという。
  物語では、画家を夢見る少年ネロが、放火のぬれぎぬを着せられて、村を追われ、吹雪の中をさまよった揚げ句、一度見たかったこの絵を目にする。そして誰を恨むこともなく、忠犬とともに天に召される。
  原作は英国人作家ウィーダが1870年代に書いたが、欧州では、物語は「負け犬の死」(ボルカールトさん)としか映らず、評価されることはなかった。
  米国では過去に5回映画化されているが、いずれもハッピーエンドに書き換えられた。 悲しい結末の原作が、なぜ日本でのみ共感を集めたのかは、長く謎とされてきた。
  ボルカールトさんらは、3年をかけて謎の解明を試みた。資料発掘や、世界6か国での計100人を超えるインタビューで、浮かび上がったのは、日本人の心に潜む「滅びの美学」だった。
  プロデューサーのアン・バンディーンデレンさん(36歳)は「日本人は、信義や友情のために敗北や挫折を受け入れることに、ある種の崇高さを見いだす。ネロの死に方は、まさに日本人の価値観を体現するもの」と結論づけた。
  上映時間は1時間25分。使用言語は主にオランダ語で、日英の字幕付きDVDが今月(2007年12月12日)からインターネットなどで販売されている。
=============

2-3 ネロとアロア

 日本人が涙を流すほとんどは、ウィーダの原作を読んでのことではなく、アニメ「フランダースの犬」を見てのことです。
 アントワープの大聖堂でルーベンスの『キリストの降下』の絵を見て涙を流す日本人観光客の何人がウィーダの原作を読んでいるかは、不明なのです。
 私自身、原作を読んだのは小学校のころであり、それから一度も読み直さなかった。
 今回のことがあって、50年ぶりに読み返しました。
 岩波少年文庫『フランダースの犬』、すぐに読み終わった。短編だから。
 文庫95ページ分の、あっという間に読み終わる作品です。
 アニメ作品は1年間52話が放送されましたが、そのうちの原作相当部分は42~52話だけなのです。
 もし、原作通りにネロとパトラッシュの物語がアニメになったとしたら、これほど多くの人々が「もっとも心に残るクリスマスの物語は、大聖堂でルーベンスの絵を見上げてほほえんで死んでいくネロとパトラッシュ」という気持ちを持ち続けたかどうか、疑問です。
 原作ではネロは15歳になっています。
 一方、アロアは原作では12歳。
 原作が書かれた当時のヨーロッパで、15歳というのは、庶民階層の男の子が自立してしかるべき年齢です。自分の人生を自分で開拓していくべき少年期から青年期への移行期間にあたっています。
 翻訳されて日本に移入された明治の日本でも、15歳はけっして「子ども扱い」される年齢ではありません。中学校への進学率はまだ低く、12歳で小学校を卒業したあとは、一人前の労働力として期待されました。
 また、ネロが15歳だとすると、12歳のアロアとふたりだけで親しくすることを心配する親の気持ちもわかり、アロアの父親が、ネロに苦言を呈するのも頷けます。
 年頃の娘をもった父親なら、15歳の男の子が自分の娘と二人でいっしょにすごすことを快く思わず、「うちの娘とつきあうな」と言うでしょう。
 アニメでは、アロアは8歳に設定されています。ネロの年齢は、15歳ではなく、アロアより2歳年上の10歳になっている。
 この年齢設定の意味は大きい。
 10歳は、まだまだ自立するにはむずかしい年齢であるし、アロアとふたりっきりですごしていても、引き裂かれなければならない年齢には思われません。

2-3 アニメ「フランダースの犬」

 第1話から40話までの「日本のフランダースの犬、オリジナルストーリー」は、とても良くできています。
 ラストの悲劇に向かって、10歳のネロのけなげさ、パトラッシュとの絆に、涙しない人は「人」であるぞよ、これでもかっ!っていうくらいに、盛り上がっていく。
 原作でもアニメでも共通していると思われるのは、ネロが識字教育を受けているのかどうか不明である点。原作の設定では、おそらくネロは字が読めない。
 ウィーダの生きた時代19世紀、学校教育を受けて字が読める層と、読めない層の階層差は、現代では考えられないくらい大きなものでした。
 ウィーダの時代の考え方によれば、中産階級の子弟なら、学問を身につけて己の社会的地位を獲得すべきだし、土地財産をもたない下層階級の子どもなら、手に職をつけ一人前の職人になるなどの「自己形成ビウドゥングス」が必須のこととされていました。
 絵が好きなら、マイセン陶器などの絵付師に弟子入りするとか、タペストリーの下絵職人の親方の下で働くとか、なんとかツテを求めて、手に職をつけるよう家族がはかるところだったでしょう。
 しかし、原作では、15歳のネロの唯一の家族ジェハンおじいさんは、物語の最初からすでに寝たきりの老人で、ネロの将来のために何かしてやれることがでる状態ではない。
 老人は、ネロのためにコゼツ旦那に下げがたい頭でも下げるとか、教会が嫌いでも牧師に頼み込むなりして、ネロを徒弟奉公に出すよう、しておくべきだったのでしょうが、そうする前に病にたおれたのでしょう。
 この物語の舞台になっているベルギーでも、作者の国イギリスでも、この物語があまり受けなかったのは、キリスト教国において、教会コミュニティが機能せず、みなし児のネロのために周囲のコミュニティが何もしてやらないというストーリー展開に共感できない人も多いからではないでしょうか。

2-4 負け犬

 「フランダースの犬」の作者ウィーダは、ヴィクトリア王朝の時代の英国女流作家です。 ウィーダが作品を発表したころは、女性がようやく社会に進出できるようになった時代でした。
 女性の社会進出には、女性も識字教育を受けるようになったことの影響が大きい。読み書き能力(リテラシー)は、社会進出の第一の手段です。
 ヴィクトリア朝以前の英国女性の識字率はとても低かった。
 農民男性の識字率の低さより、さらに農民女性は低い識字率でしたし、貴族階級の女性は「右筆(ゆうひつ)=貴人のために読み書きをして仕える使用人」を雇うことが貴族女性の証だから、自分自身が文字の読み書きをする必要はなかった。手紙も領地の相続に関わる公文書も、信頼できる有能な右筆に口述筆記をさせれば間に合ったからです。
 例をあげるなら、イギリスの名家ライル卿夫人の娘アン・バセット。
 彼女は、ヘンリー8世の3番目の王妃ジェーン・シーモア(世継ぎのエドワード6世を生んで1ヶ月後に死去)に使えた女官であったけれど、「自分の名前しか書けない」と述べています。手紙は従者に口述筆記させていました。
 私はこの事実を、スーザン・W. ハル『女は男に従うもの?―近世イギリス女性の日常生活』 (刀水歴史全書)で数年前に読み、びっくりしたものでした。貴族階級の女性は高い教育を受け、読み書きできるとばかり思いこんでいたからです。
 ヘンリー8世の娘エリザベス1世は、数カ国語に堪能で読み書き能力にもすぐれていたと言われていますが、そのため彼女は、「幸福で平凡な結婚生活」ではなく、「国家との結婚」を選択することになりました。
 イギリスの識字女性は、上級階級でも下層階級でも少数派でした。
 読み書き(リテラシー)能力が必要だったのは、中産階級の女性のごく一部、貴族の家に住み込んで家庭教師として働かなければならないような階級の娘に限られていました。たとえば、ジェーン・エアのような。
 ヴィクトリア朝に至って、ようやく女性たちは文字を読み書きすることで社会進出をはたすようになりました。
 『フランダースの犬』の作者ウィーダもそのひとりです。
 ただし、ウィーダは、この時代の「自立した女性」がそうであったように、生涯結婚しませんでした。
 小説家として華々しい活躍をしたあと、晩年は孤独と貧困のうちにひとりぼっちで死にました。
 『フランダースの犬』が、アメリカでは映画化のたびに「ハッピーエンド」の物語に書き換えられたことと、ヨーロッパでは「負け犬のものがたり」としか受け取られてこなかったことは、同じひとつの考え方の表裏です。

2-5 滅びの美学

 ウィーダの思想のなかには、抜きがたい階級意識が存在していたと考えられます。
 当時の中産階級の女性として、自分が「下層階級ではない」と意識することは「自分は男性ではない」と思うのと同じ、当然のアイデンティティであったことでしょう。
 下層階級の人々の生活を小説にするという場合、そこには当然「上から目線」での見方が存在します。
 下層階級のネロを主人公にした小説が書かれた時代には、「上層階級」「中産識字階級」と、「下層非識字階級」との間に、現在では想像しがたい階級差があったことを忘れることはできません。
 ウィーダの視点が「だれからの援助もうけられない運命をたどったネロ」「はい上がることを拒絶された下層民のお話」という目線のもとに執筆されたことを、現代の視線でとやかくいうことはできないでしょう。
 そして、このお話が「はい上がろうとする下層階級」からみても、「能力に応じて自力で将来を切り開けと育てられた中産階級」からも、「下のものたちを指導し援助すべきノブレスオブライジを負う上層階級」からも、共感の得られないお話だったことも理解できます。
 日本に「フランダースの犬」が翻案移入された時代、20世紀初頭の日本は「立身出世欲」が最高に盛り上がっていた時代でした。
 華族士族平民の差はあったものの、士族であれ平民であれ、学校教育において能力を発揮すれば、立身出世が望める時代でした。
 貧しい者が勉学の機会を得るには、①軍に入る、②授業料無料の師範学校に入る、③故郷出身の成功者の家に「書生」として住み込む、など、いくつかの方法がありました。
 歌人斎藤茂吉は、③を選択し、斎藤家の書生になりました。私の夫の伯父や伯母は、②を選択し、教師になりました。
 下層民出身のネロが、そのような立身出世を機会を得られなかったことに、同情こそすれ、「上から目線」で気の毒がる、という風潮ではありませんでした。
 なぜ日本で「フランダースの犬」が同情を集め、日本だけでこれほど多くの人々に愛される物語となったのかを、検証したのがベルギーのドキュメンタリー映画『パトラッシュ・フランダースの犬』です。
 映画『パトラッシュ』では、100人以上の人へのインタビューや、明治から今までの日本での「フランダースの犬」の翻訳本を検証し、「日本人は、信義や友情のために敗北や挫折を受け入れることに、ある種の崇高さを見いだす。ネロの死に方は、まさに日本人の価値観を体現するもの」と結論づけました。
 古くは、権力争いに負け九州太宰府に流された菅原道真、諸行無常の『平家物語』に描かれた木曾義仲、判官義経などの滅び行くもののふの姿。
 天下統一に王手をかけながら、本能寺の炎の中に49歳をもって滅亡した織田信長、明治の新天地を目前にしながら、暗殺された坂本龍馬など、敗北者にこそ、自分たちの心情を託す日本文学の美学が、「アニメ・フランダースの犬」の翻案に大きな影響を与えたことは確かだと思います。

3-1 パトラッシュ昇天

 ここで、もう一度ネロの年齢を確認しておきましょう。
 日本の「パトラッシュ人気」は、あくまでも1~41話のお話がつづいたのちの、10歳のネロが死ぬラストの悲劇にあります。
 ウィーダの原作によって物語が進行し、15歳のネロが力つきたのだったら、日本人も、ここまでネロとパトラッシュの悲しいラストシーンに共感をよせなかったのではないか、と思われます。
 ネロの悲劇は、「10歳という設定」と「1~40話」のオリジナルストーリーの上に成り立っていること、ウィーダの原作と日本のアニメ「フランダースの犬」の差は、シェークスピアの「マクベス」と黒澤明の『蜘蛛の巣城』、また、黒沢の『七人の侍』とマカロニウェスタン『荒野の七人』の差以上に大きい。
 ヨーロッパで「負け犬」の物語とされてきた『フランダースの犬』が、ここまで日本人の琴線を揺るがしたのは、この翻案の年齢設定の絶妙さによると思います。
 最後に、日本のアニメの翻案で、欧米キリスト教圏の人の考え方ともっとも大きく違うところ。それは、パトラッシュの昇天です。
 アニメの、天使たちに守られながら天へ登っていくネロとパトラッシュの姿は、「負け犬」などではなく、「ちからいっぱい戦い、生き抜いた末に、力つきていくもの」の美しさを持っていました。
 その犬と少年の姿の荘厳さがあるからこそ、「アニメ名場面集」という特集が組まれれば必ず上位に「ルーベンスの絵を見て死んでいくネロとパトラッシュ」が選ばれるのです。
 パトラッシュをいっしょに連れていかないでは、ネロのラストのほほえみは考えられません。
 ここで確認しておくべきこと。
 キリスト教国では、人間と犬がいっしょに昇天することはできません。犬と人が同時に天に昇っていく図柄は、不自然なものです。
 キリスト教では、犬には霊(人格)があるとは考えません。犬に魂や「心」はあるとしても、神のみもとへ召される霊はないのです。
 日本語では「霊魂」といいますが、キリスト教では霊と魂は別概念です。
 人間は、体に現された魂と、不滅の霊の息吹が吹き込まれた体とが、一つになった「神の神殿」とみなされ、その意味で、神の霊が宿るのは人間のみ、と考えられているのです。
 日本アニメの翻案のうち、もっとも「日本的な絵」は、この最後の「パトラッシュ昇天」であり、犬の霊が人とともに天使にむかえられるというところだ、と私は思います。
 このラストシーンは、「一寸の虫にも五分の魂」の仏教思想が反映されています。一寸の虫に五分の魂ならパトラッシュには50cmの霊魂です!
 つまり、ルーベンスの『キリストの降下』の絵を見たあと、ネロは微笑みながら、パトラッシュとともに、阿弥陀様のいる極楽へ迎え入れられているのでした。

 さて、ここで、もう一度原作の『フランダースの犬』を確認しましょう。ウィーダが残したラストシーンは、「生涯ふたりはいっしょにすごし、死んだ後もはなれなかった。なぜなら少年の腕があまりにしっかりと犬を抱いているので」と、ネロとパトラッシュの固い絆を描いて終わります。
 生涯を独身ですごしたウィーダは、大の犬好きで、晩年の貧困生活にあっても、犬の食べ物を得るために家具を売り払ったと伝えられています。ウィーダは「犬いじめ」などが祭りの興業として人々の娯楽のひとつだったビクトリア朝の世相のなかで、もっとも早く「ペットと人の絆」を書き残した作家です。ヴィーダがキリスト教徒であったとしても、私は、ヴィーダ自身は「犬とともに昇天する」ことを望んでいたのではないかと想像しています。表だってそのようなことを表明すれば、キリスト者として異端となるかもしれない思想を、こうやって「犬と少年の絆の物語」として描いたのではないかと。

3-2 おわりに

 ネロは「ニコラス」のニックネーム。そして、聖ニコラスは、クリスマスに橇に乗ってやってきて、子どもたちにプレゼントをする聖人です。犬ぞりで牛乳瓶を運ぶネロの姿は、聖ニコラス(セントニコラウス=サンタクロース)と重なります。
 すべての恵まれない子どもたちに、最後のさいごにサンタクロースのプレゼントへの希望をつなぐための物語。心の絆は人と人だけでなく、犬との間にもあること、最後にルーベンスの絵を見たネロはほほえんでいたこと。
 やはり、日本人の心にとって、ネロとパトラッシュは「負け犬」の物語ではあり得ない。

 以上、翻案という作業が、アニメ「フランダースの犬」も、受け入れる側の社会思潮が関わりつつ受容がなされていることを概観し、翻案の成功には、それを受け入れる社会に、受け入れるための社会思想が形成されていること、受容された物語は、さらに人々の心に残り、社会思想共同幻想の形成に利用されていくことを考察しました。
<おわり>

参考文献
エクトール・アンリ・マロ(Hector Henri Malot)『家なき子』青空文庫よりダウンロード
堀尾青史『年譜宮澤賢治伝』中公文庫(1991)
ウィーダOui'da『フランダースの犬A Dog Of Flanders(1872)』岩波少年文庫2003
スーザン・W. ハル『女は男に従うもの?―近世イギリス女性の日常生活』刀水歴史全書2003