ミミズの這ったような字という比喩がある。むかしの僕はそんな字を書いていた。
字が汚いのがコンプレックスで、人前で字を書くのがすごく嫌だった。
「顔は良いのに、字はすごく汚いね」と言われたことがある。
たぶん、字が汚いねというと、傷つくから、枕に「顔が良いのに」とつけてくれたのだろう。
顔が良いという嬉しさが2点くらいだと、字が汚いはマイナス100点くらいの感じだった。
結局、マイナス98点くらいで傷ついた。
字に関してはあまりいい思い出がない。だけど、二回だけすごく嬉しかったことがある。
一つは、大学のゼミでのことだ。教授に、字が汚くてすいませんというと、
「いや、わたしの経験だと字が汚いほうが頭がいいんだ。気にするな。私も字が汚いだろ。ハハハ」と笑って言われた。
そんときはすごーく気が楽になり、嬉しかったのを覚えている。
それで教授は「もしそんなに気になるんだったら、漢字の書き順を調べて直しなさい。たぶん書き順が間違ってるんだよ」と言った。
僕は、漢和辞典を買って、片っ端から書き順を確認しながら、漢字を書くことにした。
たしかに、僕の漢字の書き順はでたらめだった。小学生のとき、ろくに勉強しなかったからだ。
書き順を直したら、少しづつ字がうまくなっていった。
今は、うまいとは言わないがコンプレックスが解消するくらいマシになった。
先生ありがとう。
もう一つは、まだバリバリの悪筆だった頃のことだ。
なんだったかよく覚えてないが、看護婦やってる同じ誕生日の女の子に、メモだったか手紙だったかを渡した。
ラブレターではないです。事務的なことだったと思う。
「きれいな字を書くね。この字、好き」と言われた。
「えっ、そんなこと生まれてはじめて言われたよ」と僕は言った。
僕は、その時、心の中の固くなったものが、溶けていく感じがした。
自分のコンプレックスをほめられると、こんな幸せな気分になるんだと、初めて知った。
彼女は看護婦をしていたから、人の心を癒やすことに慣れていたのかもしれない。
でも、僕は彼女から大事なことを学んだ。
人を褒めるってことは、その人をいい方向に導くということだ。
だから、僕はお世辞ではなく、人の良いところがあったら、素直な気持ちで、どんどんほめていこうと思っている。