新潟から東京に出てきて、最初に住んだのは中央区の月島だった。
すぐ近くに門前仲町があって、いろいろ探索して、あるジャズ喫茶に入った。
その時、客はいなくて、僕と友人の二人だった。
僕たちは、若造でジャズなんか聞いたこともなく、場違いなところに来てしまった気分だった。
でも、マスターは、気にもしていなかったようだ。
名前は覚えていないが、後で聞いたところによると、そのジャズ喫茶はかなり有名な所らしい。
それ以外ほとんど覚えていない。
ただ、流れていたピアノの演奏をはっきり覚えている。すごく美しいメロディーラインだった。
僕はもう一回そのピアノの演奏が聞きたいとリクエストをした。
マスターはうなずいてもう一回かけてくれた。
僕は、その時、すごく好きな女の子がいた。片思いだった。
僕はそのピアノを聞きながら、その女の子のことを考えていた。
ただ、覚えてるのはそれだけだ。
何年か経った。
女の子は他の男と結婚し、僕は僕の人生を歩んでいた。
ふとした時に、あるピアノの音楽が流れた。
僕はすごく切ない気分になった。
そして、なぜか、片思いだった女の子のことを思い出した。
そのとき、ああ、そうだ、あのジャズ喫茶で流れていた音楽だ、と気づいた。
そのピアノは、Bill EvansのWaltz for Debby
今でもこのピアノを聴くと、ただ一途に思い続けるだけだった切ない気持ちを思い出す。